第3話 あやしいやつ

「この中に『裏切者がいる』って言ったら、笑うか?」


 文音から唐突に告げられたセリフ。

 それは、どう反応したらいいのかあまりにもわからないものだった。


「君はずいぶんと笑いのセンスがいいんだね。残念ながらあたしたちは笑いのツボがおかしいから受けそうにないよ」


「三好、回りくどく言うな」

 響輝は奈美の皮肉を一蹴しながら、文音に詰め寄る。


「そのデタラメを簡単に話すその口を閉じろ!」


 かなり強い口調ではあった。だが、文音は特に臆する様子は見せない。


「別にデタラメではない」

 文音はそう言いつつ指を一本立てた。

「ひとつ質問だ。いまここに、システムは何個ある?」


 文音の質問に、奈美が納得できない様子を見せつつもチラリと視線で確認し答える。

「……リストバンドがふたつ、ウエストポーチがふたつ……」


 そこに文音が自身と綺星を指さしながら補足を付け加える。

「あと、わたしと、そこにいる新垣綺星が使った注射器。合計六つだ」


 さらに、手に持つ注射器を指で軽くはじく。

「おかしいな。ここには七人いるはずなのに、用意された化け物と戦う術は六つしかない」


 奈美が待ったをかけるように、文音のセリフに重ねて言う。

「食料も、毛布も七人分ある。その考えに至るのはおかしいんじゃない?」


「それはあるに決まっているだろう。裏切り者だって生きていくには食料が必要だものな。でも、システムは必要なくてもいい」


 文音は立ちあがり。注射器で空を差す。

「化け物がうろついて、それに対抗できるシステム……。


 仮説でしかないが……このシステムを使わすために誘導する存在がこの中にいるんじゃないかと。


 つまり……スパイだ」


 その信じがたい話に一樹は戸惑いを隠せなかった。しかし、文音のその話し方は、それ相応の説得力があるように思えてしまう。


 そんななかでずっと聞いていた喜巳花が一歩前に出た。


「待ってや、この中で一番あやしいのはどう考えても自分やん。いや、自分って柳生文音、あんたのことやで。


 それに、最初に注射器を取ってたんやろ? そんときに、もうひとつのシステムを取って隠したって可能性もあるんとちゃう?」


 文音はうなずきつつ喜巳花と視線を合わせる。

「そういう考えになるのはわかる。だが断言する。わたしであるはずがないだろう」


「どういう意味や?」


「本当にわたしがスパイであるのだとすれば、そもそもこんな話をわたしからするはずがないと言っているんだ。このまま黙って続ければいい。


 だいたい、わたしがみんなを誘導する立場だというのなら、わたしが単独行動する理由とは矛盾するとは思わないのか?」


 喜巳花は文音の言い分によって押し黙らされる。


「では、ついでに質問を重ねてみようか。君たちの学年を教えてくれないか? ちなみにわたしは五年だ」


 奈美は戸惑いながらも口を開く。

「……綺星ちゃんが一年、ライトくんが二年。一樹くんが三年生で喜巳花ちゃんが四年生、あたしは……」


「君は六年生か。で、そこの男子は? 同じく六年か?」


 文音の言葉と同時、奈美と響輝はお互いに同じタイミングで顔を見合わせた。


「全学年、ひとりずつだが、六年生だけふたりいる。なんかあやしい匂いがプンプンするとは思わないか? 六年なら誘導する側としても優秀だ」


「根拠のないデタラメを勝手にしゃべらないでくれる!?」

 文音のセリフに全力でかぶせるように叫ぶ奈美。


 だけど、同じ六年生の響輝の視線は文音ではなく奈美に向けられていた。

「三好……お前は……なんなんだ?」


「……なっ、なに言ってるの響輝くん! 惑わされないで」


「俺は自分がスパイでないことぐらいわかる。なら、お前は……」

「だから落ち着いてって!!」


 奈美の叫びはかろうじて響輝にも届いたらしい。お互いに荒い呼吸をしながらも言い合いを止める。


 だが、響輝の目はまるで変らず、今度は一樹のほうへと向けられた。


「でも、あやしさで言えば東、お前にもあるよな……」

「へぇ!?」

 思わず向けられた矛先に全身がビクリとなってしまう。


「結構な知識を持っているみたいだが、それはどういうことなんだ? その知識量は三年生のものにしたらずいぶんと多いんじゃねえか?


 俺たちを誘導するために知識を得ているとは……」


 冗談じゃない。なんでそんな風に言われなければならない。ただ自分は、みんなの助けになると思って話をしていただけなのに。


「……いやいや、本だよ。僕は本が好きだから……よく読んでただけだよ。僕がスパイなわけないよ!」


 必死に否定するが、文音が響輝のとなりに立って口をはさんでくる。


「いや、たしかにその線もあるな。知識をたくさん持っているのは、人を誘導するのに持ってこいの人物だといえる」


「だ、だったら、ライトくんだって……!」

 苦し紛れに口を開いたがそこで口を手でふさぐ。


「……ご、ゴメン。ライトくん……そういうつもりじゃ」


「別にいいですよ。東さんは僕があやしいと思ったんでしょう?」

 ライトは特に気にした様子も見せず淡々と答える。


「なるほど。この中でもっとも大人びたのが君なわけか……。二年生だって? 年の割には……なかなか。それに、案外小さい子のほうがスパイにはなりやすいのかもしれないな」


 文音が顎に手を当てライトを見る。


「そういや、初めてシステムを使って戦闘をしたのもお前だったな。……お前が誘導していたのか?」


 響輝もライトに対して疑いの目を向け始める。

 まずい、一樹の失言がライトを追い込む形になってしまっている。


 だが、ライトは焦りなどいっさい見せない。

「でも、僕から言わせれば新垣さん、彼女もあやしいと思いますよ」

「……ふぇっ!?」


 完全に蚊帳の外にいた自分の名前が浮上し、目をまんまるにする綺星。対して、ライトは少し綺星に近づく。


「彼女は最初からみんなに守られる側でした。昨晩も動いていたようだし……。ここまではすべて、実は彼女の誘導によるものなのかもしれませんよ。


 守ってあげたくなる、それはすなわち……守るように誘導を……」


「ライトくん! ふざけないで」

「じゃ、じゃ、じゃああ! き……喜巳花ちゃんだって!」


 奈美が叫んでライトの口を止めようとしたが、さらにそれにかぶせるよう、綺星が声を張り上げる。


 しばし沈黙。

「……うちがなに?」

 喜巳花が静かにそう問うと、綺星はうつむきながらつぶやく。


「だって……あたしたちとしゃべり方、違うし……」

「なんでや! 方言は関係ないやろ!!」


 喜巳花はとうぜん全力で否定してこようとする。だけど、一樹はふと思う。


「で……でも、どんなときでも明るく振る舞うその性格は……なんというか……誘導っぽい……」


 化け物がいて出られなくて……最悪な状況なのにこう明るく振る舞えるのは……一樹たちの不安を取り除かせ……戦わせる……。


「なんで!? うちやないって! なんでそうなるん!?」

「……ご……ゴメン」

 喜巳花の迫力に押され謝罪。


 でも……これは……なに?

「全員……あやしい」

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