第12話 TWO PEOPLE TWO SHARKS 1/2
『ソウル・サモン』という技術は『ヒューマン・リージョン』にいる人間から問答無用で魂を抜き取って召喚してしまうという『ほど』邪悪な術ではない。ソウルサモンによって召喚されるのは肉体から離れかかった魂――つまりは死にかけの人間の魂のみだ。つまり今このハウラニー島にいるものたちは、ブルー・リージョンにいるヒューマン族の魔術師たちが『ソウル・サモンして戦力を増強するぜ!』と思ってそれを実行したときに死にかけていた人間というわけだ。
もちろん。勇者も例外ではない。
そのとき日本の高校一年生であった彼が死にかけた、というか死んだ理由は『水死および捕食』である。
学校に行かなくなってからも執拗に続いた同級生からの暴行は、ついにカヌーに彼の体をしばりつけて『サメが出る』とされる河川に流す、というところまでエスカレートした。その結果の死。
ソウル・サモンされた戦士の強さはオートマトンの性能によるものよりも、魂の力によるところが多い。そしてその力の源となるのは夢や希望のような前向きな感情ではなく『憎悪』である。
彼はあっという間に五芒星軍のリーダー、すなわち『勇者』に上り詰めた。
「それで?」
勇者は頭上に浮かぶジンベエザメを穏やかな笑顔で迎えた。
「キミたちはなにもの?」
ジンベエザメのオナカがパカっと開き、赤・青・黄色三つの光が降臨する。
青いサメと黄色い人間は勇者に強烈な殺意を向ける。特に黄色い人間の形相たるや凄まじい。赤い髪の毛の人鮫はやや緊張した様子ながらも顔には笑みを浮かべていた。
「まあキミたちのウチの一人は知ってるけどね」
「思い出したようだな――」メグが自らを親指で示しながら叫んだ。「われこそは! 元鮫魔王軍四天王! メガン――」
「あ、ごめんキミじゃなくて」
「え」
勇者はメグの後ろに立っていたヒカリを指さす。
「シャークチューバ―のヒカリさんだよね?」
ヒカリは驚きの声を上げた。
「なんで知ってるのーヒューマンが!」
「見たことがあるからね。放送を」
「どうやって!? いや理論上はヒューマン族でも見ることはできるけど――実際そこのヒューマン族の子も見てるし」
とメグを指さす。勇者は興味深げに彼女を見た。
「それにしても電波をキャッチするには、そういうものが存在していることとか、放送の日時とかを知らなきゃどうにもならないと思ったんだけど……」
「すでに一部の人間にはシャークチューブの存在は知れ渡ってるよ。今日のキミの放送なんかはインターネットでもちょっと話題になってた。どうして漏れたのかはわからないけど、恐らく人鮫族の誰かがリークしたんじゃないかな? キミみたいに人間にまで届かせる使い手が殆どいないから本格的に知れ渡るには至ってないけど」
「そっかーでもねーオカシイとは思ってたんだよ。なんか人間っぽいアカウントもあるなーと思って」
「ははは。とりあえずチャンネル登録しておいたよ。少しだけど投げエサもしておいた」
「ありがとー」
……緊張感のない会話を交す二人にアレクが呆れのため息を漏らす。
「本題に入っていいか?」
勇者はにっこりと微笑むとアレクに軽く会釈をした。
「初めまして。キミたちの目的は?」
「おまえを殺すことだ。鮫魔王軍の誇りにかけて」
「そんなに恨まれるようなことしたっけ?」
メグの眉毛がピクンと釣り上がる。アレクは興奮する彼女をさりげなく手で制しながら続きを話す。
「とぼけるのはなしだぜ。俺とそこのヒューマン族はおまえがオヤジ……鮫魔王を殺すところをこの目で見ているんだからな」
「でも僕だけが悪いわけじゃなくない?」
「他の仲間は全員殺した。残りはおまえだけだよ」
勇者はクスっと笑った。
「仲間かあ。別に僕は彼らを仲間なんて思ってないけどね。なんの役にも立たないし」
「……だろうな」
「うん!」
あまりに素っ頓狂な『うん』にアレクは苦笑。
「あんた面白いキャラだな。勇者っていうからイケすかない善人野郎なのかと思ってた」
「善人だけど?」
「このザマじゃあ、先に仲間を殺して動揺させるという作戦は無駄か」
今度は勇者はゲラゲラと腹を抱えて笑った。
「ハハハハハ。そんな作戦だけで僕を倒そうとしてたの?」
「だけではないけどな」
「あれだけ一方的にキミたちのところの鮫魔王カッコワライを蹂躙するところを見ていたのに?」
メグの眉が再びピクンと動く。
「あの人弱かったなー。図体ばっかりでっかくて。ああいうのをねえ……えーっとなんて言うんだっけ――」
「き……き……」
「ああそうだ。『雑魚』だ。魚だけにね」
「おい! 落ちつけメグ! こいつワザと怒らせようと――」
「貴様アアアアアアァァァァ!」
制止しようと思ったときにはもう遅い。背中にしょった大剣の一撃で勇者の体がロケットのごとく吹き飛ぶ。メグは追撃せんと地面を強烈に蹴って離陸した。
「ちっ!」
アレクもその後を追う。
