第2話 強烈な違和感

 一樹たち一行はランチルームの横を抜け、何事もなく図工室の前にまでたどり着いた。


 ほっと一息が付く雰囲気のなかで奈美が図工室のドアに手をかける。

 だが、直後奈美の表情がピクリと動いた。


「……どうかしたか、三好?」


 奈美は少し手をドアの取っ手から手を外す。

「……また化け物がいるかもしれない」


 それは言えている。この図工室とランチルームの違いは、しょせん地図にパンのマークが付いていたかどうか。


 ここが安全である保障、化け物がいないという確証にはなにひとつとしてなりえない。


「……なら……こうだな……」


 響輝がリストバンドを操作し、銃を出現させる。それを構えつつドアを横にピタリと張り付いた。


「三好……タイミングを合わせて開けろ。いつでもいい。高森は引っ込めよ」


 くぎを刺された喜巳花がピクリと反応し、後ろに下がる。余計なことをさせないためか。代わりに奈美が取っ手にもう一度手をかける。


「……わ、わかった……。じゃぁ、行くよ?」

 奈美がうなずき響輝に合図を送る。そして、一気にドアを引いた。


 銃を構えたまま先行する響輝。図工室へ一気に入りこむ。同時に部屋の中から声が聞こえてきた。


「お疲れ様。よくここまでたどり着けたね、おめでとう」


 だれか図工室の中にいる!? 声からそれをすぐに判断した一樹、そして奈美が響輝のあとについて図工室へと入りこんだ。


 ……って。

「「お前かい!」」


 図工室特有の木の椅子に座り、足を組んでいたそいつは、まごうことなき柳生文音だった。肘を机に置き、手の甲をほおに当てて、一樹たちを出迎えていた。



「……で、文音ちゃんは……どうしてここに? やっぱり食料目当て?」


 一樹たち全員が図工室の中へ入る。文音と距離をとりながら並ぶなかで、奈美は文音に質問をくだした。


 対して文音は冷たく突き放すように言う。


「わざわざ説明する必要はないだろう。基本的に君たちと立場は変わらないのだから。君たちがここに来た理由とたいして変わることはない。


 むろん、敵対するつもりもサラサラない」


 そういいつつ、立ち上がり顔を教室の奥へ向ける。


「食料ならそこに何日か分用意されている。わたしはここに長居するつもりはない。残りは遠慮なく君たちで食べるといい」


 それを聞いた喜巳花が真っ先に飛びついた。視聴覚準備室にあったのと同じダンボールがそこには、いくつか重ねて置かれている。


 中身を確認した喜巳花がたしかに食料であることを教えてくれた。


 すると、文音は机に置かれていたある道具を手にして図工室のドアに向かって歩き出した。


「待って、文音ちゃん。……そのハンマーと……ノミ? それどうするつもりなの?」


 文音は手に持ったハンマーを重そうに持ち上げ肩にかける。


「武器に決まっている。逆に聞こう。化け物がうろついているこの状況のなか、丸腰で出ていくやつとどっちが変だ?」


文音の問いにしばらく沈黙が起きる。文音は一樹たちのリアクションに満足したのか、少し笑みを浮かべてドアに手をかけた。


「なにが起こるかわからないんだ。君たちも準備は怠らないようにしたほうがいい」

 そういい、ひとりで図工室を出ていった。


 一樹はそんな文音の姿を見ながら思った。さっき、ライトをおとなっぽいと表現したが、文音もまた随分とおとなっぽかった。


 ただし、ライトと文音の雰囲気は別ベクトルにある。


「あいつ、丸腰がどうとか言ってたけど、武器なら持ってるよな?」


 響輝が自分のリストバンドを触りつつ言う。一応安全圏であると考えたのか、そのアーマーを外す。


「それに、あの柳生ってやつだって、素手で化け物倒してたし……。わざわざハンマーなど持たなくてもいいだろう」


 思わず、化け物の腹を貫いた文音の姿が頭の中でフラッシュバックされる。少なくともあの時の文音は武器など必要とはしていなかった。


 むしろ、武器を必要としたのはピンチに陥っていた一樹たちのほう……。


「……あたしたちに対する警告ってことかな……。あんなピンチにまたなりたくなかったら、武器を手にしておけっていう……」


 そういい、奈美が適当に近くにある棚をあさりだす。


 たしかに、この図工室なら武器にできそうなものを調達することはできる。身を守ることを考えれば……これも重要か……。


「なぁ、それもええけどさ……。食料のほうも確認せーへん?」


 ダンボールに手をかけつつ声をかけてくる喜巳花。いつのまにか綺星もそのとなりでスタンバイしていた。


「たしかに! 本来の目的はそっちだったしね。確認しよっか」

 奈美を中心にしてダンボールの中身を確認することになった。


「おっ、やっぱり乾パンか……綺星ちゃん食べる?」


 奈美が意地悪そう言うと綺星は思いっきり首を横に振った。完全に嫌いな食べ物になってしまったらしい。


 にしてもやはり、中身は非常食。一定の日数保管される前提のものばかり。おまけにあの地図のとおり……。どういう意図が……。


「そうだ! 賞味期限!」

 ふと思いつき、奈美が持っていた乾パンの缶を手に取った。そして缶の裏を見る。だが……、


「あれ?」


 缶をくるくるとまわして全体を見るが……。

「ない……」


 缶を奈美に預け、ほかの缶詰やクラッカーの袋を見てみるが、どれにも賞味期限らしき表示はない……。


「……どういうこと?」

 賞味期限が印字されていないなんて、普通はありえないだろ……。だとすれば、これは……意図的に特別に作られている?


「でもさ、賞味期限が知れたところでなんにもないけどね……。ちなみに、一樹くんは今日の日付わかる? あたしは今年が何年だったかも思い出せないんだけど」


「え? うん? ……っ!?」


 奈美に言われて気が付いた。そのとおりだ、一樹も……日付はどころか……なにもわからない。いまの季節でさえ……。


 思わずいま手に持っている缶詰を凝視。遅れて気づき教室を見渡すが、カレンダーはおろか、日にちを示すものはなにも見当たらない。


 ふと窓の外を見る。外の雰囲気は……どうだろう……。秋かな……、もうすぐ冬って感じかな……。気温の感覚は……少し……寒い……のかな?


 あんまりわからない……。空調でも効いているのか……。


 窓に近づき、一樹は疑問を漏らした。

「……今年は……何年なんだ?」

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