告白

「お待たせ」


 出てきた愛沙はこんな時間に突然呼び出したというのに綺麗に髪も服も整えられていた。


「いや、急にごめん」

「大丈夫」


 待ってる間に確認した携帯。

 まなみからのメッセージはこんなことになっていた。


 《メッセージが削除されました》

 《頑張って!》


 なんか昨日の件で色々書いてたんだろうなあと思いながらありがとうとだけ返しておいた。

 今日はまなみの助けはなしだ。


「どこいくの?」

「あー……」


 我ながら詰めが甘い……。星が綺麗だし流星群がどうとかやってるテレビを見て誘ったはいいものの、何も決めてなかった。

 さすがに昨日の学校のような都合のいい場所もなかった。


「ふふ。ま、適当に歩こっか」

「ああ」


 愛沙が先導してくれる形で歩き始める。

 しばらく会話もなく、街灯が照らす道をあるき続けた。

 まだ蒸し暑いが、夜風が心地よかった。もう秋の虫も鳴き始めている。


「ありがとね」


 唐突に愛沙が口を開いた。


「突然だな」

「夏休みね、楽しかった」

「そうか……」


 そう思ってくれてたなら良かったと思う。


「康貴は?」

「楽しかったよ、ほんとに」

「良かった」


 お互いになにか色々思い出すように、一言一言噛み締めながら歩いているような感じだった。

 ぎこちないと言えばぎこちないし、これはこれでなんとなく、心地いい気もしていた。


「来年も遊べるといいわね。まなみも喜ぶし」

「そうだな」

「来年は受験で大変かもだけどね」

「あー……そうか」


 なんとなく、愛沙はうまくやるだろうとは思うんだけどな。俺は夏休みからしっかり取り組んでるかわからなかったが。


「今度は私も家庭教師してもらおうかしら」

「逆だろ」


 どうやって自分より成績の良い相手に教えろっていうんだ……。


「ふふ」


 愛沙は柔らかく笑って、また先導して歩き始めた。

 最近歩くたびに手をつないでいたからだろうか、なんとなく開いた距離に逆に違和感が生まれていた。

 その距離を埋めるために呼び出したはずなんだけどな……。頑張らないとと気合いを入れ直していると、愛沙が星空を見上げて話し始める。


「楽しかったなぁ、ほんとに」

「キャンプも久しぶりだったしな」

「あれ! またやりたいかも? ボルダリング?」

「ああ、近くにもできる場所あったな」

「そうなのっ?」


 愛沙は運動が得意ではないが嫌いなわけじゃないからな。というより、まなみに振り回されて色々やってる分、他の女子よりはアクティブだった。


「愛沙は泳ぎも結構できるもんな」

「うっ……水着は恥ずかしかった……」


 顔を赤らめないで欲しい。俺も色々思い出す。

 愛沙のその態度のせいか、俺も変なことを思い出してしまった。


「水着どころか――」

「それはだめ! 忘れて!」

「ああ……」


 パタパタと手を振りながら、それでも顔が真っ赤の愛沙が可愛かった。

 そんな他愛ない会話を続けながら、幼い頃よく歩いた道を進んでいく。


「ねえ、康貴」


 不意に愛沙が立ち止まって振り返った。


「ん?」


 愛沙が足を止めた場所は、昔よく遊んだ公園だった。


「ここでした約束、覚えてる?」

「ここで……どれのことかわからないくらいしたけどな」

「ふふ……そうだったかも」


 ほんとに毎日のように俺たちは一緒にいたし、それこそ数え切れないほど色んな話をしていた。

 でもまぁ、昨日の今日でここでってなればまぁ、自ずと答えは見えてくる。


「思い出した?」

「ずっと覚えてたよ」


 ――大きくなったら結婚して、ずっと一緒にいよう。


「来年もね、ううん、もっとずっと、こうやって過ごせたらって思った」


 愛沙の顔が公園の街灯に照らされている。目をそらして、暗くてもわかるくらい顔を真っ赤にして言葉を紡いでいた。

 愛沙が顔をそらすように空を見上げる。俺も釣られて空に目を向けた。

 星が綺麗な夜だった。


「あ!」

「流れたな」


 流星群というのも馬鹿にならないなと思った。


「流れ星、願い事叶えたくて、一緒にずーっと見たの、覚えてる?」

「あのあとまなみが風邪引いたやつだろ……」

「結局そこから全員風邪引いちゃってたもんね」


 懐かしいな……。三回も唱えなくても見ただけで願い事が叶うと思ってた。

 今だってわりと、流れ星は見ただけで良いことがありそうなものとして捉えていた。それは愛沙も似たようなものだったらしい。


「今何願ったか、わかる?」


 上目遣いに聞いてくる愛沙。


「ヒントは?」

「……康貴とのこと」


 それだけ言うと、また顔を真っ赤にしてそらした。


「わからないけど、こうだったらいいなってのは……ある」

「言ってみて」

「あの約束が叶いますように……か?」


 俺まで顔が赤くなったのがわかった。

 目をそらしたままの愛沙が、さらに顔を赤くさせながら、小さくうつむいて返事をしてくれた。


「うん……だから――」

「待った」

「え?」


 ここからは俺がやらなきゃいけないと思った。


「俺も、来年も一緒に入れたらって思ってた……あの約束も、叶えられたらいいなって……」


 手もつないでいなかった反動か、昨日からの我慢の限界か、気づいたら愛沙を抱きしめていた。


「うん……」

「夏休み、一緒に遊ぶようになって、多分愛沙が思ってるより俺、楽しんでた」

「ふふ……そうなの?」


 至近距離で笑う愛沙にまたドキドキさせられた。


「俺は多分、ずっと愛沙のことが好きだった」

「っ……」


 愛沙と距離ができたからとか、愛沙が遠くなった気がしたから、勝手に諦めていただけだった。

 思い返せばほんとに、愛沙を意識しない日なんてなかったように感じる。


「私だって! ずっと康貴が……」


 そうだったらいいなと思っていた部分もあった。

 あの睨んでいた表情すら、今思うとなんというかこう……愛おしい気さえする。

 あんなに怖がってたのにな……。

 あれは多分、俺が愛沙を好きだから、もしあの表情が悪い意味ならって思いが、余計恐ろしく見せていたのかもしれない。


「愛沙」

「うん」

「好きだ」

「うんっ」


 愛沙はぎゅっと顔を俺の肩に押し付けるようにして返事をした。


「私も、ずっと……康貴のことが好きでした」


 祝福するように、また一筋、流れ星が空に煌めいていた。

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