第67話 成立の話


 トゥユが勝手に自室と決めた部屋で寛いでいると、ソフィアとロロットがイーノ村から到着したようで部屋に入ってきた。


「トゥユ久しぶりだな。それにしても本当にこんな大きい城を落としたのか。ここに来るまで何かの間違いじゃないか心配したぞ」


 ソフィアが入って来るなり部屋を見渡しながら、少し落ち着かない様子でトゥユの戦果に驚いている。


「ソフィア何を言っているの? トゥユが攻めたのよ。こんな田舎な城、落ちても当然よ」


 ロロットの信頼は嬉しいが、落ちて当然と言うほど簡単ではなかったのは言わない事にしておく。


「良し、挨拶は終わったな。じゃあ仕事に就いてもらおう」


 ロロットの後ろで静かに待っていたワレリーはトゥユへの挨拶が終わったロロットの腕を引いて出て行こうとする。


「ちょ、ちょっと待ちなさいよ。まだ一言しか話してないわよ。久しぶりに会ったんだから、もっとトゥユの成分を摂取させてよ」


 ワレリーは少しでも早く怪我人の治療に当たって貰いたかったのだが、ロロットがどうしても先にトゥユに一目会いたいと言うので挨拶をする事だけ許可したのだ。

 ワレリーに腕を引かれながらもトゥユの方に腕を伸ばして何かを掴もうとするロロットを笑顔で見送った。


「それで次はどうするんだ?」


 ロロットが居なくなった部屋でソフィアはトゥユに次の行動方針を聞くが、トゥユは「皆が来てからしましょ」と言って教えてくれなかった。

 次の日、レリアと途中でレリアに追いついたエイナルがネストール城に到着した所で、全員集まって会議を行う事にした。

 出席者は、レリア、トゥユ、ソフィア、バーナバス、ワレリー、エイナルの六人でロロットは治療、ティートどこかに行っており不参加だった。


「レリアお姉ちゃん、良くイーノ村から移動してくれたわ。私はこれが一番心配していたの」


 トゥユはレリアの決断に感謝した。もしレリアがイーノ村に残ると言ったら兵を差し向けてイーノ村に戦力を分散させなければいけなかったので、作戦の修正をしなければいけない所だった。


「えぇ、決断は簡単じゃなかったけど、マールさんが村人を説得してくれて何とかなったわ」


 予想外のマールの活躍にトゥユは後でお礼を言いに行こうと心に決めた。


「村長……じゃない、バーナバスさんは今までいた人たちとイーノ村から来た人たちの調整をお願いしたいわ」


 元々住んでいた人たちの所に一気に数十人の村人が増えれば軋轢が生まれる可能性があるので、その調整を宰相でもあるバーナバスにお願いする事にする。

 宰相の役割とは少し違うのだが、元村長と言う事もあり、村人たちのためならと一肌脱いでくれる事になった。


「レリアお姉ちゃんとソフィアは周りの領主たちの説得をお願いするわ。何かいろいろ手紙とか来てたけど、後回しにしちゃった」


 トゥユは照れ笑いをしながら言っているが、ネストール城を落とした事で周りの領主から面会のお願いの手紙が山ほど来ていたのだ。

 レリアはトゥユのその表情を見ると、絶対に碌な事はないと思いつつも、仕方がないと言った表情を浮かべた。


「ワレリーさんたちは引き続き兵の調整をお願い。最近、志願兵が多いみたいだけど、一度ミトラクランに付いた人は入れないようにお願いね」


 一度裏切った者はいつまた裏切られるか分からないので、いくら兵が足りないからと言って入れる事はしなかった。


「分かった。入って来る者の確認はしているが注意しておこう。それと、エイナルから報告があるのだが良いか?」


 このメンバーでエイナルが居る事は不思議に思っていたのだが、報告があるから来ていたのかと納得する。


「トゥユ隊長にイーノ村からすぐに逃げるように命令を受けていたのですが、申し訳ありませんが、少し危険を冒して村に残ってしまいました」


 エイナルはまずは命令違反をしてしまった事を謝罪するが、「構わないわ」とトゥユは気にする様子もなく続きを促す。


「イーノ村に攻めて来たミトラクランは『閃光の刃』が指揮を取っていました」


 誰が指揮を執っていたのかは重要な情報なのだが、トゥユは『閃光の刃』が誰なのか全く思いつかなかった。


『ヴェリン砦で会った。あの気障な男だ』


 ──あぁ、あの人そんな名前だったっけ? すっかり忘れていたわ。でも、これはチャンスなのかもしれないわね。有名な人を倒せれば相手の士気は下がるし、自軍の士気は上がるもの。


