第48話 ティートの話


 ティートは魔の森の奥深くで仰向けになりながら夜空を見上げていた。

 漆黒の空に点々と光る星々が、ティートには野営の時の篝火の光に見えた。暗い闇の中で皆が光に集まり、飲んで食って笑って。以前のティートでは考えられない行為だった。

 「懐かしい」という程時間は経っていないが、そう思える程、あの光は心地良い物だった。


「そろそろ良いか? 意識が戻ったのなら立ち上がれ」


 一人の少女の顔がティートが見ていた夜空を隠すとティートは立ち上がった。


「くそっ! なんで勝てねえんだ!」


 ティートは悔しさのあまり木を殴りつけて倒してしまうが、少女の方は何も言わずティートを見つめている。


 ティートは魔の森に戻ってくると、中心部を目指して歩いていた。

 魔の森は中心部に行く程、瘴気が濃くなり、より強い生き物が生息していたからだ。

 ティートは中心部に着くと、腹ごしらえをしようと獲物を探す。ちょうど良い所に兎のような手頃な獲物を見つけた。

 息を殺して後ろから近づき、兎を捕えようと腕を伸ばした瞬間、ティートは投げられていた。

 ティートは何が起こったのか分からず、すぐに立ち上がる事ができなかった。だが、そんなティートに容赦なく拳が振り下ろされ大量の血を口から吐くと、やっと意識を集中させ立ち上がる事ができた。


 ティートの前に立っていたのは、トゥユ位の大きさの人の形をしたものだった。一目見て感じるその雰囲気は決して人のものではない。

 その人物が地面を蹴ってティートとの距離を一気に詰めるて顔に向けてこぶしを突き出して来る、ティートは余裕をもって顔をガードするが、ティートはまた木まで吹き飛ばされた。

 またもや何が起こったか分からなかったティートだが、鼻から流れ落ちた血を見て殴られたのだとようやく理解した。


 ──殴られただと? 俺様はガードしていたはずだ。そんな事は有り得ん!


 ティートが人物がいた方を見るが、既にその人物はそこにはおらず、ティートの懐に入り込んでいた。

 それからは人物の一方的な暴力がティートを襲った。攻撃は見えているのだが、ガードをした腕を何故かすり抜け全ての攻撃がティートに当たっていた。

 どれだけ攻撃を受けたかは数えてないので分からないが、かなりの時間殴られ続けたと思う。


「これだけやってまだ立っているのか? どんだけ馬鹿げた体をしているんだ」


 ティートの間合いから一歩分だけ離れた場所でその人物は呆れたような顔をしていた。


「貴様何者だ!? 俺様をここまで追い込めるなんてこの森で初めて会ったぞ」


 ティートは片膝を着きながらその人物を睨みつけるが、その人物はそんな視線など意に介さないといった様子だった。


「私はさっきお前が食料として食おうとした兎だ。こんな可愛い体を見てわからんのか」


 ティートの頭は一瞬真っ白になった。


 ──さっき襲った兎だと? 馬鹿な。有り得ん!


 ティートが信じていないと思った兎は人の形から兎の形に変わって見せた。


「どうだ。これで信じる気になっただろ」


 目の前で兎の姿になられては信じるしかなかった。

 ティートがこの森に来た理由は強くなるためだ。そのために森の奥にまで来たらいきなりこんな馬鹿げた強さの兎人とにんに会ったのだ。

 ティートは立ち上がると兎の前まで来るといきなり土下座をした。


「師匠! 俺様を強くしてくれ!」


 師匠と呼ばれた兎はびっくりしてしまった。自分を襲った獣人を返り討ちにして食ってやろうと思っていたら強くしてくれと言われてしまったからだ。


「ハハハッ、お前面白いな。ここで食われてしまうとは思わないのか?」


「俺様の目的は強くなる事だ。ここで食われてしまうなら俺様はそこまでだったって事だ」


 真剣な表情で兎を見るが、兎は再び人化してティートの頭を踏みつけた。


「その目気に入らないね。でも、気に入らないのが気に入った。鍛えてやるよ」


 兎が頭の上に足を置いているのを忘れ、ティートが顔を上げると兎は足が上がってしまったせいで後ろに倒れてしまった。


「この馬鹿野郎が! 急に足を上げるなんて脳みそ入ってるのか!?」


 そう言って早く起こせと言わんばかりに差し出してきた手を握りティートは師匠を起こした。


「良いか? 私の言うことは絶対だ。口答えすることは許さん!」


 師匠の言葉にティートは嬉しそうな顔をして頷いた。


 それから何度か拳を交えるが、ティートは師匠に一撃も攻撃を当てる事ができなかった。


「貴様、一度人化してみろ」


 師匠の意図が分からないが、ティートは人化して見せた。師匠は人化したティートを見て溜息を吐いた。


「貴様、人化する事が弱くなる事だと思っていないか?」


 ティートには意味が分からなかった。ティートにとって人化は体力を温存するためにするもので強くなるためにするものではない。

 そんなティートの様子を見た師匠は「やはりな」と言って言葉をつづけた。


「人化は決して弱くなる事ではない。どうも貴様たちのような元々体の大きい獣人は勘違いをしているようだが、これだけははっきり言ってやる。人化をすると強くなれると……な」


 ティートはハンマーで殴られたような衝撃を受けた。人化で強くなるなんて考えた事がなかったからだ。

 確かに師匠は人化すると強さが一段増すような感じはする。だが、どうすれば良いのかはティートには分からない。


「獣化している時はどんなに頑張っても瘴気が漏れてしまうのは抑えられない。だが、人化すれば瘴気が漏れるのを最小限に抑えられる。その抑え込んだ力を利用するんだ」


 そうは言われても瘴気が漏れている感覚がないティートはどうやれば瘴気が漏れるのを抑えられるか分からなかった。


「貴様、他の獣人の瘴気を感じた事ないか?」


 ティートの中で思い当たる節があった。トゥユを魔の森で見つけた時確かウトゥスの瘴気を追って行ったのだ。


「それを他人ではなく、自分で感じるんだ。それができれば瘴気を抑えるなんてすぐにできる」


 師匠は簡単にできるみたいに言うがこれが難しい。自分の瘴気が漏れているのは直ぐ分かったのだがなかなか抑える事ができなかった。


「これができるようになると魔の森を出てもかなり動けるようになる。因みに私は一カ月は人の村で生活した事があるぞ」


 獣人は魔の森を出てしまうと一週間も持たずに死んでしまうはずだが師匠は一カ月以上生きていられるらしい。それができればウトゥスと離れてもかなり自由に行動できる。

 それからティートは朝起きてから瘴気の制御の練習、午後からは師匠との組手と充実の生活を送っていた。

 師匠程ではないが、ある程度瘴気を抑える事ができるようになったティートは師匠から合格点をもらえるまでになっていた。


「後は魔の森を回って色々な敵と戦ってみる事だな。私が教えられる事はもうない」


 その言葉を聞いたティートはその場に土下座をした。


「師匠! ありがとうございました! 俺様はもっと強くなって見せます!」


 ティートが顔を上げるとそこには師匠の姿はどこにもなかった。ティートは立ち上がり、師匠の居た場所にもう一度頭を下げると、魔の森の奥に歩き始めた。

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