第2話 最後の朝礼
自己紹介をおこなったあと、三好奈美に背中を押されながら視聴覚室の中へと入っていく。
教室の中央に向けて歩むと、別の女子がこっちに向かってきた。
さっきのピリピリした雰囲気の中でもニコニコと笑っていた女子だ。
「一樹くん……やね? うちは高森喜巳花(たかもりきみか)。一樹と同じように奈美に声かけてもらってん。よろしくな!」
一樹たちの話す言葉とはずいぶんと違うイントネーションで話す女子。
この女子の声は本当に明るく、静かなこの視聴覚室にしっかりと響き渡る。
黒いシャツにひざ丈のデニムスカート。黄色いジャケットを身に着けている。
右サイドに束ねられたポニーテールが顔の動きにあわせて揺らぐ。
「……あ……その……よろしく」
「うん。ちなみに四年な。自分は?」
「……えっと僕? は……三年」
「そう! よろしく~!」
そういい強引に一樹の手を握ってきた。そのままブンブンと振り回される。
そんな彼女のおかげで少し気が楽になったかもしれない。ほんの……少しだけど。
「……その、東……」
すると、壁にもたれかかっていた脇響輝も少し一樹のほうに近寄ってきた。
「まぁ……なんとかなる。たぶん!」
そういって親指をぐっと立てて見せた。
が、そこにすばやく反応したのは高森喜巳花だった。
「え? なになに、響輝? 奈美に言われたからちょっと考えなおそうと思ったん? 態度かえるん? え~、かわいいやん」
そこに追い打ちをかけるように三好奈美がニヤッとしながらガッツポーズ。
「本当にかわいいよ、響輝くん。それでこそみんなが頼れる上級生!」
「う……うるせぇ!」
脇響輝は顔を真っ赤にしてまたそっぽを向いた。それは恥ずかしいからなのか怒りによるものなのかは……言うまでもないか。
「でも、そやんね。そっちのふたりもこっちけえへんか? ビクビクしてても始まらんで」
そういい、高森喜巳花は残りふたりに手招きをする。
ひとりは一番前でひとりポツンと座っている男子。こちらを向いたが、どうしようかは悩んでいる模様。
一方、隅で小動物のように縮こまっている女子はより一層その小さい顔をうずめただけ。
「喜巳花ちゃん。ありがとう。だよね、まずはみんなと話をするところから始めるべきだよね……うん」
そう三好奈美は首を縦に振り、端にいる女子へと近づこうとした。
その刹那だった。唐突に視聴覚室の照明が切れ、部屋が薄暗くなる。
「……え? なに? なんなん!?」
「だれが消した!?」
脇響輝の声で教室の入り口のほうを見る。しかし、そこに人の姿はない……。
と思った次の瞬間、窓にあった黒いカーテンが音を立てて一斉に締まりだした。
「ひぃ!?」
だれの悲鳴かもわからないが、雰囲気的には端にいた女子の驚いた声だろう。
それで止まることはなく、次々とカーテンは自動で締まる。やがて、視聴覚室全体が真っ暗闇に包まれてしまう。
かろうじて近くにいる人の顔が見えるぐらいのなか、今度は機械音が鳴り始めた。
ここが視聴覚室であることを考えれば、それはスクリーンが降りる音と断定していいだろう。
やがて、その機械音も最後のガタンという音とともにピタリと止まる。
そして、急に光が部屋の中に走った。視聴覚室の手前の上から延びた一筋の光が奥にあるスクリーンにあたる。
その突然の出来事に対して、声を挙げるものはいなかった。その唐突さになにも言えなかった。
そんな空気のなかで、スクリーンに映像が流れ始める。
『みなさん。おはようございます』
映るのは教壇に立つひとりの男性。
「……校長……先生?」
ふと三好奈美からそんな声が漏れた。
そういわれれば、この男性はこの学校の校長だった……ような……。……あれ? どうだっけ……?
『今日も元気にみなさん、登校してくれたようでなによりです』
まるでここにいる生徒を見渡すように首を振るその男。
『で、突然ですが……』
校長はひとつせきばらいをして、顔を正面に向ける。
『人類は滅亡しました。未知の生物によって追いこまれてしまいました。君たちはその生き残りというわけですね』
「「「「「「……は?」」」」」」
『君たちは人類最後の希望です。がんばって生き残りましょう。
あっ、ちなみに外は危険なので校舎から出ないように。というか、そもそも出られません。
以上、最後の朝礼でした』
本当に“以上”だったらしく、そのまま校長の映像は消えた。代わりに『詳しくは視聴覚準備室まで』の文字が浮かび上がる。
やがて、黒いカーテンは再び自動的に開き、自然の光が教室に入ってきた。
ものすごい時間、沈黙が続いた挙げ句に、やっと口を動かしたのは三好奈美。
「……響輝くん……理解……できた?」
唐突な質問にビクリと反応する脇響輝。
「へぇ? ……あぁ……おう。……たぶん……なんとなく……ぜんぜん……。……さっぱり」
「……ありがとう。完璧に状況を理解できたみたいだね」
「めっちゃ、ストレートな皮肉かますやん!?」
三人が言いあうなか、一樹は窓の外を見た。
「でも、ひとつだけ間違いないことがあるよ……。ここから見る限り、……なにも起こっていない。
人類滅亡は……少なくともウソだよ」
ただ、人のけはいがまるでないのは少々疑問だが。
「そ……そうだよね! いたずら……そう、ジョーク! ジョーク!」
ポンと手をたたきながら言う三好奈美。
「でも……俺、さっきから気になっていたんだけど……これ、鍵ねえよな?」
ふと、脇響輝が窓に手を当てて言う。
「窓に鍵……ってそもそもある?」
と聞きながらも、窓を見てその意味をすぐに理解する。
「そっか……、留め具自体がない……」
普通、開閉式の窓なら開けられないように内側には固定するための器具がついているはず。
たしか……「クレセント錠」って名前だっけ、本で見た気がする。
「……そもそも開けられない窓……?」
「……いや……あたしの記憶では……視聴覚室の窓は開けられた気がするけど……」
一樹と三好奈美が首をかしげるなか、腕を振りながら高森喜巳花が窓に近づく。
「開くに決まってんやん。まかしといて。こんなん、鍵ついてないんなら、そのままス~ッて開くねんて。まぁ、見とき」
そう自信満々に窓のサッシに手をかけ……、
「ふん……あれ? ……ふぬぅ……、うん? ふにゅ~……にぃぃぃ……」
思いっきり歯を食いしばって窓を動かそうとするが、ピクリともしない。
「アカン……あかへん!? なんなん!?」
とイラついたのかそのまま壁を蹴る。
「……って……いっつッ!? ……なんなん……?」
「「「お前がなんなん?」」」
ひとりで蹴ってひとりで痛がっている高森喜巳花へツッコミを入れたのは三人同時だった。
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