ロジャー・イーバートの映画レビュー翻訳集 Great Movies編

繰栖良

ベルリン・天使の詩 ★★★★ 1998年4月12日 |

 ベルリン・天使の詩 ★★★★ | ロジャー・イーバート  1998年4月12日 |


 監督:ヴィム・ヴェンダース

 脚本:ヴィム・ヴェンダース/ペーター・ハントケ

 出演

 ダミエル/ブルーノ・ガンツ

 カシエル/オットー・サンダー

 マリオン(空中曲芸師)/ソルヴェイグ・ドマルタン

 ピーター・フォーク(本人)/ピーター・フォーク

 撮影監督:アンリ・アルカン


『ベルリン・天使の詩』の天使たちは、人々を見守るために地球にいるただの守護天使ではありません。彼らは創世からずっと歴史を見つめつづけた証人です。彼らは、コンクリートでできたベルリンの壁のそばに立ち、地層の堆積より以前のはるか昔を想起します。彼らは氷河の溶け崩れる様を思い出す。それらは神の孤独の反映です。神はすべてを創造したが、神の所業を見た者は誰もいなかった。ゆえに天使の役割は見ることなのです。


 ヴィム・ヴェンダースの映画では、天使たちは記録を見・聞き・比較しながら、分断されたベルリンの町を誰にも気づかれないように移動します。彼らはしばしば建物の屋上や英雄の彫像の肩などの高い場所に立ち、時に事故の犠牲者を慰めたり、自殺を考えている若者の肩に手を置いたりするために下に降ります。彼らは直接出来事を変えることはできない(若者は自殺する)が、もしかしたら彼らは希望の兆しを与えられるかもしれない、つまり私たちが完全なる孤独ではないという直感を示唆することができるのです。


 この映画は、空想、哀歌、瞑想の気分を呼び起こします。その気分自体は物語を邪魔することはありませんが、天使たちのpatience(忍耐)を見せます。全てを目撃しようとも、そこに手出しできないことが如何なるものかを示唆します。私たちはダミエル(ブルーノ・ガンツ)とカシエル(オットー・サンダー)の2人の天使の目線を追います。彼らは、ホロコーストの犠牲者、息子を心配している両親、路面電車の乗客や路上の人々の考えを聞いています。まるでラジオのダイヤルを回して、多くのチャンネルをとっかえひっかえ聞くように。彼らは南に行くために十分なお金を稼ぎたい売春婦と、落下を恐れるサーカスの空中曲芸師について気に留めます。それは満月の夜だからです。


 この映画の魅力にだれもが魅了されています。本作は1987年にヴェンダース及び共同で脚本を書いたドイツの劇作家ペーター・ハントケによって作られました。動きはゆるやかですが、イライラすることはありません。なぜなら、明確なプロットがないので、物語が予測しうる次の段階に移るべきだとやきもきしないからです。本作は何かがおこることについての物語であり、行動することについての物語ではありません。そして、天使ダミエルが人間にならねばと決断するとき、行動する世界に堕ちます。


 ダミエルは空中ブランコ乗りに恋をします。彼は毎晩さびれた小さなサーカスに行き、彼女はそこの丸盆の上で演じます。彼は彼女の疑念と脆さに触れ、彼はもう一方の天使であるカシエルと、感じた気持ちについて話します。猫に餌をやれるようになった時のこと、新聞を読んでいたら指にインクがついたとき感じたこと。ダミエルは、彼が見ている人間の一人、アメリカの映画俳優(ピーター・フォーク/本人役)の、特別な同情を感じます。「私はあなたに会えませんが、あなたがここにいることは知っています」と、フォークは彼に言います。フォークはダミエルをどんなふうに感じるのだろう。子供たちは時々天使を見ることができますが、大人たちはその才を失ったことになっています。


 これらの疑問に対する答えはすべて、『シティ・オブ・エンジェル』という新作ハリウッド映画で明確にされています。本作は『ベルリン・天使の詩』の元の要素だけを反映したリメイクであり、ニコラス・ケイジが天使、メグ・ライアンが女性(空中曲芸師ではなく心臓外科医である)を演じます。この新しい映画を見た後、『ベルリン・天使の詩』を再見しました。それは私に、心を打つことのできる映画について異なる要点を思い出させました。


『シティ・オブ・エンジェル』は巧みなロマンティックなコメディであり、私はそれを楽しみましたが、すべてが画面に映し出され、隠喩も捨象されます。『ベルリン、天使の詩』はなめらかにプロットを処理し緊張を解きません。それが地上で起こる出来事の儚さからくる悲しみと孤独、切望を生み出します。もし人間が生きている間にそのことを知る唯一の動物であるならば、映画はその知識についてのものです。