「エイナル上出来よ。良い情報をありがとう。貴方にはそっち方面の才能があるのかしら?」


 エイナルはトゥユに褒められた事で心の中でガッツポーズを作る。表情には一切出さなかったので周りには気づかれていないが。


「ワレリーさん、兵が整ってきたらエイナルは偵察部隊として動いてもらったらどうかしら?」


「そうだな。新しく入った中にも士官の適性がある者が居るかもしれんから、隊を任せられる者ができたら偵察部隊として動いてもらった方が良いかもしれんな」


 今はまだ人を見極めている所なのですぐにと言う訳にはいかないが、後の事を考えると早めにそう言う部隊も作っておきたい所だった。


 そんな話をしていると部屋の扉がノックされ、一人の兵が入ってきた。


「失礼します。ロトレフからリラ殿とソル殿がお越しです。至急面会をしたいとの事ですがどういたしましょう」


 レリアがトゥユの方を見るが、トゥユも来るとは聞いていなかったので、首を振る事しかできなかった。だが、良い機会なのでトゥユは入ってもらうようにする。


「ちょうど良いわ。入ってもらって一緒に話をしましょう」


 トゥユが許可をするとリラとソルが会議室に入ってきた。リラはレリアの前に空けられた席に座ると待ちきれないとばかり口を開く。


「レリア様、トゥユ、私やりました。独立国同盟から同盟の許可を得ました」


 その報告に一同が「おぉ」と驚きの声を上げる。これほど早く同盟が結べるとは思えなかったのでなおさらだ。


「リラ様、ありがとうございます。いろいろ大変でしたでしょうが、これでネストールから独立国同盟までは盤石になるでしょう」


 レリアがリラにお礼を述べるとお互い笑顔を浮かべ合い、今後の両国の発展に思いを寄せる。


「じゃあ、独立国同盟からミトラクランに向けて兵を出してもらう事はできるかな?」


 まだ同盟が正式に締結されてないにもかかわらず、トゥユはすでに同盟が成ったとばかりに兵の要請を行う。


「えぇ、大丈夫だと思いますが、期待されているほど多くの兵は出せないと思います」


 ソルは何か考えがあるのだろうとトゥユの顔を見て感じ、兵を出すのに同意する。


「兵の多さはそれほど多くなくても良いわ。ミトラクランの前に姿を晒して牽制してくれれば十分よ。戦う必要もないから、もし、ミトラクランが近づいてきたら逃げちゃっても大丈夫よ」


 それぐらいなら問題ないと思うが、ソルにはトゥユのやろうとしている事が見えなかった。


「それでトゥユ殿は何をするつもりで?」


 ソルの質問にトゥユは白い歯を見せて答える。


「私は刀狩よ。イーノ村に何とかの刃ってのが居るみたいなの。この機会に倒しておきたいからミトラクランを牽制してほしいんだ」


「ソル殿、『閃光の刃』の事です。部下がイーノ村で姿を見たと言っているので間違いないでしょう」


 ワレリーがトゥユの発言の補足を行う。ソルはその説明で得心が行ったとばかり頷いた。『閃光の刃』とは何度か槍を交えておりその強さを知っているだけに、ここで倒せるならそれは素晴らしい作戦と思える。


