第3話 動物の定義

 食料の確認が終わり、普通に食べておよそ三日分になるという結論にいたった。最初の準備室にあった量よりずっと多い。


 この事実は、現状を変えることはできなくても、少なからずほっとさせるものがあった。


 日にちはわからないが時間ならわかる。さっきの視聴覚室ではそこまで意識が回らなかったが、図工室には時計がかかっていたからだ。


 それを示す時間は十一時過ぎ。

おそらくさっきの朝礼と称された映像が流れたときは、いまから考えてちょうど九時ぐらいだったのかもしれない。


「やっぱ節約とか、したほうがええんかな」

 喜巳花がひとつ缶詰をつかみクルクルとまわす。


「うん。それも大切だとは思う。でも、この感じだと地図にあったパンのマークが食料を示す場所だというのはおそらく本当だと思える。


 ならまだあるし、必要以上に削るのはやめておこうよ。


 あんまりキツイ節約をやって、体力を失うよりはまだマシだと思う。

 でも、なにも考えずパクパク食べるのはやめておこうか……。ね? 綺星ちゃん?」


「はぅ!?」

 ふと話を振られた綺星の背中がピクリと揺れる。どうやら、こっそりクラッカーを口にしようとしていたらしい。


ゆっくりと向けられた顔、その口にはスナックのカスがくっついている。……もう既にお召し上がりになられていたようで。


「おいしかった? 今後は勝手に食べるのは極力やめようね」

「……ごめんなさい」


 残りのクラッカーをダンボールに入れておとなしくその場から離れる綺星。……でも、無理もない。一年生に状況を把握して我慢しろなんて……。


 しかし、この状況では……本当に死活問題なのもまた同じ。


 一応、ダンボールの中身を確認。見た感じ、綺星が食べたクラッカーは一~二枚程度だろう。なら、さして問題はないか……。


「ん?」

 ダンボールを確認していると、その奥になにかがあることに気が付いた。少しダンボールをずらしその奥をのぞく……。


「……奈美さん。ちょっと……」

「ん? どうしたの?」

 小さく手招きして彼女を呼び出す。そのまま奈美の顔をダンボールの奥へと向けさせた。


 そこにあるのは壁だ。だけど、ただの壁じゃない。傷の跡。しかも、明確な意味がある数値がある。


「……三……一? ……これは……?」

 その文字は『3-1』というもの。


 しかも、この跡も妙だ。見たところ、一度「3-1」と彫られたあと、上からその穴を埋められた感じ。触れば平らなのはわかるが、色でその跡がまだ見えている。


「……わからない。これがなにを意味しているかなんて……、でも……素直にとらえていいなら、教室を差している……」

 すなわち、三年一組の教室……。


「奈美さん、地図はある?」

「あぁ、うん。二枚あったから響輝くんと一枚ずつ持ってる」

 奈美の地図を見て三年一組の教室を確認する。


別にパンマークが付いている教室ではなかった。となり、三の二は付いている教室ではあるが。


 そもそも、壁は簡単に壊せないというのは喜巳花が証明してくれていた。こんな傷、つけられるものなのか……。


「おい! こんなところに毛布がたくさんあるぞ!」

 ふと、響輝の声が図工室に響いた。


 壁の傷からは目を離し、響輝のほうへ向ける。そこには、一枚大きめの毛布を手にした響輝の姿があった。


 その大きさは十分自分たちの体をくるむことができるほど。それなりの厚さがある。それが響輝のすぐ近くで何枚か重ねられていた。


「ホンマや~。わ~、ぬくいわ~」

 真っ先に喜巳花が毛布の束に体をうずめた。そのまま一枚とり自分の体をまく。

「よ~まわりされてるやん」


 奈美も近寄り一枚毛布をつかみ取る。


「……ご丁寧なことだよね……。つまり、ここで寝泊まりをしなさいと、神様はおっしゃっているわけだ。


 本当に融通が利いて話が良くわかる神様なこと」


 この毛布が一樹たちにここで寝ろと言っているのは言うまでもない。もはや、一樹たちをここに閉じ込めようとしたのは意図的なのは確実か。


 この毛布も七枚用意されているあたり、間違いない。


 しかも、七枚ということは、すなわち柳生文音の分もあるということになるわけだ。やはり、あの子も……同じ境遇に立たされていると考えていいのか……。



 それから昼食をとると決めた十二時までの間、各自休憩ということになった。


 ただし、当然ひとりで図工室から抜けることは禁止。出る場合は奈美か響輝の同伴というルールはすぐに設定された。


 やはり、この短時間でかなり精神的に追い詰められていたのだろう。一樹は毛布にくるまって床に転がると一気に力が抜けていくのを実感する。


 ほかのみんなも同じで静かな時間が過ぎていく。


 まぶたが重くなりウトウトと仕掛けていたときだった。視界の端に奈美と響輝が小声で話をしているのが映る。


 最年長のふたりが今後について話し合いでもしているのだろう。そんな感じでそのまま、まぶたを閉じようとした。


 だけど、意識が落ちかけたところで、ぐっと体を置き上げた。首を振って意識を覚醒させ、立ち上がる。


「どうした東?」

 こちらに気づいた響輝が声をかけてくる。そんななかで、ほかの人を極力邪魔しないよう静かに近づく。


「いや……ちょっと化け物について、僕の意見だけでも伝えておこうかと思って」

「うん。いいよ、なに?」


 一樹は一度頷き視線を上げてふたりと視線を合わせた。

「うん。あの化け物って……普通の動物とは違うと思うんだよ」


 一樹が言った言葉を聞いたふたりはしばし沈黙。そして、同時。

「「……知ってる」」


「……あぁ、うん。ごめん、そりゃ、そういう答えになるよね……。……えっと、そうじゃなくて……性質というか……行動が、というか……。


 動物ってさ……基本的に人間を恐れているんだよ。人間が怖いから人と出会うのは避けようとするし、ましてや出会いがしらにおそってくる動物なんてそうそういない


 。……いや、あくまで本で読んだから知ってるだけだけど……」


「……なるほどね。あんな風に一方的におそってくる動物はいないと……。いや、人を恐れていない、と言うべきなのかな」


「うん。あそこまで僕たちに対して攻撃的な性格なのは……動物として考えたら限りなく異質なんだと思う……」


 となりで聞いていた響輝が顎に手を当てる。


「といっても、あの化け物どもを動物と定義すること自体、ちょっと待てって感じだけどな。少なくとも俺たちが知っている動物でないことは絶対に間違いない」


「うん……でも、見た目から考えたら、サルだとは思うんだけどね……。ただ、類人猿かどうかって言われたらう~んってなる。


 僕にはなんとも言えないよ。人と同等かそれ以上の大型なのは間違いないけど」


「……そもそも類人猿とサルの違いがわからねえ」

「ごめん、あたしも」


 ……さようですか。

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