新第9話 彼女の罪

「ミーヤちゃんはどこ!」


 私は吹っ飛ばされた相手に守ると誓った少女の居場所を聞き出す。──が、当然相手も話す気はない。


 「チッ。ちょっとやれるからって図に乗らないで下さる? 【スキル】はあんただけの物じゃないってこと、教えてあげるわ……ッ!」


 立ち上がったネヴィアが懐から取り出したナイフを両指に四本ずつ挟むと、それぞれに力を込める。そして私に向かって投げると、すぐに太ももに隠していた残り二本、合計十本のナイフが私に向かって放たれる。無論、何かしらのスキルが付与されつつ。


 「ッ! 一か八か──」


 流石にまずいと感じた私はこける覚悟でナイフを間に小声で唱えて出て来たいつものやつを、離れた位置に思いきり投げた。


 「死になさい……ッ!」


 


 ザザザザザザザ……ッ!!


 


 投げた皮に吸い寄せられる様に、私は全力疾走でそれに向かうと、お約束通りにスッテ―ンとこける。だが、ナイフは避けきった。…………はずだった。


 「うっ!」


 最後に投げられたであろう二本のナイフの内、一本だけが私の肩に刺さっていた。


 「ううあああっ!」


 激痛と肩を流れる血が物語る。私は痛みを我慢してその刺さったナイフをなんとか抜くと、床に落とした。ネヴィアが得意げな顔をする。


 「あはは! どう? 痛い? 痛いわよね~! いいわ。もっと痛くしてあげる。だからとっとと──」


 再び八本のナイフを取り出すと、投げる体制を取る。そして私の恐怖を舐める様にナイフを投げる。


 


 シュッ──ザザザザザザザッ!!


 


 私が何度目かの死を覚悟したその刹那、漆黒の爪が私の身体を包む様に守り、ナイフを弾いた。その正体は、


 「モグ……ッ!」


 「……シーちゃんは下がって。こいつは私がやる……ッ!」


 モグが怒りを露にして、ネヴィアを威嚇する。それに対してネヴィアが言い返す。


 「あら、あんたも参戦するのかしら? その呪われた身体で」


 「くっ……。シーちゃんを守れるなら、十分だ」


 「モグ、さっきからあいつと会った事があるみたいだけど、一体何があったの?」


 私がモグの身体の事を聞く。すると「それは……」と目線を反らす。その反応にネヴィアが続ける。


 「あんたが答えないのならば私が代わりに言って差し上げましょうか? 『マリン様』!」


 「マリン様? モグじゃないの?」


 私がモグの顔を覗く。すると、観念した様に自分の名を言う。


 「……私の真名は『マリン』。この世界の中で《賢者》と呼ばれている」


 「賢者──マリン……?」


 「そう。この世界で初めて【スキル】を手にした私の話さ」


 

         ◇


 

 「──その昔、人の国で私は生まれた。両親はごく普通の人間で普通に生まれれば私もこんな数奇な運命に振り回されることもなかったかもしれない。他の人にはない、あるものが胸元にあった」


 「あるもの?」


 「シーちゃんにもあるでしょ? 確か右手に」


 「あ! !?」


 私が自分の手のひらに刻印された神様がくれた紋様を見る。よく見ると、確かに胸元には私の紋様と似たものが刻まれていた。モグが頷き、話を続ける。


 「私に刻まれたこれはすぐには誰も何を意味するのか、分からないでいた。何故なら、それを省けば私も当時はただの人でしかなかったからね」


 「じゃあいつスキルを?」


 「うん。ある日、川で遊んでいた小さい頃の私は誤ってその川に転落した後、そのまま流されてしまった。……気を失いながらもどこかに漂着した私は記憶を失った。──家族の記憶だけがね」


 「そんな……」


 「けど、悪いことだけじゃなかった。失った記憶の代わりに私は、この紋様の意味、すなわち【スキル】が使える事に気づいた。初めはランダムに発動していたが、ある法則性を見つけ、実践してみた所、仮説が証明された」


 「法則性?」


 「シーちゃんは今、あいつの事をどう思っている?」


 急に振られたので、一瞬返答に困ったものの、率直な気持ちを答えた。


 「……ムカつく。許せない!」


 「それが答えさ」


 「ん?」


 「怒りや悲しみ、憎しみ、楽しみ、喜び──つまりは感情の強さでスキルは強くなる」


 「だから、さっき──」


 私は怒りに任せてネヴィアに向かってスキルを放った時、いつもならバナナの皮がでてもおかしくはなかったが、その時だけは空気砲みたいな攻撃性のあるスキルが発動した。確かにモグの言った通りではある。が、


