真30話 私の選んだ未来

「──────さあ、選べ。お前の行く末を。約束を果たすために……」


 


 ゴクリ……


 


 私は唾を飲み込む、その答えを言った。


 


 「私はこの世界を──────」


 

                           ◇


 


 ──────数日前、最後の敵であったマロー王を倒し、ミーヤちゃんを救出に成功した私は無事、アーサ王が帰りを待つ王都キャラメルトに戻り、彼と再会した。


 「おお! ミーヤ! 無事だったか!」


 「お父様!」


 攫われてからもう何日経ったかなんて忘れていた私は、ようやく再会した父とその娘が抱擁する様子に涙が止まらなかった。二人の様子を微笑ましく見つめる本当の母、セレンの姿も見える。セレンからは「時が来たらちゃんと話します」と言われたので、今はまだ、母親であることは内緒の様だ。ちなみに元奥様であるネヴィアは戦いに巻き込まれて亡くなったことになっている。


 「ミーヤちゃん、本当に……本当に良かった」


 「うん! お姉ちゃん、ありがとう」


 ああ。この笑顔。天使か。てぇてぇ……。


 「ところで皆は?」


 モルト、アイギス、デュラン、ミーヤちゃんは私がここまで運び、セレンとカレンもいる。残りの各国の王──アポロン、ネプチューン、ミネルバ。そして、ヴィヴィアン、アグリピナさんがいない。一体どこに……


 


 ──────シュワン!


 


 「ごきげんよう、シエテちゃん」


 「ッ! ヴィヴィアン!」


 流石モグの弟子、私も使える様になった移動スキルをいとも簡単に使い、客間に現れた。モグがいなくなったことでここを守っていた結界が消え、このスキルを扱える人は自由に行き来出来るようになったのだろう。不用心にも感じるが、マロー王が改心した今となってはミーヤちゃんを狙う者はいないだろう。それはそうとして、ヴィヴィアン以外の姿が見えない。


 「アポロン達は?」


 私がヴィヴィアンに質問すると、「ん? ああ……」と言って彼女が答えた。


 「他の王達はそこにいるからいつでも会話は出来るよ」


 「そこ?」


 ヴィヴィアンが私の腰を指さす。腰には二度も敵に投げつける、過去一番ひどい扱いをしている私が、アーサ王から受け継いだ聖剣──《永久須狩刃》がある。ということは──


 


 シュボッ!


 


 剣に散りばめられた宝石からその各色と同じ光が部屋に飛び出すと、ホログラムの様な映像が現れる。


 「皆の姿が!」


 少ししてホログラムから本人がまるでゲートを潜る様に現れた。ネプチューン、ミネルバ、アポロン。そしてもう一人……マロー王の姿があった。


 「マロー王……」


 私が思わず声を掛けると、手で私に静止させ、アーサ王に向かって話しかけた。


 「アーサ。数々の非礼を詫びよう」


 「…………」


 アーサ王は何も言わず、ただ手を差し出した。その反応に同じく手を出して握手した。過去の因縁に決着を着けた瞬間だった。そして私に向き直ると、気さくに笑った。感情をセーブしていた彼の本当の笑顔が見られた。


 「よし! じゃあパ~っとやりますか?」


 『おおお~~~~!!』


 


 


 ──────『カンパーイ!』


 チンチンとエール(子供から大人まで飲めるお酒っぽいノンアルコールの飲み物)が入ったグラスを合わせ、軽快な音が部屋に広がる。セレンとカレン、屋敷直属のシェフが作った料理に皆、舌鼓する。即席で作ったステージにはアルテミスで祝いの際に流れる『精霊たちの楽園』という、アヴァロンへ向かう人々を送り出す歌である。今は特に送り出すことに重点は置かないのでこういった行事に流すらしい。今、音楽に合わせてミーヤちゃんとアポロンが踊っている。私も誘われたが、実は昔から超絶リズム音痴であることが露見してしまうことを二人に伝えると、「ちょっとだけ!」と頼まれ、仕方なくほんの少し踊ったが、予想通りゲラゲラ笑われたため、大人しくゼウスと話している。


 「……もう~! だから嫌だったのに~!」


 「ふ。お主も意外な弱点があったんだな」


 「いいもん! 踊れなくても苦労はしないもん!」


 開き直る私にゼウスが微笑む。この光景を誰もがきっと望んでいたんだ。人も龍も、精霊も関係ない。お互いが助け合い、喜び合い、時に喧嘩したとしてもいつかは分かり合える日が来ると信じて。モグが……賢者マリンが願っていた未来を、私たちは作り出せる。きっと───


 

                            ◇


 


その日の夜、彼から言われたあの一言が私の頭の中を駆け巡っていた。


 


 ──……「元の世界に戻らないか?」


 


 「……日本に帰れる、か…………」


 バルコニーで火照った身体を覚ますため、夜風に当たっていると、後ろからアーサ王がやって来た。「いやあ、実に愉快」と笑顔のアーサ王。だが、私の心から笑っていないことをすぐに見抜き、隣で話しかける。


 「時にシエテ殿……いや、あえて呼び捨てにしよう。シエテ」


 「何でしょうか?」


 「……マリンは……やはり帰らなかったか」


 少し俯き、私は頷いた。すると「そうか……」とアーサ王は夜空を見上げ、モグのことを話し始めた。


 「────彼女と初めて会った時、何となくだが、いつか二度と会えなくなる気がしたのだ。君との出会いが彼女の最後を引き寄せてしまったのは本当に惜しい。本来であれば会うべきではなかったかもしれないと私は思っていたのだ。彼女は最後に何と?」


 「……この世界を救って欲しい、と。笑顔で……」


 「そうか…………」


 「実はゼウスにこう言われたんです!」


 私は前を向き、アーサ王に悩んでいる状況を説明した。私がこことは違う世界──日本の女子高生として生き、事故に逢ったこと。薄暗い空間でモグ……神様と出会い、スキルをもらった事。そしてその世界に戻ることが出来る事……実の父に話す様に、私を娘の様に思ってくれたこの人に嘘はこれ以上隠し通せないと。


 「──────……と言う訳なんです。びっくりですよね。離している私も一体何のことだかわからず今もここにいて──」


 「シエテ」


 「ッ! は、はい?」


 こちらを向いたアーサ王が手にしていたグラスを私に向けると、優しい表情で言った。


 「彼女は──マリンはきっと、そのご友人、愛奈さんの願いが呼応して君を導いたのではないだろうか? 何よりシエテ自身がそれを一番感じていたんじゃないのか? だから質問したんだろう? マリンに『君は愛奈なのか?』と」


 「ッ!」


 そう言えばそうだ。あの時、あの瞬間、まるで側に愛奈がいた様に感じた。そして彼女がこの世界から消え、それは確信へと変わった。やはり彼女は『神崎愛奈』だと。


 たとえ彼女の記憶が全くなくとも、私の事を覚えていなくとも。彼女の魂が私をこの世界に行かせたのだと。ならばとるべき行動はただ一つ。


 「アーサ王。私──」


 彼女が残した最後のこの力を最大限活用する方法……つまり、


 


 「──────私、日本に帰ります──────」


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