海①

「ついたー! 海だー!」


 かぶっていた麦わら帽子を落としながら走り去るまなみ。元気すぎる。

 電車を乗り継いで2時間。俺はもう暑くてバテてる。大荷物を抱えて歩いてたせいもあるけど。


「大丈夫? 康貴」


 愛沙が心配して顔を覗き込んでくる。道中も何度か荷物を持とうと手を出してきたが面子を守るためだけに断ってきた。今更疲れたとは言えないだろう。


「大丈夫。俺場所取っとくから、先着替えてきたらどうだ?」

「着替えてるよ! ほら!」


 いつの間にか戻ってきていたまなみがガバッとワンピースをたくし上げた。

 黒い何かが見えたがすぐ愛沙に止められて見えなくなった。


「康貴……」

「いや、俺悪く無いよな?」


 何故か愛沙に睨まれるが今日はすぐに助け舟が出された。最もそれはまなみから出された泥舟だったわけだが。


「お姉ちゃんも着てきたでしょ! えいっ!」

「きゃあっ!?」


 後ろから愛沙のスカートも思い切り捲り上げて俺に見せつけるような態勢をとるまなみ。


「ちょっとまなみ!?」

「あははー! 康にぃまた後でねー!」

「こら! 待ちなさい! まなみー!」


 助かったかはわからないが、ひとまず難は去った。先延ばしにしただけとも言うが。


 ◇


「康にぃ! 海だよ! 海!」

「なによ……」


 すでに浮き輪に入って海に向かおうとするまなみと、こちらを睨むように立つ愛沙。


「下、そんなのあったんだな」


 愛沙の水着には前回はなかったスカートのようなものがついていた。前回と違って刺激が少なくなっている。


「残念だったねー、お兄ちゃん!」

「元はと言えばまなみがあれを隠したから!」


 どうやら前回はまなみのイタズラで布面積が少なくなっていたらしい。あれはあれで良かったが、これはこれでいいな……。


「えっと……脱いだほうがいいなら、脱ぐ……けど」


 水着に手をかけながら言うのはやめてほしい。俺も布面積が少なくて色々いっぱいいっぱいだから。


「いや! 今のままで大丈夫だから! よく似合ってる! 大丈夫!」

「そ、そう……」


 なんとか愛沙は納得したように引き下がってくれた。

 横でニヤニヤしていたまなみを小突いたら「いたっ! あははは!」と壊れたようにはしゃぎ始めた。箸が転んでもおかしい年頃というがまさにと言った様子だった。

 こっちは黒のフリルが浮いた水着。愛沙と違ってセパレートでないし、まなみの子供っぽさが相まって特段下半身に悪いことにはなっていなかった。


「まなみお前、ちゃんと下着持ってきてるよな……?」

「私が用意したから大丈夫よ」

「へっへー! 私は完全に忘れてたけどね!」


 だろうと思った。小学生の頃何度かやらかしてるのを知っている……。


「まあまあ! ほら! 早く行こう!」

「わかったわかった。でも俺はもう一個浮き輪膨らませるから、先行ってこい」

「えー、康貴にぃと一緒がいいから手伝う!」


 すでに浮き輪に入ってはしゃいでいたまなみが俺が膨らませていた浮き輪を奪い取って膨らませ始める。


「お前……」


 それさっきまで俺が口つけてたやつだぞ……?

 愛沙が顔真っ赤にして怒ってるじゃないか……。


「ん? んー! んんーんんんんんー?」


 浮き輪を咥えたまま何か言おうとしているが全く聞き取れない。


「じゃあパラソルとか、やるか」

「手伝うわ」


 愛沙は一旦まなみを放置することにしたらしい。ずっとつっこむのは疲れるもんな。

 クーラーボックスから飲み物を渡して一段落してから、パラソルやら椅子やらを並べていく。

 しばらくするとまなみのほうから声が聞こえた。


「はぁー! 疲れたー!」

「俺より早いな……」


 あっという間に空気を入れ終えたまなみは浮き輪を愛沙に投げて俺の手を引いて海に連れて行こうとする。


「ほら! はやく! 海が逃げちゃう!」

「逃げないわよ……」


 そう言いながらも柔らかく微笑む愛沙にすこし和やかな気持ちになりながら、3人で海を楽しみはじめた。


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