「分かりました。独立国同盟としてミトラクランの牽制の要請を確かに承りました」


 ジルヴェスターがイーノ村から王都に戻ってしまうまでに行動を起こさなければならないため、ソルはリラを残し先にロトレフに戻る事にした。

 トゥユたちもすぐに出発した方が良いので同盟の正式な締結はレリアと宰相に任し会議室を後にした。



◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇



 トゥユはティート、ソフィア、ナルヤとアルデュイノの一部隊をワレリーから借り受け、イーノ村と王都を結ぶ街道の森に潜んでいた。


「俺様は自由に暴れて良いんだろ?」


 最近暇を持て余していたティートは久しぶりの戦闘に抑えられないと言った表情でトゥユに作戦を聞いてくる。


「えぇ、ティートは自由に暴れても良いわよ。ただし、閃光の何とかさんは私が殺るから手出しは無用よ」


 美味しそうな獲物は上の者に譲ると弁えているティートは、その人物以外はすべて自分で食らいつくしても文句を言われない事を確認すると犬歯を見せて喜んだ。


「私はアルデュイノの隊の指揮を取ればいいのだな?」


「えぇ、ソフィアにはそっちをお願いするわ。ティートが居るとはいえ相手は最大で三千ぐらいの人数だから全体を見渡せる人が居ないと厳しいからね」


 ソフィアはそれを聞くとアルデュイノと動きの確認をするためトゥユから離れて行った。


「私はご主人様の近くに居ても良いのでしょうか?」


 ナルヤは自分の立ち位置が分からず困ったような顔をしている。


「いいえ、ナルヤには森に行ってもらうわ。森だったらナルヤの好きなように動いて良いわ。一人でも矢で減らしてくれればアルデュイノたちも助かるだろうしね」


 エルフにとっては森は家の庭のようなもので、一番力が発揮できる場所である。それを放っておくのはあまりにも勿体ないので自由に動いて良いとナルヤに伝えると、ナルヤは嬉しいのか少し落ち着きが無くなってきた。

 トゥユが各人に命令を出していると一人の男性が近づいてきた。


「トゥユ総長、お話があります。私はこの辺りには詳しいのですが、もう少し王都側に移動すれば少し開けた場所があるのでそこで待ってはいかかでしょう」


 フィリップは王都勤めをする前はこの辺りに住んでいた事もあるので、この辺りはかなり詳しいのだ。

 だが、トゥユはフィリップの申し出に怪訝な表情を浮かべる。


「この話はアルデュイノに通してあるの?」


 トゥユがすぐに名前が浮かぶもの以外はすべてアルデュイノの隊の人間のため、本来ならアルデュイノから報告があってしかるべきなのだ。


「いえ、この情報は私の持っている情報ですのでアルデュイノ隊長にはお話ししておりません」


 フィリップとしては手柄を上げるチャンスなので、それを他の人に話して手柄を持っていかれる事は屈辱であった。たが、


「それならアルデュイノに報告してから来なさい。私が貴方のような一兵士からの話をすべて聞いていたら何時まで経っても終わらなくなってしまうわ」


 フィリップは旧王国軍のやり方が染みついてしまっており、いかに相手を出し抜いて自分の手柄を立てるかと言うやり方が抜け切れていなかった。

 だが、トゥユは旧態依然としたやり方は受け付けなかった。そのやり方ではトゥユの負担が増えてしまい、隊の連携という点でも支障をきたすと考えたからだ。


「貴方が知っている情報はすべてアルデュイノに報告しなさい。その上でアルデュイノが情報を隠したり、手柄を奪うような事をするのなら遠慮なく私に言ってきなさい。それだけよ」


 トゥユはもう話す事は無いとばかりに仮面を着けてしまった。それでも食い下がろうとするフィリップだが、トゥユの前にティートとナルヤが立ち塞がった。


「ご主人様はもう話すことはございません。お引き取りください」


 ナルヤの丁寧な言い方とは逆にティートは何時でも相手になってやると言った表情を浮かべている。ティートの強さはネストール城での戦いで十分わかっているのでフィリップは諦めて隊の所に帰って行った。


「ご主人様、もう少しお話を聞いても良かったのではないですか?」


 フィリップが去った後、ナルヤは少し気の毒になってしまいトゥユに進言してみた。


「駄目よ。一人そういう事をすると次に来た人も同じ対応をしなくちゃいけないでしょ。ここは新生ヴィカンデル王国であって、旧ヴィカンデル王国じゃないもの、昔駄目だったやり方を引き継ぐ事はしないわ」


 トゥユのしっかりとした考えにそれ以上ナルヤが何かを言う事は無かった。

 その後、アルデュイノが兵から聞いた事で報告があるとトゥユの元にやってきた。それは先ほどフィリップが話していた内容で、トゥユはアルデュイノの報告をもって場所を移動する事にした。

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