パーフェクト☆スキル ~全くいらないバナナの皮も使い方で何とかなります~

アキノ霞音

第1話 なんか、異世界転生しちゃいました

「菜々子―。一緒に帰ろう!」


 「ちょっと待ってー!」


 私の唯一の親友が一緒に帰ろうと、誘ってくる。断る理由もない私が急いで帰る準備をして、教室を出ると、いつもの廊下を走る。


 「おい、大庭! 廊下を走るな」


 「はーい。先生、さようならー!」


 「だから走るなー!」


 担任の静止を振り切って友達の待つ場所に向かうと、親友は既に靴に履き替え、私を待っていた。


 「遅いぞ~」


 「ごめ~ん」


 息を切らしながら私も靴に履き替える。そしてようやくこの忌まわしき監獄から出る。否、友達と会う場としての役割はこの上なく良い場所でもある。くだらない話をし、お菓子やお昼を一緒に食べ、ついでに勉強し、点数なんかを競う。しかし、それだけでこの世界が回れば誰も苦労はしない。先生だって一応お仕事として私達生徒をこれからの社会に送り出せるように手助けをしているに他ならない。だからこそ、こうした何気ない日常がずっと続けばどれだけ良いものなのかと思ったことは多々ある。私はそれを噛みしめながら友人と通りまで歩いた。


 「また明日~!」


 「うん! またね~」


 私は友人と別れると、いつも通る道路に出た。交通量はさほど多くはないが、事故に遭う確率は近年のあおり運転の影響か、上昇気味である。


 「まぁ気を付けていれば大丈夫でしょ」


 と、信号が青に変わる。その時だった──




 キキーッ! ────ドンッ。




 私は暴走した車にぶつかり、数十メートル飛ばされた後、息を引き取った。




                             ◇




 ──……「ッ!? ここどこ?」


 気が付くと私は、見覚えのない空間で質素な椅子に座っていた。思い出す様に何が起こったのかを頭の中で整理するが、何も覚えていない。最後に覚えているのは友人と別れた所までである。


 「あの~。誰かいませんか~?」


 手持ち無沙汰で落ち着かず、辺りを見渡しながら誰か居ないか呼んでみる。


 「ん、起きたか」


 「だ、誰!?」


 後ろから聞こえた声に驚きつつも振り向く。するとそこには幼女──小さな女の子が手にグルグルした杖を持ちながら、ムスっとした表情で立っていた。


 「か、可愛い……」


 「神様に向かって可愛いとは何じゃ。無礼な」


 「か、神様?」


 「そうじゃが?」


 「…………」


 「今お主、心の中でわしを幼子扱いしよったな?」


 「し、してません!」


 「ふむ。まぁよい。そこに座れ」


 「は、はい!」


 幼──神様と名乗ったその方が、私を椅子に座るよう命じると、私の正面に回って来る。一定の距離を保つと、神様は椅子に座った私の目線と同じ高さで、杖を前にして、両手を添えた。


 「さて、まず初めにお主に言う事がある」


 「は、はい。何でしょうか?」


 「良いか? 耳の穴かっぽじってよく聞け。……お主は死んだ」


 「は、はぁ」


 「ん? 何じゃ。わかっていたという様な顔をしとる様じゃが?」


 「いや、まぁ……。この空間を見れば何となく……。死んだっていう感覚は特にないんですけど」


 「そうか。なら話は早い。お主にはこれから異世界に転生してもらう」


 「い、異世界!?」


 「つまるところ、《異世界転生》というやつじゃな」


 「わ、私がですか!? な、何で私なのですか?」


 「ん? お主が生前、そう望んだからではないか?」


 「……全然記憶にないのですが……」


 「そう言われても、決まったものは仕方あるまい。受け入れよ」


 「……わかり……ました」


 「うむ」


 どうやら異世界に転生することが決まってしまった私は、神様からその異世界にこの後、転送される予定となった。その前に、私からも質問がいくつかあるので聞いて見た。


 「──あ、あのっ! その世界では言葉や意思疎通は今までの様に出来るのでしょうか?」


 「うむ。問題ない。普段と変わらぬ。通貨などは変わるかも知れぬが、話せないという事はないじゃろう」


 「で、では、私はその世界で何をすればよいのでしょうか?