 「……【パーフェクト・スキル】はランダムのはず……仮に強いスキルが出たとしても、相手をぶっ飛ばすものじゃなかった可能性は──」


 「……たまたまかな。大きな皮が出ていた可能性もある」


 「よ、よかった……。ああ、それで、その身体は?」


 「おっと、そうだった。賢者と呼ばれる話は時間があるときに話すとして、この身体だけど……」


 「私のスキルよ」


 「ッ!?」


 ネヴィアがナイフを構えながら答える。私が意を決し、ネヴィアに尋ねる。


 「……どういう事?」


 「どうもこうも、私達にスキルを使える様にしたのはこいつよ。私はそれを使って試しただけ。やり返しただけに過ぎないわ」


 「スキルを使える様にする? ……そんなこと──」


 「私とあの子娘をさらった二人も同じようにね。私達は作られたのよ。こいつによってね」


 私は驚きつつ、ゆっくりとモグの顔を見る。複雑な表情で私を見つめるモグが私の眼に映った。


 「モグ……どういう事なの……?」


 「違うんだシーちゃん! 話を聞いてくれ!」


 モグが必死に私に訴えかける。一方私はまた裏切られたのではないかという友への疑心が大きくなる。


 「来ないで! これも外して!」


 「シーちゃん……」


 モグが私を守っていた爪の守りを解く。解放された私はゆっくりとモグと距離を放していく。遠ざかる私にモグが手を伸ばして来た瞬間、私は咄嗟にスキルを唱えてしまう。


 「【ダメー!】」


 


 ボオオオウ!!


 


 大きな炎が彼女に向かって放たれる。──間一髪、彼女がそれを避け、丸焦げにはならなかった。しかし、


 「…………」


 「ッ! ち、違うの! そんなつもりは……」


 たまたま出したそれが私の気持ちであるとモグが勘違いし、二人の溝がさらに深くなっていく。その様子を遠くで見ていたネヴィアが私に問いかける。


 「ねえあんた、そいつが嫌いなんでしょう? なら、私と手を組まない? 一緒に殺してあげましょう。クフフ」


 「だ、誰があんたなんかと──」


 「でも、あんたがしたんじゃない。それは事実よねえ」


 「だから今のは……」


 「今のは、何かしら? アッハハハハハ」


 「ッ! …………」


 私は自分の両手を見つめた。……確かに、今のを放ったのは間違いなく私だ。でも、唱えたつもりはなかったし、まして、ランダムなはずのスキルがこういう時に限って強いスキルが出るなんて……あッ!


 私はさっきモグが言った事を思い返す。モグが言うには、スキルは自分の感情とリンクしていて、その気持ちがュ良ければ強い程、凄いスキルを出せる。つまりは、そういうことだ。


 「ああ……ああ……」


 「シーちゃん……ッ!」


 モグが私を心配する。……無理もない。モグの言った話をそのまま利用したのだ、私は。


 溢れ出る涙が手のひらに落ちて受け止める。そしてそのまま膝を落とした。


 「そんな……だって……私……ッ!」


 


 ポタ……ポタ……ポタ──


 


 「チッ。やるの? やらないの? あんたの答え次第で、私は今すぐあんたを殺すわよ!」


 業を煮やしたネヴィアが私に狙いを定める。ナイフのカチカチ音が私の選択を急がせる。


 「私は──」


 涙を拭い、ゆっくりと立ち上がる。


 


 「モグを──」


 


 ……小さい頃から余計な事に突っ込みがちで、いつも誰かに迷惑をかけてばかりだった。まだ小さかった私は誰かに迷惑をかける事の重大さに気づかないでいた。


 高校生になって、あの頃の自分が如何に危ない橋を渡っていたということが年齢を重ねることで理解していった。


 


 「モグ……を──」


 


 だからこそ、私が救ったその娘の一言が、今でも鮮烈に輝いている。


 


 「────許す……ッ!!」


 


 「ッ!! …………ありがとう……ッ!」


 親友からのその同じ一言を、私はこの世界で胸に刻んだ。


 

 「どういたしまして!」


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