『さあいよいよ始まりました! 世紀の一戦! パッキャオ対メイウェザー、曙対ボブアップ、アントニオ猪木対モハメドアリ以来の全世界注目の闘いだあ!』
「言ってる場合か! ホラ! おめーも行くんだよ!」
勇者はハウラニーのメインストリートであるハノールまで吹き飛んで、高層ビルに突き刺さった。ビルはそのまま倒壊。一瞬のうちに瓦礫の山と化した。だが。
「やれやれ。痛くないわけじゃないんだからこういう攻撃は辞めて欲しいなあ」
瓦礫の中から勇者が姿を現す。目立った外傷はない。――が。
その真後ろに氷柱のような目をした女が立っていた。
「辞めるわけがなかろう」
ふたたび大剣のフルスイング。
勇者がそれを受け止める。手には『フィッシュスラッシャー』。
刃の部分で受け止められた大剣はちょうど柄の部分と刃の部分でまっぷたつに折れた。
「今度はこっちからいくよ」
メグは手に残る柄だけになった大剣を、ほおり投げるのではなくそっと地面に置いた。
「余裕だね。死ぬよ?」
フィッシュスラッシャーは音速を超えたスピードで袈裟に振り下ろされる。
が。メグそれをほんの一センチの差で見切り、躱した。
「余裕なのではない。この『サメハダブレード』の刃の部分は死した同胞の皮で作られている。粗末に扱うことはできぬ」
「へえ。もう冷静さを取り戻したんだ」
再びフィッシュスラッシャーを大上段に構え真っ直ぐに振り下ろす。あまりにストレートな攻撃。多少身をかわされようとも風圧で吹き飛ばすというハラであろう。それをわかってかメグは避けない。
「これはさっき見せてもらった」
「えっ……?」
さすがの勇者も少々顔に驚きを浮かべる。
メグが出刃包丁状の剣を構えて勇者の一撃を受けとめたからだ。
「ヒカリは嫌いだが、あのシャークチューブというヤツは便利なものだな。私の得意技と大変相性がいい」
「……得意技とは?」
メグはフィッシュスラッシャーをほおり出す。
「サメハダイミテーション。これをやるとなぜか翌日肌が荒れるからあまり使いたくはないのだが」
そして右手の親指とひとさし指で目をかっぴらいた。
「そういうことか――!」
メグの右目から紫色の光線が発射される。
勇者は横っ飛びしてそれを躱した。
「コピー能力……! ありがちなヤツだ」
「他にできるヤツがいるのか?」
追撃の光線を放つ。肩にかすってジュッという音がたった。
「マンガではよくいるよ」
「逆にいえば現実にまったくいないということだな。でなければマンガにはならない」
メグの体が虹色に光る。そしてどんどん拡大してゆく。
「げげげ。『デカイ』女の子は好きだけどこういうのじゃない」
「よくも父上をでかいだけのザコなどといってくれたな」
巨体からは想像もできないスピードで勇者に突進。シンプルに踏みつけた。
アスファルトに地割れが起きる。勇者はそこに落下。
「おお!? なんじゃありゃ!」
「なんと! 我らが萌えキャラのメグたん! 巨大化して勇者を踏みつけたァ!」
ようやくここでアレクとヒカリが追いつく。
そしてそこからのメグの行動はすさまじく早かった。
「おお! 勇者を引っぱり出して!? 頭と足を持って胴体に嚙み付く! そしてぇ!? 食ったぁぁぁ!」
メグは彼女がいつもそうしているようにロクに咀嚼もせずに勇者を飲みこんだ。
シャークチューブのコメント欄にはとんでもない数の『おおおおおおお!』の文字。
アレクは歓喜というよりは安堵を顔に浮かべていた。
「やった! やったぞ! 父上! カタキを取りました!」
メグもガッツポーズを決め、地面を踏みつけた。
「おい! やめろ! 地震が……ん?」
アレクの耳がなにか機械音のようなものを聞きつける。
「――! メグだめだ! 吐け!」
「ん? なんだアレク。頭の位置が高いからよく聞こえな――」
かがんでアレクに耳を近づけようとしたところ、彼女の腹に一筋の赤い線が入った。
その裂け目から噴水のごとく血が噴きだす。
「あっ……」
ギュイイイインという機械音と共に黄金に輝く刃が腹から飛びだす。そいつはイヤらしいまでにギザギザに尖って、さらにグルグルと回転していた。
「サメ退治にはやっぱりこれだよね。チェンソー」
「メグーーーーーーー!」
チェンソーを抱えた血塗れの男が颯爽と登場する。
怪獣は呻き声を上げながら縮小し、あとにはハラを裂かれた女の子だけが残った。
わずかに意識が残った彼女は痛みを訴えるでもなく、怒りを口にするでもなくこんなことをのたまう。
「アレク……すまん……」
アレクは両手を握りしめプルプルとそれを震わせた。
「だからいつもよく噛んで食べろと言っているんだ。ヒカリ。治癒はできるか」
「できるけどあんまり得意じゃないよー? この傷じゃあ五、六分かかるかも」
「五分だな!」
アレクはマントを脱ぎ捨てて勇者を指さす。
「トドメは刺させない。オレが相手だ!」
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