ミツバチのささやき ★★★★ 2012/11/20

 ミツバチのささやき ★★★★ 97分 | ロジャー・イーバート 2012年11月20日|


 SPIRIT OF THE BEEHIVE (1973)


 アナ:アナ・トレント

 逃亡兵:ジュアン・マルガロ

 怪物:ジョセ・ヴィラサンテ

 テレサ:テレサ・ギンペラ

 イザベル:イザベル・テレリア


 脚本・監督:ヴィクトル・エリセ


 広大なスペインの平原に、農作物が収穫された農家の家が建っています。少し離れたところに納屋のようなこぢんまりとした建物があり、空き家だった時期に、ドアも窓も取り外されたらしい。その家には、アナとイザベルという名の二人の少女と、両親のフェルナンドとテレサの四人家族が住んでいます。フェルナンドは養蜂家であり、学者であり、彼の本が並ぶ書斎で多くの時間を過ごす詩人です。テレサは孤独な女性で、身元のわからない男性に憧れと喪失感の手紙を書く。両親は話題を持たず何の会話もしません。


 村における待ちに待った日。おんぼろのトラックが町にやってくると、子供たちがはしゃぐ。「映画だ!映画だ!」 公会堂にスクリーンとプロジェクターが設置され、子供と老婦人の観客が『フランケンシュタイン』(1931年)を見るために集まります。


 子供たちにとっては、この映画は、単にボリス・カーロフ演じる怪物についての話だったかもしれません。怪物は農家の若い娘のそばへゆき、花を池に投げて浮かべてそれを見ます。おそらくは検閲のために、映画はこのシーンから直接、怪物が娘の溺れた体を悲しげに村へと運ぶシーンに切り替わります。そのため怪物は娘を溺死させたのではなく、彼女も浮かぶだろうと思って、喜んで彼女を投げ込んだことがわかりません。これが二人の少女、特にアナ(アナ・トレント)にとっては、劇的な印象を残すものでした。


 このシーンにおける彼女の誤解は、すべてのスペイン映画の最高傑作であると多くの人に信じられているビクトル・エリセの『ミツバチのささやき』(1973年)に続く出来事を形作ることになります。時期は明記されていませんが、この映画の舞台がフランコの長い独裁政権が始まったスペイン内戦の終結直後であることは、スペインの観客には明らかであったでしょう。


 アナとイザベル(イザベル・テリア)は2,3歳ほど年齢差がありますが、この年齢差の大事な部分は、アナはわからないものごとの説明を姉にしてもらうということです。幼い少女は農地のあちこちをのんきに走り回り、納屋で負傷した兵士を発見します。その夜、暗闇の中で目を見開いていたアナは、なぜ怪物が少女を溺死させたのかを説明してほしいとイザベルに頼みます。「映画の中でおきていることはウソなのよ 」とアナは言われました。「みんな仕掛けなの。それに、彼は生きている。彼は精霊なのよ」 もちろんそれはアナにとって、負傷した兵士について理解するための可能性として機能し、翌日に、彼女は彼に食べ物と水、そして父親のコートをこっそりと渡します。


 この後に続くのは、フランコのファシスト政権についての暗号化されたメッセージと考えられていますが、私には点と点を結びつけることはできません。それよりも、子供たちの想像力がいかに子供たちをいたずらに導き、時にはその結果から子供たちを救い出すことができるかについての詩的な作品として、私はこの作品に強く共感しています。


『ミツバチのささやき』は、ビクトル・エリセ(1940年生まれ)監督の数少ない長編3本のうちの1本であり、短編の題材でもある。チャールズ・ロートン監督の『狩人の夜』(1955年)などと同様に、彼が監督を辞めてしまったことでどれほどのものを失ってしまったか、という感情を抱かせるだけの傑作です。本作はシンプルで厳粛であり、幼いアナ・トレントの人選は、彼女のオープンで無邪気な特徴を利用しています。彼女が姉の説明を受け入れるとき、映画の後半で彼女の行動を示すために十分なものなので、私たちは印象よく彼女を信じることができます。


 これは私が今まで見た映画の中で最も美しい映画の一つです。撮影監督のルイス・クアドラードは、太陽と大地の色調でフレームを染め上げ、家族の家の内部では、足音が響く誰もいない部屋の風景を作り出しています。この家では家族はあまり顔を合わせることはないようです。女の子は一人でいることが多いです。両親もまた、別々の部屋で一人でいます。父親の詩の多くは、彼の蜂の巣箱の無心な活動に関連しており、家の黄色く着色された多角形の集合体の窓は、紛れもなく蜂の巣を参照しています。おそらくこれはフランコ政権の反映なのでしょうが、映画批評家たちが見るや異口同音の意見を具体的に述べるようになると、私は学生の期末論文を読んでいるような気分になります。


 そんな人にもっとやりがいがあるのは、映画の表面を読むことです。アナの「精霊」への善意が誤解され、父親の懐中時計によって負傷した男と結びつけられたとき、これは父と娘の両方にとって危険な状況を設定します。彼女が逃げ出して捜索を促した時、ボランティアの提灯が夜間にゆれるなど、無邪気な子供たちの行動がいかにトラブルにつながっていくかを感じます。アナがイザベルにいたずらをするシーンでは、年上の子供もまた、彼女の作り話がどのように影響を及ぼすかを発見します。


 アナ・トレントは、カルロス・サウラ監督の『カラスの飼育』(1976年)というスペイン映画にも出演しています。彼女はその後、フランコ没落後の最初の作品となったサウラ監督の『Elisa, vida mía(エリサ、私の人生)』(1977年)をはじめ、45本の映画やテレビシリーズに出演して成功を収めています。しかし、子役というのは、後年の役柄では決して捉えることのできない魅惑の輝きに包まれていることが多いです。


 参考/引用:https://www.rogerebert.com/reviews/great-movie-spirit-of-the-beehive-1973

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ロジャー・イーバートの映画レビュー翻訳集 Great Movies編 繰栖良 @power_medicine

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