家庭教師
「ということで! 先生! お願いしまーす!」
「康貴……いつの間に……?」
閉店後のカフェ。
その端っこの席で勉強道具を広げる三島さんと俺。そしてその様子を訝しげに眺める愛沙。
「マスターに頼まれてたんだ。どうも三島さんがまなみに家庭教師してるって話をしてたみたいでさ」
「そうなんです! まなみちゃん前まで補講仲間だったのに急にちゃんと点数取るようになってたし! 私も先輩に教わりたいって!」
「人気家庭教師ね、康貴」
「いや……」
からかうようにそう言う愛沙になんと返せば良いかわからなくなる。
「というわけだから、今日は先に帰ってくれって言ってたんだよ」
「わかったわ」
そういうと更衣室に向かう愛沙。
若干顔が冷たかったけど大丈夫だろうか……。
そんなことを考える暇も与えられず三島さんが俺を捕まえるように寄ってくる。
「せーんぱい、まずは何からやりますか?」
「まずはこないだの実力テストを見せてもらってそこから考えようと思うけど、持ってきてる?」
「もちろんですー! 言われた通りしっかり!」
自信満々に渡してくれた答案用紙は……どの教科も半分以上バツがつけられていた。
「これ、間違ったところはやり直してる?」
「えっ?」
カウンターの奥で新聞を読んでいたマスターが無言で首を振っている。つまりそういうことなんだろう……。
「先輩。むしろ私が終わったテストを持ってることが奇跡ですからね!」
そこは誇るところじゃないんだけど……。あと胸を張らないで欲しい。大きいんだし隣にいるから当たりそうなんだ。
とりあえず距離を取りつつ答案用紙を確認していく。
幸いまなみので一度見ているからどこが問題かはわかりやすいと思ったんだけど……。
「三島さん、もしかしてだけど、正解してるところの半分、ヤマカン?」
「すごい! 先輩よくわかりましたね! 流石家庭教師!」
「いや……」
キラキラした目で見つめられる。
正解している問題にあまりに規則性がないから聞いてみたんだけどそうか……。
数学の問題で問一が出来てないのに問三だけできてたりしたけど逆になんで分数をヤマカンで当てられるのかが不思議だった……。なんかその辺りはまなみに通ずるものがあるな。
「とりあえず基礎から確認しよう。あと三島さん、集中力にムラがあるようだからすこしずつ集中力を持続するようにして……」
答案を見ればわかりやすい。
難易度と正答率が全くリンクしていないからこれはその時の授業と当日のその問題とぶつかったときの気持ちの問題だろう。
「はーい!」
幸いやる気は見せてくれてるしやれば出来ると信じよう。
「まずは実力テストで同じ問題が出たら全部正解できるようにしていこうか」
「わかりました! よーしやるぞー! あ、愛沙先輩だ!」
動くものを見つけたら集中力が切れるタイプだった。
「……邪魔しちゃったかしら」
愛沙が何かを察していた。
まあ、まなみに近いんだとすれば俺より愛沙の方が理解をしている気もするな……。
「とりあえず、集中力がないなら楽できる教科はどんどん楽すればいいんじゃないかしら?」
正面に愛沙が座って三島さんの答案用紙をさらっと流し見て言った。
「楽……?」
「覚えるのと計算するの、どっちが楽?」
「んー……覚えて済むならそれが楽なような……」
「じゃあ例えばこの問題だけど、学校で習う公式よりこっちのやり方のほうが早いわ」
さらさらっとノートに何かを書き出す。
それを見ていた三島さんは……。
「おおっ! これならすぐ解けますね!」
「でしょう? 覚えて済むこともあるから、康貴にしっかり教わるといいわ」
「しれっとハードルを上げたな……」
数学は確かに覚えるのが面倒なら極端な話定義さえ覚えれば定理は全部試験時間に解くこともできる。
一方で定理は覚えれば覚えるほど手早く問題を解く武器になるからな。
「あと康貴、近いわ」
愛沙の先生っぽい表情が崩れてキッと俺を睨むようにそう言った。
「あっ……もう問題解くのに集中してもらいたいから正面に行こうか」
「えー……」
三島さんは不服そうだがこのほうがいいだろう。
入れ替わるように愛沙が対面の席から立ち上がる。
「じゃあ先に帰るけど……」
「なにか用事があるかな? 高西さん」
マスターがお盆にコーヒーを持ってやってきてくれる。
「特にないですけど……」
「良かったらケーキくらいご馳走しよう。どうやら今日の先生は二人だったようだからね」
「ありがとうございます」
グレイヘアをなびかせてさっとカウンターに戻るマスター。
「これ……勉強を教えたお礼かしら、娘を守ったお礼かしら」
「後者だと俺怖いんだけど……」
「ふふ。頑張りなさい」
まあないとは思うとはいえ他の人の目があれば三島さんも暴走はしにくい、という意味でマスターと愛沙は意気投合したのかもしれないな……。
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