パンズ・ラビリンス ★★★★  2007/8/25

 パンズ・ラビリンス ★★★★ Roger Ebert | 2007/8/25


 2006年 西・墨 118分

 監督・脚本:ギレルモ・デル・トロ


 出演

 オフェリア/イヴァナ・バケロ

 ヴィダル大尉/セルジ・ロペス

 ドクター/アレックス・アングロ

 牧神/ダグ・ジョーンズ

 カルメン/アリアドナ・ギル

 メルセデス/マリベル・ベルドゥ


 撮影監督:ギレルモ・ナヴァロ|衣装:ラーラ・フエーテ|メイク:ジョセ・クエトグラス


「パンズ・ラビリンス」は、戦争の現実にきわめてしっかりと根付いているにもかかわらず、あらゆるファンタジー映画の中でも最高の作品のひとつです。たった一度の視聴では、一方で牧神や妖精の世界を供出し、もう一方でフランコ政権のファシズムに迎合する非人間的なサディストを見せつける映画を理解することは困難です。牧神とファンタジーの世界は11歳のヒロインにしか見えていませんが、それは彼女ひとりが「ただ夢を見ている」というわけではありません。夢想家たちを殺戮するファシストの親玉たちも同様なのです。これら2つの世界の共存は、映画の最も恐ろしい要素の1つです。なぜなら双方に11歳の子供を殺すことができる一連の法則がしつらえられているのですから。


「パンズ・ラビリンス」(2006)は、1993年にギレルモ・デル・トロの空想の中で形作られました。彼はいつもノートを持ち運び、アイデアやイメージをスケッチし始めました。メキシコの監督は、古典的なおとぎ話の表面の下に潜む恐怖に強く反応し、しかし子供向け映画を作ることに興味を示さず、代わりに目の前にあるホラー映画そのものに興味を持ちました。また、彼はファンタジー映画の生き物にまつわるすべてのありふれたアイデアを拒否し、(オスカーを受賞した撮影、アートディレクター、メイクアップの人々と)牧神、カエル、そして肌が不健全な体からひだにかかっている恐ろしいペイルマンを作り上げました。


 1944年のスペイン。反フランコ政権のレジスタンスたちが、ノルマンディー上陸作戦や、フランコと同盟関係にあるヒトラーとムッソリーニの窮状に希望を抱き、森に隠れています。フランコ直属の軍隊がレジスタンスを追い詰めるために辺境の地に送られ、勤勉ながらサディズムを内に秘めたヴィダル大尉(セルジ・ロペス)が彼らを取り仕切る。


 陰深く古びた工場を作戦本部とし、彼は妊娠している新妻、カルメン(アリアドナ・ギル)と彼女の連れ子であるオフェリア(イヴァナ・バケロ)を越させてきます。オフェリアは継父を嫌っています。事実カルメンのみが継父の目的ですから。ほどなくして、ヴィダルはウサギ狩りのためだけにライフルを持っていたと主張する2人の農民を撃ち殺しました。彼らが死んだ後、ヴィダルはポーチにウサギを見つけます。「次はよく調べろ(注:英語字幕は「大馬鹿ものめ」と続く)」と彼は部下に言います。そして彼は、召使の主任であるメルセデス(マリベル・ベルドゥ)に夕食でそのウサギの調理を命じ、「シチューにするといい」と告げます。なんたる卑劣漢。


 オフェリアはカマキリのように見える奇妙な昆虫に遭遇します。それはフレームの内外で震え、私たちはデル・トロの奇妙で小さな生き物に対する愛情を思い出します(「クロノス」の吸血虫に対するような)。昆虫は、友好的で食い下がり、彼女が「妖精さんみたい」と言うと、虫は彼女を迷宮に導き、彼女は初めて恐ろしい牧神と出会います(ダグ・ジョーンズが奇妙な衣装をまとい演じる)。一部の視聴者は牧神(Faun/ファウヌス・ローマ神話の農耕の神)のことをパン(Pan・ギリシャ神話の羊飼にまつわる神)と混同していますが、映画にはパンは出ず、国際タイトルの原題は「牧神の迷宮(英題:Labyrinth of the Faun/スペイン語原題:El labirinto del fauno)」です。


 牧神は善も悪も両方持つようです。我々は、誰かが履いていた靴で積み上がったとても大きな山から何を想像するでしょうか?わけても不安にさせるのがホロコーストの時代であることです。しかし、牧神が真に示すものは善悪ではなく、その二者択一であり、デル・トロはオフェリアは「自分の魂以外のすべてに従わなければならない少女」と解説しました。彼は映画の主題は選択についてであると述べています。


