第八章 建国

第60話 建国の話


 リラたちがイーノ村を去ってからちょうど一カ月後、レリアは村の中央広場に村人全員を集めていた。


「皆さん、約束の時がやって来ました。私はここにヴィカンデル王国の建国を宣言します!」


 レリアが王国の建国を高々と宣言すると集まった者は拳を突き上げ歓声を上げた。


「王国の悪政からの開放を目的に立ち上がった革命軍は、結局王国の腐敗した政治を払拭する事ができず自らも悪政に飲み込まれてしまいました。自分たちの私腹を肥やし民を虐げる。これのどこが悪政からの解放でしょうか。私は怒りに震えています。それはミトラクランが悪政を敷いている事ではなく、その行為を見逃してしまっている自分にです。私はこの怒りをぶつける事にしました。しかし、私の手はこんなにも小さい」


 レリアの演説は徐々に熱がこもっていき、周りに居た者たちを引き込んでいく。自分の前に出した手は全員の注意を引いた。


「だから皆さんの力が必要なのです。ヴィカンデル王国という名前に嫌悪感を覚える人もいるでしょう。でも私は敢えてヴィカンデル王国という名前で建国します。何故か? それはここにいる人たちは少なからずヴィカンデル王国という名に関りがあるからです。皆が一つになるためにはこの名前が必要なのです。力を貸してください。この国の名が誇りに思えるように!」


 再び歓声を上げた者たちを手で制し歓声を止めさせる。


「私は生まれた時からこの村に居ました。周りは良い人ばかりだったのですが私は黒い箱の中に閉ざされていたのです。何も見えないように、何もできないようにされていたのです。ですが、その箱の中に光が差したのです。その光は私を励まし、私を諫め、そして、私にこの暗い箱の中から出る勇気くれたのです。その光こそトゥユなのです!」


 トゥユがレリアに呼ばれ隣に立つと歓声は一際大きくなり、盛り上がりは最高潮になった。


「トゥユが私に国を作る力をくれたのです。この出会いがなければ私はまだこの村で何も知らず、何も考えず生きていたでしょう。でも、もう違うのです。運命の歯車はトゥユとの出会いを与え廻り始めたのです。私はトゥユと一緒に戦いたい。私は皆さんと一緒に戦いたい。何も知らない、至らない所ばかりの私ですがミトラクランを帝国を教会を倒す思いは誰にも負けていません。ですので皆さん、私のこの小さな手に力をください。戦える力を!」


 レリアが拳を握り締め天に突き上げると、全員が拳を天に突き上げた。レリアの演説を聞いた人々の心が一つになり、ここに新生ヴィカンデル王国は誕生したのだ。


 演説が無事に終わりレリアは控室に戻り椅子に座り机に突っ伏していた。疼く右頬の傷を摩りながらどこか気の抜けたような表情を浮かべ村の女性陣がこの日のためにと一生懸命作ったドレスがしわくちゃになるほど脱力していたのだ。ドレスは装飾が殆どないにも関わらず高貴さを醸し出しておりその織物の技術の高さが伺われた。


「レリア様、そろそろお着替えになって皆様の所に向かわないと」


 レリアの身の回りの世話をする事になっている女性にそう言われるとレリアは何とか立ち上がり着替えを始めた。


「私は上手くできたのでしょうか……。途中で頭が真っ白になってしまい何を言ったか覚えてません」


 レリアは女性にドレスを脱がされながら呟く。その顔は今にも泣きそうになっており手が小刻みに震えていた。


「大丈夫ですよ。御立派でした。さあ、着替えが終わりました皆様がお待ちですよ」


 軽装に着替えたレリアは女性の励ましに強張りながらも笑顔を作った。主要な人物の待つ会議室に向かうレリアは再度後ろから付いてくる女性にどうだったかを聞いた。


「さっきの演説どうでした? 皆ついて来てくれると思いますか?」


 後ろを振り向かずに聞いたレリアに女性は背中を思いっきり叩いた。大きな音が廊下に響き、レリアは思わず倒れそうになってしまい、慌てて後ろを向いた。


「貴方は王女なのです。王女がそんな事言っていて一体誰が付いてくるのですか! 自信を持ちなさいレリア!」


 思いっきりレリアを叱った女性は何もなかったような表情に戻ると「申し訳ありませんでした。処分は如何様にでも」と頭を下げた。


「いいえ、処分なんてとんでもない。おかげで吹っ切れました。また私が落ち込みそうになったらよろしくお願いしますね」


 レリアはヒリヒリ痛む背中を我慢して女性に笑顔を向けた。

 会議室にレリアが着くと全員が着席しており、その上座はレリアのために空けてあった。どうにもまだ慣れないのだがレリアは申し訳なさそうに席に着く。


「しょ、しょれではこれより第一回目の会議を始めます」


 初っ端から声が上擦り噛んでしまったレリアは穴があったら入りたい気持ちになってしまうが、後ろで控えている女性が背中を叩こうとする雰囲気に気が付き気持ちを持ち直した。