 「うむ……。実はそれは行ってみないと分からぬ。神であるわしは送り届ける事は出来ても世界そのものに直接干渉することは出来ぬのでな。すまぬ」


 「そ、そうですか……」


 「不安か?」


 「す、少しだけ……」


 「……良かろう! お主には『パーフェクト☆スキル』を授ける事にする」


 「パ、パーフェクト……スキル?」


 「うむ。よく考えれば男であればつゆ知らず、女子高生という世界文化遺産(自称)であるからして、年端もいかない女子だけでは心細い。故にそれを授ける」


 「は、はぁ。あ、ありがとうございます」


 「ほれ、手を出せ。どちらでも構わぬ」


 私が右手をパーにして前に出すと、神様は手にしていた杖を手にかざした。すると──



 ピカー!



 綺麗な光が手を包み込むと、手の平に何だかよくわからない紋様が刻印されていた。


 「す、すごい!」


 「当然じゃ」


 私はしばらくそれを眺めていると、神様が私から少しずつ離れていく。


 「さて、そろそろ時間じゃ。達者でのぉ」


 「ふえぇ!?」


 いつの間にか身体が浮き、頭上にはよくわからない魔法陣らしきものが浮かび上がっていた。


 「ま、待って下さい! まだ心の準備があああああ!」


 「ちまちましていても同じことよ。わしも忙しいのでな。あ、そうじゃ。使い方なんじゃが……」


 「えー? 何ですかー?」


 「【パーフェクト☆スキル】と唱えるだけで起こるのでな。それじゃあのぉ~」


 「な、何が起きるんですか~~~~~~~~~~~~~~~~~~~っ!?」


 遠ざかる意識の中、はっきりと聞こえたのはただその名前を唱えよ、と言うものだった。




          ◇




 「う……ん……」


 最初に目に映った光景は大きな木だった。どうやら私は異世界転生に成功したみたいで、何となくホッとする。立ち上がり、自分の手や足が動くことを確認すると、ふと、神様から授かった手の平の紋様を改めて見た。二重の円の中に六芒星を縦にしたような紅い紋様。真ん中には動物の牙が描かれていた。


 「ほ、本当に出るのでしょうか……」


 私は試しにか細い声で神様から教わったその名前を唱えた。


 「【パ、パーフェクト☆スキル】?」



 ズズズズズ──……ポンッ!



 「うひゃあ! なんか出た!?」


 コミカルな音と共に手の平から現れたのは────バナナの皮だった。


 「ば、ばなーな?」


 流暢っぽく呟きつつ、それを拾い上げた。……日本で何回も見たことのある、何の変哲もない黄色いバナナの皮だった。


 「……このスキル、本当に使えるのかなぁ……?」


 しばらく眺めてみるも、視点を変えてみても、何も起こらない。実もないので仕方なく、どこかその辺にゴミ箱でもないかと探すと、後ろに聳える大きな木から少し離れたところに、網目状の籠を発見。さほど遠くもないのでティッシュを投げる感覚で、「えい!」と投げた。



 ヒュー……ポトッ。



 「あ、残念」


 少しずれた所に落ちてしまい、拾って捨てようと歩き出した瞬間、何故かその足は速度を増していく。


 「!?」


 みるみるうちに足が加速していき、そのままバナナの皮に一直線。


 「キャー! と、止まってー!」


 声もむなしく、漫画の様にツルツル滑るそのアイテムを赤い帽子のおじさんもびっくりなほど、豪快に転んだ。


 ステーンッ!



 「いったあああああああああああああああ──ッ!!」


 地面が野原だったのが唯一の救いだった。再びお空を見る事となった私は、横にゴロゴロと頭を押さえながら転がる。


 「もう……何なの……」


 私は自分の身に起きた現象に哀れみを感じながら、踏んだ黄色い魔の皮を拾い、ゴミ箱にぶち込んだ。


 「今のスキルって言ってないのに発動した……? ということはゲームでよく見かける、【パッシブ・スキル】と言うやつ……? で……今のは『バナナの皮を見つけると必ず一回、《すってんころりん》をしないといけない』スキル……? うん、いらん!」


 自己解決するが、これをどう生かせばいいかなんて今の私には到底理解できないものであろう。まずは一旦、深呼吸。スーハー……。


 「もう一回、唱えてみるか……」


 今度はバナナが出ても投げずにゆっくり捨てるつもりで、手の平を空に掲げてもう一度その呪文を唱えた。


 「【パーフェクト☆スキル】!!」



 ズズズズ──ポンッ!