 牧神は、妊娠中の母の身を案ずるオフェリアの悩みを適切に処置します。彼は彼女にマンドラゴラの根を与え、母親のベッドの下に隠させ、毎日2滴の血を与えさせます。マンドラゴラの根の形はペニスに似たものと言われています。しかし本作のマンドラゴラにおける特殊効果は不気味を越えて、木・葉・土で出来た赤ん坊のように見えます。オフェリアは、メルセデスが反乱軍を支援していることを知ってしまいましたが、誰かを傷つけてしまう責任を負いたくないので、彼女の秘密を守ります。


 映画のビジュアルには目を見張ります。生き物は映画の創作物などというものでなく、悪夢そのもののようです(特に、手のひらに目を持つペイルマン)。牧神の巣のバロック式のオーガニックな外観は、私が映画で見たどの場所とも異なります。巨大なカエルが胃袋の中から重要な鍵を明け渡す瞬間、体の全てを吐き戻し、皮膚以外何も残さない。一方、ヴィダルは蓄音機でレコードを演奏し、喫煙し、酒を飲み、喉を切る素振りをし、自分自身を削ぎ落とすように髭を剃り、妻にはきはき喋り、医者を脅し、そして人々を撃ちます。


 デル・トロの映画は、一番手前の物でワイプすることで多数のシーン間を行き来します。暗闇の領域や壁や木を用いた、軍隊へのワイプアウト、迷宮へのワイプイン、あるいはそれぞれの逆。このテクニックは、彼の2つの世界は間断されておらず、同じフレームの端々につながっていると主張します。彼は工場のインテリアのほとんどを冷たい青灰色の石で描写しますが、私たちが好むキャラクターの顔やファンタジーの世界にはライフトーンを取り入れています。レジスタンスの爆弾が、彼らが攻撃するモノトーンの世界に赤と黄の爆発をもたらすことは偶然ではありません。


 ギレルモ・デル・トロ(1964年生まれ)はファンタジーの分野で最も意欲的な監督です。自身のビジョンを可視化するためにゼロから発明をするのです。「クロノス」(1993)で29歳でデビューして以来、彼は敬意を払って愛すべき6つの作品を手掛けました。以後の「クロノス」ほど世評は高くない「ヘルボーイ」「ミミック」「ブレイドII」、 そして「デビルズ・バックボーン」(フランコ政権下のスペインが舞台の幽霊奇譚)。彼はとりわけ視覚指向の監督であり、デル・トロが「映画はルックスから成る」と言うとき、私は俳優の視線だけでなく彼自身のことにも言及していると思います。


 デル・トロははメキシコで生まれ、才能豊かな同時代の盟友たるアルフォンソ・キュアロン(1961年生まれ)とアレハンドロ・ゴンザレス・イニャリトゥ(1963年生まれ)とともに、世界を股にかけ働きました。デル・トロの素晴らしい作品、キュアロンの「トゥモロー・ワールド」「ハリー・ポッターとアズカバンの囚人」(最も見栄えの良いポッター映画)「大いなる遺産」(見過ごされた傑作)「天国の口、終わりの楽園」、イニャリトゥの「アモーレス・ペロス」「21グラム」および「バベル」。

 これらの映画をおもえば、ロケ地がメキシコでなくとも、常に土地に根ざした想像力と精神に通じる新時代のメキシコ映画について論ずべき時かもしれません。


 これら作品群の何本かは、ある意味では別のジャンルの映画ですが、インパクトと強烈さ、そして視覚的な想像力が非常に豊富であるため、各ジャンルに依存するのではなくジャンル自体をフラットにします。3人の監督は、業界関係者と技術者のお互いをサポートし、新しいルールを作り、妥協することなく成功しています。キュアロンの1998年の「大いなる遺産」は、セットこそスペイン的ながら、現代のフロリダを舞台に、イーサン・ホーク、グウィネス・パルトロウ、アン・バンクロフト(ぱっと浮かぶキャスト)らを迎え、ディケンズの精神をしっかりと再編し、3人の監督の実績にもとることのない作品を描き上げました。


 デル・トロの「パンズ・ラビリンス」が非常に強固な作品になっているのは、明らかに互換性のない2種類の素材をまとめ、最後まで両方に忠実であることを主張しているからです。妥協がないため逃げ道はなく、それぞれの世界の危険は常に他の世界に存在します。デル・トロはしばしば、寓話には「ルール・オブ・スリー(3の法則)」がある(3つのドア、3つのルール、3匹の妖精、3つの王座)と語っています。しかしながら、この映画は3回視聴すれば十分であるとは思えません。


 参考文献/原文:https://www.rogerebert.com/reviews/great-movie-pans-labyrinth-2006

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