「最初は人事からの話をさせてもらいます。とは言え私が決めたのは二人の役職だけです」


 レリアは旧村長とトゥユの方を見ると頷いてくれた。


「国の内政方面ですが宰相には村長であるウーログさんに就いてもらおうと思います」


 ウーログはお辞儀をすると一斉に拍手が巻き起こった。


「儂のような者が宰相などと不相応と思いますが、レリア様から直々にお願いされこの職に就く事になりました。こんな年寄りですがよろしくお願いします」


 レリアが最初に考えていたのはソフィアに宰相をやってもらう事だった。だが、ソフィアは宰相の申し入れを何の躊躇いもなく断ってきたのだ。


「私は宰相の地位よりもトゥユの副官の方が魅力的なのです。トゥユの傍に居られるというのは何物にも代えがたい。なので申し訳ないのですが、その申し出は断らせていただきます」


 文官であれば最高位といって良い地位をソフィアは断ったのだ。だが、何となくソフィアらしいと思い、レリアはソフィアに宰相をやってもらう事を諦めウーログにお願いしたのだ。


「次に軍事方面ですがトゥユには総長の地位に就いてもらおうと思います」


 トゥユも同様にお辞儀をするとより一層の拍手が巻き起こった。それもトゥユの隣で万感の思いで涙を流し全力で拍手をしているソフィアのおかげだ。


「私の目標はミトラクラン、帝国、月星教の殲滅よ。それに向かってできることはすべてするわ。皆も自分の目標のため全力を尽くしてちょうだい」


 各人からの一言が終わると、村長からは簡単に今まで村に居た人がそれぞれ自分にあった役職に就いてもらうと説明があり、その事に口を挟む者は一人も居なかった。

 そして次にトゥユが軍事方面の役職を説明する。


「私は軍の指揮をしないわ」


 その一言にその場に居た全員が口を開けて凍りついた。トゥユが軍の指揮を執るものと思っていたワレリーが慌てて発言をする。


「ちょ、ちょっと待ってくれ。トゥユちゃんが指揮を取らずに誰が指揮を取ると言うのだ?」


 その場に居た全員の思いを代弁したような問いにトゥユは皆が何で慌てているのか分からないと言う表情を浮かべる。


「それはワレリーさんよ。決まってるじゃない。ヴィカンデル王国の大将はワレリーさんです!」


 満面の笑みでワレリーの大将を発表するが、トゥユの発言に誰も付いていけず拍手が起こる事はなかった。


「えっ!? じゃ、じゃあトゥユちゃんは何をするんだ? 総長が指揮を取るんじゃないのか?」


 今回発表された総長と言うのが大将と同義だと思っていたワレリーは、総長の他に大将が居る事で混乱してしまった。


「あぁ、ちょっと言葉が足りなかったようね。私はソフィアとティートそれにナルヤだけで遊撃部隊として動くから他の部隊の指揮はワレリーさんにお願いするって意味ね」


 それを聞いてやっとトゥユの言っている事を少し理解したワレリーだが、今度は自分が大将になる事に不安を覚え始めた。今まで百人長が精々だった自分がいきなり大将では荷が重過ぎるのではないか。


「大将に押してもらったのに悪いが俺は大将の器ではない。誰か他の者を当ててくれないだろうか?」


 ワレリーの申し出にトゥユは首を振るのみで他の者を大将にしようとはしなかった。


「ワレリーさんは自分を過小評価しすぎよ。貴方は十分に人を率いるだけの能力があるもの。自信を持っていいわ」


 その言葉はありがたいと思うワレリーだが、トゥユとティートを見るとどうしても大将の器には思えなかった。


「俺はトゥユちゃんやティートに勝てる気などしない。そもそも比べる事がおかしいほどだ。もしかするとルースたちにだって負けるかもしれない。そんな俺が大将だ何てとても……」


 ワレリーが最後まで言う前にトゥユが割って入る。


「そこが過小評価している所よ。大将なんて武力はそれ程必要じゃないわ。だって、大将が前線に戦うなんてほとんどないじゃない。それよりも人を率いる力の方がよほど重要よ。そしてその力がワレリーさんにはある」


