真20話 私の願い

歓声がコロシアムを包む──はずの場所で私と向かいに立っているアポロンが対峙する。


何故、歓声が聞こえないのか。理由を全く知らない私は少しだけ驚いたが、すぐにそんなどうでもいいことは忘れ去った。何故ならこれは『決闘』。力を以て力で制す。今までスキルありの対人戦はしてきたが、純粋な『戦い』はしなかった。つまり、今この場は培ってきた私個人の実力が試される場でもある。


 「いくよ!」


 「アポロンもいく!」


 


 ダダッ!


 


 両者一斉に飛び出し、互いの剣をぶつけた。刃と刃が重なる度、甲高い金属音と火花が飛び散る。シエテはあまりこの聖剣を使った試しがなかったが、旅の途中でモグに構え方や振り方など、初歩的なことは一通りマスターした。無論、こうした実践は初であるため、ちゃんと戦えるか不安があったものの、なんとか戦えている。……と、ここでアポロンが動く。


 「これはどう?」


 アポロン自身が駒の様に回転し、横薙ぎに剣の残像が高速で動く。この様子に近づけない私は一度距離を置き、辺りを見渡した。すると、角に建つ柱に眼をやった。


 「あれだ!」


 私は四つの柱の一つに向かうと、そのまま木こりの様に剣で柱を斬り倒す。


 


 ゴゴゴゴゴゴ──────ドスン!


 


 倒れた柱を避ける様にアポロンが空中にジャンプする。同時に回転していた身体も元に戻る。私はそれを見過ごさなかった。


 「今!」


 倒れる柱の上に乗り、上に向かって走ると、空中に逃げたアポロンに向かって剣で斬りつける。…………が、あと一歩及ばず、そのまま地面に急降下してしまう。


 「だめか~!」


 元々この一手で勝負を決めていた私はどうすることも出来ず、虚空に手を伸ばした。と、この瞬間、『剣の戦い』で絶対にするはずのない最後の攻撃手段を思いつき、咄嗟にそれを実行した。


 


 フォン!


 


 アーサ王から継承したその手に握る聖剣を、私はアポロンに向かって投げたのである。


 「ッ!?」


 この行動にアポロンも驚き、思わず手に軽いダメージを負った。もちろん、こんなダメージでは、勝ちとは言えないものであったが、アポロン自身も腹を決めていた。


 「……シエテちゃんの勝ちだね」


 小さく呟いたアポロンが急降下するシエテを追い、地面スレスレでその手をキャッチした。


 「シエテちゃん、捕まえた」


 「……ッ! 私、死んでない! ……ってアポロン!?」


 死を覚悟していた私は捕まったアポロンの小さな手に命を救われたのだった。──その刹那、私の脳裏に何かが浮かんだ。


 「ッ!? 何……こ……れ……」


 虚ろな眼差しの中、駆け付けたモグの姿が映ると、そのまま意識を失った。


 


 


 ◇


 


 


 ──────「あれ……私……意識を……」


 一面真っ白なその空間に私は立っていた。すると突然、背後からザザザザとテレビの壊れた様なノイズが聞こえ、私は振り返った。そこには渋谷のビルにある様なデカイモニターがそのノイズを発していて、しばらくすると、映像が流れ始めた。そして、そこに映る人物に私は言葉を無くした。


 「これ…………私…………?」


 モニターに映っていた人物は紛れもない、幼少期の私だった。そのモニターに映る『私』が夜空に向かって手を組み、祈るように言葉を発した。


 「……お願い神様。どうかを助けてあげて。私の命をあの娘に分けて下さい。おねがいします……」


 「あの娘……?」


 全く身に覚えがない。否、そんなことよりも、私が言った『あの娘』とは、いったい誰の事なのか。そもそもこれは一体何なのか? モニターに映る私は本当に私なのか。


 「ッ! 神様……!?」


 私はふと、この世界にやって来る前に神様と出会った。まさか、この私が言った神様は──────


 「……あの時の……神様……?」


 ここへ来る前に神様が言っていた言葉──


 


 『君が願ったんでしょ? 異世界に行きたいって』


 


 「だからあの時……ッ! じゃあ、『私の願い』ってまさか……!」


 その瞬間、私は全身を引っ張られる感覚に陥った。


 


 


 ──────「う……ん……」


 「シーちゃん!」


 「シエテちゃん!」


 どうやら現実に戻って来たらしい。アポロンに初めて謁見した部屋の天井が見えた。声を掛けて来たのは当然、モグとアポロンであることも分かる。


 「私……意識を……」


 「良かった~。急に倒れたから心配したよ」


 「無事でよかった」


 二人が安堵する。が、今の私には安堵よりも確かめたいことがあった。それは──


 「ねえ、モグ!」


 「ッ! 何?」


 私は意を決して、その名前をモグに言った。


 


 「──────モグは……『』なの……?」


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