事故でクラスメイトのおっぱい揉んじゃったので土下座したら、もう一回とリクエストが来た
森野
第1話
俺の手の中にはおっぱいがあった。
もちろん女子のおっぱいだ。
ひと揉み、ふた揉みしても消えない。
このやわらかな感触が、これは現実なのだと教えてくれる。
って、え?
俺が彼女を押しもどすと、揉まれていた女子、花村さんが困ったような怒ったような顔で、胸を腕で隠すようにした。
マスクをしているせいか、きびしい目つきがより強く感じられた。
「ご、ごめん!」
俺は階段に手をついて謝った。
花村さんはクラスでは地味なほうだ。
いつもメガネをかけてマスクをしているから、印象に残りにくい。髪型も肩にかからないくらいの長さの、これといって特徴がない感じだった。
といって別に、いつもひとりきり、というわけでもなく、ちゃんと一定のグループに属して平和に暮らしているようだった。
強い印象がない。
それが花村間菜だった。
俺はついさっき、理科の教師の近くにいたという理由で、授業で集められたノートを運ぶよう指示された。別棟の理科準備室まで、わざわざ。
花村さんも同じ理由で指名された。被害者の会、結成だ。
だが一緒に教室を出たものの、特に会話はない。
俺たちに接点はないからだ。
あるとすれば、たったいまだけ。
ならんで歩くのは難易度が高くて、なんとなく俺が先導するように歩いた。
2年A組からは、渡り廊下を進んで別棟に行き、一階まで降りなければならない。
渡り廊下を進み、階段にさしかかっても、俺たちの間には一言もなかった。
気まずい。
でも花村さんが気まずいと思っていないのに話しかけたら、逆に気まずくなる。
黙ってよう。
そんなことを考えながら階段を数段降り始めて、足の裏に変な感触があって、つまづきそうになった。
セーフ。
段の端にある、滑り止めのゴム。
横に細い溝が入っているやつだ。
あれが派手に壊れている段があって、あやうく転ぶところだった。
ノートで隠れた足下が見づらく、勘で歩いていたせいもある。
油断大敵である。
そのまま進みかけて、ああ、一言、花村さんに言っておいたほうがいいかもしれないと振り返りかけたとき。
ちょうど、花村さんの右足が階段に引っかかった。
花村さんの体が前のめりになる。
俺は反射的にノートから手を離し、花村さんに向かって階段を上がり、手を出した。
景色がゆっくりに見えた。
二人の持っていたノートが散らばる。
花村さんの大きく開いた目。
口元のマスクが花村さんの呼吸ですこし動く様子。
俺は手を出す。
ゆっくり動く。
そして。
右手で花村さんの左胸を、左手で花村さんの右胸をキャッチしていた。
実はこの時点ではまだ、俺は感謝される可能性が残されていた。
いちおう、助けたわけだし。
ただ、ここで大問題が。
俺の手が開閉運動をしてしまったのだ。
むすんでひらいて、というやつだ。
花村さんの胸にそえた手が、むすんで、ひらいて。
むすんで、ひらいて。
まーたひらいて、むすんで。
四文字で言うと、モミモミ。
ここでさらに補足すると、この授業の直前、体育が遅く終わったために、着替えないでジャージのままでいるクラスメイトも多かった。
花村さんもその一人だ。
しかも今日は四月にしては気温が高く、花村さんは、上はジャージを脱いでいて学校指定のTシャツだけだった。
おわかりだろうか。
花村さんの胸部は女子の制服であるブレザーの状態に比べ、非常に守備力が低い状態だったのだ。
土下座、待ったなしである。
「ご、ごめん!」
こういう言葉を聞いたことがあるだろうか。
『下手な百の言い訳よりも、一の土下座が勝る』
俺の言葉である。
言い訳したい。
すごく言い訳したい。
『助けようとしただけだ』
『たまたま胸に手がいってしまっただけだ。そのあたりの方が受け止めやすいと、反射的に思ったから』
『そのまま押し返そうとしたが、気が動転して、手が変に動いただけだ』
そういうときこそ言い訳はしてはならない。
これを言ったとして花村さんはどう思うだろう。
『うわ、引くわ……』
そう思うのではないだろうか。
揉んだ。
モミモミと。
わざとではないが、やったのは、やった。
ならばできることはなんだろう。
そう、土下座だ。
俺は階段の頭に額をつけた。
ひんやりとして気持ちがいい。動転した頭にはぴったりだった。
こんなことをしておいてなんだが、俺はこういったことをやるような人間ではない。
電車で痴漢をするよりも、痴漢に疑われないよう両手でつり革に捕まるタイプだといっていい。
だからこそ謝る。
わざとではないと。
そこに賭けたい。
謝罪の力を信じたい!
「別にいいよ」
花村さんの声に、俺は内心狂喜乱舞だった。
そうか。
言い訳は俺が言うのではない。
わざとじゃなかったんだな、と花村さん側に思ってもらうことが重要なのだ。
花村さんの内側から許す気持ちが出ないで、誰が許してくれるだろう。
そうだったのか。
ふだんの教室で、俺が一切、ウェーイウェーイとはしゃいだりしていないこと。
おもしろみのない、まじめなキャラ、というカテゴリ分けをされているとうっすら感じている。
それも良かったのかもしれない。
俺はゆっくり顔を上げた。
「わ、わざとじゃなくて」
「私がつまづいたんだから」
花村さんはばらまかれたノートを拾い始めた。
「いや、俺やっとくから」
「え?」
「ほら、花村さん、着替えないといけないだろうし。だいじょうぶ」
花村さんはちょっと俺を見ていたが、じゃあ、と去っていった。
俺はノートを拾い集め、理科準備室へと持っていった。
これくらいはしないと。
そこで六時間目のチャイムを聞いて、しばらく立ちつくしていたことに気づいた。
まだ緊張していた。
すこし冷静になった花村さんが『ちっ。ざっけんなよ』とSNSで大拡散し、あと約二年もある高校生活が死んでしまうかもしれない。
冷や汗が出る。
汗でべったりの手を見る。
胸をもんでいた自分の手の動きは覚えていた。
では触覚ではどうかといえば、あまりわからない。
手に残っている感触は冷たい階段の温度だけ。
花村さんの体重がかかっている状態で揉んだせいか、よくわからないのだ。
なにせ揉んだ感触の正解がわからない。
どうせなら、もっと楽しく揉みたかった。
もっと、きちん、受け入れてくれた女子の胸を揉みたい。
恥じらいを感じさせつつも俺をちゃんと受け入れてくれた女子の胸を揉みたい。
アクシデントや犯罪行為では、脂肪の塊に手を添えて、にぎにぎしているだけなのだ。
相互関係があってこそだ。
これが正しいモミモミであると、ここに宣言する。
果たしてそんな日はいつやってくるのだろうか。
授業に遅刻した理由はなんと言おうか。
俺はもうすこし理科室で立っていた。
「鈴木くん、昨日のことで、ちょっといいかな」
翌日の朝。
ホームルームが終わると、花村さんが俺の席までやってきて、そう言った。
「昨日のことって?」
俺が言うと、花村さんは無言で自分の胸を指した。
「わかるでしょ」
「え……」
許されたんじゃ、なかっ、た……?
進行形だった?
時間を置いて冷静に考えたら、許せなかった?
泣き寝入りは嫌だから訴える?
セクハラが許されない時代?
最も最先端の言いかけたをすると、mee too?
「場所を変えて、ゆっくり話したいんだけど」
「あ、はい……」
俺は立ち上がり、花村さんについて歩いた。
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