 トゥユに見つめられたワレリーが逡巡をしていると、


「ワレリーさんの他にやれる人なんて居ませよ。俺たちからもお願いします」


 ルースがワレリーの背中を押し、エイナルとアルデュイノも続いてワレリーの大将を押した事でようやくワレリーは大将を受ける事にした。

 そのやり取りを見ていたレリアはこの国は非常に面白いと思った。ワレリーにしろソフィアにしろ大きな国なら皆二つ返事でその地位に就くのだがこの国ではそうではないのだ。


「じゃあ、後はルースとエイナルとアルデュイノは千人長ね。今居る兵を上手い事分けてそれぞれがワレリーの指示に従って動きなさい」


 今までトゥユの元やってきたルースたちはトゥユの直接の下ではない事に寂しさを覚えつつも頷いた。正直自分たちも器じゃないと思ったのだが、ワレリーを大将に押した手前断る事ができなかったのだ。


「後は、ソフィアは私の副官としてレリアとの連絡やその他書類の整理などをお願いね」


 ソフィアはこれからもトゥユの副官をして動ける事に納得し大きく頷く。


「ティートは私と一緒に遊撃部隊として好き勝手暴れるわよ。ウトゥスが居なくても少しは大丈夫なんでしょ?」


「ガハハハッ、師匠に鍛えられたからな。ウトゥスが居なくとも二週間位は大丈夫だ。勝手に暴れさせてもらうさ」


 師匠と言う言葉にトゥユは帝国領で戦ったシショウの事を思い出したのだが、ティートのニュアンス的に別人だと思いその事を聞く事はなかった。

 それよりもトゥユはイーノ村に帰って来た時にティートが村に居た方のがびっくりしたのだ。てっきり魔の森で悠々自適に暮らしていると思ったらウトゥスが居なくても二週間ほどなら森を出て平気だと聞いてティートは自由に動かそうと決めたのだ。


「ナルヤも私に付いてきなさい」


 ナルヤは嬉しそうに頷いた。ナルヤは他の隊の所に入れても慣れるまでに時間が掛かるだろうしソフィアたちと同じで離れようとしなかったので一緒に付いて来るようにさせた。


「最後はロロットね。貴方はやる事は変わらないわ。軍医として怪我人の治療に当たってちょうだい」


 ただ、ロロット一人では人数が足りないため、素養のありそうな者を数人、ロロットに面倒を見させるようにした。


「軍についてはこれ位よ。皆よろしく頼むわね」


 トゥユがそれぞれに役職を言い渡すとここに居た者たちが「おう!」と声を上げて答えた。

 レリアは最後に意思の決定方法について話をした。普通ならば王女であるレリアが全て決定してしまえば良いのだが、ヴィカンデル王国ではそうはしなかった。


「ヴィカンデル王国での意思の決定は私とトゥユの両方の賛成をもって決定する事にします」


 この発言の真意が掴めなかったワレリーは二人で決定する事の理由を聞いた。


「何故そのような事を行うのでしょう? 決してトゥユちゃんが入るのが嫌と言うわけではないのですが、レリア様が王女ですのでレリア様の決定に我々は従うまでですが?」


 至極全うな意見なのだがレリアは首を振るう。


「人は力を持ってしまうと変わってしまう物なのです。それは私とて同じかもしれません。その時、私独りで決めてしまえば折角作ったこの国がバラバラになってしまいます。ですので、そこにトゥユの賛成という楔を入れるのです。この楔があるおかげで私が狂ってしまった時でも歯止めが利くのです」


 レリアが力を持ったからと言って変わってしまうとは思えないが、ミトラクランのリーダーだった女性の話を噂レベルでは聞いていた者たちはそれも有りなのかも知れないと納得する。

 基本的にレリアは軍事についての決定に、トゥユは内政についての決定に互いが拒否をする事はないが、お互いの行動を監視する為には必要な措置だった。

 先程トゥユがソフィアに言ったレリアとの連絡はこの事が含まれており、ソフィアはトゥユとレリアの間を何度も行き来する事になると予想される。


「私からは以上ですが他に何かありますか?」


 その問いにトゥユが手を上げる。レリアはトゥユを指名すると話し始める。


「早速だけど、今夜ネストール城に向けて出発するわ。国の建国が知れ渡ってしまう前に落としてしまいましょう」


 これだけ聞けばいきなりに思えるのだが、この話はリラたちが帰った後にワレリーたち伝えられていた。なので戦う準備は既にできており何時でも出発できる体勢は整えてあるのだ。


 レリアが他に発言はないか集まった者の顔を見るが誰も発言する様子はないので、会議はここまでにする事にした。


「では、第一回目の会議を終了いたします。皆さんよろしくお願いします」


 最後に頭を下げるレリアに集まったものから拍手が送られた。自分のやるべき事をちゃんとこなせた事と安心した事でレリアは泣きそうになったが、何とか涙をこらえるのに成功した。

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