虫取り

「康にぃ、康にぃ、起きて」


 耳元でささやく声がする。


「んー?」

「わわっ、急にこっち向いたらちゅーになっちゃうよ!」

「え?」


 聞き捨てならない言葉に意識が覚醒する。


「まなみ……?」

「そろそろ出かけよ?」


 目を開けると俺に馬乗りになるまなみがいた。

 起こし方……。


「今何時だ」

「四時だよ。そろそろ明るくなってくるから急がなきゃ!」

「わかったわかった」


 まなみいわくホントは夜の十時前後とかが狙い目だったようだが、暗い山道は流石に危ないということで逆に明け方を狙うことになったわけだ。

 クワガタは日中も採れるらしいけど……まなみのせいで変な知識が増えたな。


「準備は?」

「ばっちし! 康にぃの分もほら!」

「ほんとにこういうことになると手際が良いな……」

「えへへー」


 懐中電灯、虫あみ、虫かご、飲み物その他……。

 全てきっちり準備を整えていた。


「はやく、はやく!」

「わかったわかった」


 なんだかんだ俺もワクワクしながら、薄明るくなってきつつある外にまなみと向かった。


 ◇


「はぐれちゃうから手つなごーね」

「はいよ」


 完全に子どもの散歩だった。

 まだ薄暗いが一応懐中電灯なしでも歩ける程度には陽の光が出てきている。


「第一チェックポイントはあそこ!」

「自販機……?」

「ぴんぽーん。多分何匹かいるはずー!」

「おい走るな走るな!」


 はぐれると行ったそばからこれだ……。

 慌てて追いかけるとまなみが早速虫かごに戦利品を入れている。


「いたよー!」

「ほんとにいるんだな……」

「康にぃ、見たことない? なんか白い布にライト当ててる罠とか」

「あー……昔図鑑でみたような……」

「自販機はあれと一緒だからねー! この子はコクワガタかなー? 次行こー!」


 クヌギ、コナラ、自動販売機、クヌギ……。


 まなみの事前チェックポイントを順番に回っていく。


「さすがにもうこの明るさだと自販機周りはいないな」

「いたよー!」

「なんで同じ場所で探してるのに……」


 まなみは俺と見えている景色が違うのではないかというくらいスイスイ発見している。

 まなみの虫かごにはすでに五匹以上の戦果があるというのに、俺のほうが道中俺にぶつかるように飛んできたカブトムシ一匹だけだった。


「えへへー。最後が本命だから!」


 そう行って俺の手を引くまなみ。

 虫かごの中身に気を使うようになってからは走ったりもしないのでついていけるが、それでも歩くペースもまなみのほうが早かった。


「ここか」

「うんっ!」


 最後につれてこられたのは立派な大木の元だった。


「康にぃ、ここ、ここ!」

「おおっ」


 木の根元に樹液が出ているようで、そこには驚くほどたくさんの虫たちが集まっていた。

 カナブンや蝶と一緒に、カブトムシやクワガタがぞろぞろと。


「えへへー。たくさんいてよかったー!」

「ところでこれ、採ってどうするんだ?」

「んー? 明日この辺のちっちゃい子たちに配ってあげる!」

「そうか」


 てっきり育てるかと思ったがそうではないらしい。


「私は部活でいなくなることが多いし、お姉ちゃんにお世話頼むのも難しいだろうしねー」

「まあ愛沙は無理だろうな」

「だからね、どうせなら生き物を育てる経験をしたい子にさせてあげたいなーって」


 子どもっぽいと思っていたまなみの表情が、どこか大人びて見えた気がした。


「あっ! ほらあっちにもいるよ! 康にぃ急いで!」


 また一瞬にして子どもな表情に戻ったまなみに手をひかれる。

 色んな表情を見せてくれるまなみ。

 こちらを振り返りながら手を引くまなみは、朝陽に照らされて輝いて見えた。

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