 本作は、(ジャン・)コクトーの『美女と野獣』で登場人物を軽やかにしてみせた伝説の撮影監督アンリ・アルカンが撮影した美しい映画です(映画内のサーカスは彼にちなんで命名されています)。天使たちの視点を映すとき、彼は青みがかったモノクロで撮り、人間の視点を映すときはカラーで撮ります。彼のカメラは、都市の上にふわふわ舞ったり、あるいは飛行機が滑走路に着陸するがごとく、重力から解放されたようです。カメラは事象に割って入らず、ただ観察します。天使が空中ブランコのアーティストを追ってライブハウスに入るシーンも、カット割りのリズムはゆるやかで、距離を置いたままです。

 評論家のブライアント・フレイザーはカシエルをこのように観察します。「カシエルが壁に寄りかかって目を閉じると、舞台照明が彼の体から3つの影を落とし、彼の立ち位置や色が交互に替わる。それは我々が目の前でカシエルの天使たらしめる要素がバラバラになるのを見ているということだ」


 ブルーノ・ガンツは天使のように微笑みます。その微笑みは、ありふれたものでなく、気持ち良くもなく、誰にでも親しいわけでなく、貴重なハンサムのはにかみでもありません。創世から観察している者であるがゆえ、彼は過分に反応しません。彼はすべてを見てきました。今、彼は感情が欲しい。「思い切って飛び込んでみる」。かの天使はカシエルに言いました。彼は時の流れに身を任せ、病にかかり、痛み、そして死にます。それは同時に、触れ、匂いを嗅ぎ、そして物事の一部になれることです。彼が望んでいることは、ピーター・フォークが彼に次のように語ったとき、夜明けの屋外のコーヒースタンドでまとめられます。「タバコを吸って、コーヒーを飲む。誰かと一緒にそれができるのは素晴らしい。絵を描くときに、誰かとかじかんだ両手をこすることも……」


 通りの子供たちは、フォークを「(刑事)コロンボ」と呼びます。実際、コロンボは汚れたレインコートに身を包み、人々の生活に入り、周りに立って観察し、最後に質問します。そして、長く黒いトップコートを着ている天使たちも同じことをしますが、彼らの質問はなかなか聞こえません。


 ヴェンダースは、映画の製作方法を実験する野心的な監督です。彼の1992年の映画『夢の涯てまでも』は成功とは思わなかった一方、2人の恋人同士の即興劇を4大陸・7か国・20都市で5か月にわたって見せる彼の大胆さを私は賞賛しました。『さすらい』(1974)は、2人の男性がフォルクスワーゲンのバスで東西ドイツの国境をさまよい、告白や内面を共有し、女性と一緒に暮らせはしなかったものの、一人では生きられないことを学ぶ3時間の長旅でした。それは、プロミス・キーパーズの知的で形而上学的なバージョンのようなものです。『パリ、テキサス』(1978)は、『捜索者』(1956/ジョン・フォード監督)の現代的なリメイクで、ハリー・ディーン・スタントンが演じた孤独な男が、人どうしがつながることを禁じるような世界の中で迷子の少女を追跡しようとします。


 長編映画を製作する多くの監督がそうであるように、ヴェンダースは完璧主義者ではありません。彼は完璧主義者が避けるものを取り入れます。なぜなら、彼にとっては完全無欠のものよりも形のないもののほうが重要だからです。たとえば、空中ブランコのアーティスト(ソルヴェイグ・ドマルタン)がそのコーヒースタンドでピーター・フォークに初めて会ったときの事を考えてみましょう。彼女のパフォーマンスにめまいがします。彼女はテレビで見たスターに会えて喜んでいる女優のようで、この場面のリアリティは彼女の声のトーンとボディーランゲージによって滅茶苦茶になっています。二人とも準備不足のアドリブをしているようです。それは狭義においては「悪い」シーンであるかもしれませんが、もし人生の一部を切り取ったものだとしたらどうでしょう?

 まさにこの映画にある同様の欠陥はすべて同じ理由で存在します。映画は長い時間の一瞬であり、それは私が喜びをもてる一瞬なのです。


『ベルリン・天使の詩』は、秘儀的で難解であるために、褒めた映画評論家が非難される映画の1つです。「何も起こりませんが、2時間かかり、多くの複雑な象徴性があります」と、ピーター・ファン・デル・リンデンというWebベースの批評家は不満を述べています。時が満ちれば、おそらく彼はこの論評にたちもどり、すばらしいことが起きていて、象徴性は形あるものによってのみ機能することを理解するでしょう。私にとって、この映画は音楽や風景のような(形のない)ものです。心の中を空にし、その空間で命題を考察することができます。そのうちのいくつかは映画で問答されます。「なぜ私はここにいるのだろうか?時間はいつ始まり、空間はどこで終わるのだろうか?」


 参考文献/引用元:https://www.rogerebert.com/reviews/great-movie-wings-of-desire-1988

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