 またあのコミカルな音と共に出て来たのは、バナナの皮……ではなく──



 ブオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ──ッ!!



 「うひゃあああああああああああっ!」


 私の手から発せられたのは赤とオレンジが混ざった巨大な火柱だった。


 「な、何なのですか……あの大きな炎」


 私は神様からの恩恵がバナナの皮ではなかったことにありがたみを感じながら、何がきっかけでああなるのかを探る為にも、街に行ってみる事にした。



                             ◇




 「とは言え、見ず知らずの人に声を掛けるのも……ん、女の子?」


 街まで来た私が最初に出会ったのは、比較的声を掛けやすい女の子だった。噴水の前に居たその娘は辺りをきょろきょろと見渡していました。これはひょっとして……


 「……あの~。もしかして、迷子?」


 突然声を掛けて来た私に驚き、びっくりするものの、相手が目上の女性だったことが功を制したのか、ほんの少し安心した様子で話し始めた。


 「うん……お母さんが居ないの……」


 私はその場にしゃがむと、その可愛い手を取り言った。


 「お姉ちゃんが一緒に探してあげる!」


 「……ありがとう……」


 頭をよしよしと優しく撫で手を握り、近くを歩いてみる。……今更だが、私もここが初めて来た場所であった事実を忘れてしまい、迷子になり──かけている!


 「(どうしよう……言った手前、この娘を送り届けるまでは私の素性も言ったところで意味がないし……)そうだ!」


 「……?」


 「ねぇ、十秒間だけ、手を放してもいい? 今からお姉ちゃんが凄いことやって見せるから!」


 「……うん」


 「よし!」


 私は覚悟を決め、例のスキルにかけてみる事にした。さっきみたいに大きな炎が出れば住民がやって来るだろう……バナナの皮だった時は潔く、地道に探そう……。私は両手を空に掲げ、高らかにその名前を口にした。



 「──【パーフェクト☆スキル】──ッ!!」



 ピピピン、パン!



 今まで聞いたことが無いその音と一緒に腕から出て来たのは、黄色いオーラ的なものだった。


 「うわっ! 何これ!」


 私は驚きつつも、そのオーラを全身に受けると、さっきまで普段と変わらない景色で見ていた視界が、建物を透過して見えるようになった。すると、


 「あ! もしかして!」


 先ほどいた噴水と反対方向の家の影から、辺りを探し回る女性を発見する。急いで、その娘と一緒に歩いていくと、思った通り、母親の姿だった。


 「ッ! ミーヤ!」


 「お母さん!」


 感動の再会を果たした親子の姿にホッと一息する私。……すごいなあのスキル。こんなことも出来るのか。


 私が感心にふけっていると、お母さんが私にお礼を言いにやって来る。


 「ありがとうございます! うちの子がご迷惑を」


 「いえいえ! 良かったね!」


 「うん! ありがとう。お姉ちゃん!」


 「もうはぐれちゃだめだよ」


 「はーい!」


 ふう。一仕事したな~感を味わいつつ、手を振ろうとすると、逆にその手を捕まえられてしまう。…………お母さんに。


 「え?」


 「あ、あ、あの! ももももしかして、《スキル》が使える方なのですか!?」


 「え、ええ。まぁ」


 「ぜ、ぜひ、うちに来てください! お礼もかねてお茶など!」


 「は、はぁ」


 どうやら別れる瞬間、娘さんが私の使っていたアレを喋ったらしい。……しかし、なぜこんなにも手厚くご招待されるほどの事なのかは、今の私に知る由もなかった。




 ──そして何よりこれが、私──『大庭菜々子』のこれから始まる物語のチュートリアルに過ぎなかった事に……。


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