第36話 別れの話


 王都ではバーナバスが自室にてカルロスと対面していた。

 バーナバスがカルロスを呼び出したのだが、カルロスはこの呼び出しに少し警戒していた。何故ならバーナバスがカルロスを自室に呼び出した事など、一度としてなかったからだ。


「それで話とは何でしょうか?」


 怪訝そうな顔をしたカルロスは何時までも笑みを浮かべているバーナバスを気持ち悪く思い、早く話を終わらせたかった。


「いや、話とは他でもないカルロス殿の事ですよ」


 その言葉にカルロスは一瞬王位の継承の話かと思い少し安堵の表情を浮かべたのだが、その表情はすぐさま緊張感のあるものに変わった。


「これはどういう事ですかな?」


 何処に隠れていたのかカルロスを囲むように兵が出てきて全員がカルロスに向けて剣を構えていた。


「どういう事も何もそのまま受け取って貰えれば宜しいですよ」


 バーナバスは嫌らしい笑みを崩すことなくカルロスの問いに答える。


「貴様! 分かっているのか!? これは国家反逆罪だぞ!」


「国家? あぁ、カルロス殿はまだ知りませんでしたかな? ヴィカンデル王国は既にないんですよ。全ての城と砦は帝国と革命軍の手に落ちました。国王も既におりません。後は貴方とエリック殿だけなのです。そんな状態でどうして王国が存続していると言えましょう」


「なん……だと……。貴様! 父上までも!」


 父の死を知ったカルロスは一瞬、動揺してしまうがすぐに切り替え、バーナバスに向かって剣を抜こうとするが、その動きを察知した兵に取り押さえられてしまい床に押し付けられた。


「バーナバス! 貴様、宰相と言う地位にありながら王国を裏切る気か!」


 カルロスの鋭い眼光が床から発せられるが、バーナバスは机の後ろに座っているので、その眼光が届く事はない。


「分からない方ですね。もう、王国はないのですから裏切るも何もないのですよ。貴方との話も疲れました。そろそろご退場願いましょうかね」


 バーナバスが指を鳴らすと部屋全体に高い音が響き、その後、ゴトリと重たいものが転がる音がした。


「さて、後はエリック殿だけですけど、あの方はリシャール監視塔ですからね。革命軍に任すしかありませんね」


 バーナバスは王国の旗を降ろし、革命軍の物に替える命令をすると部屋の窓から外の様子を伺う。

 王都の外では革命軍が待機しており、王都の一番高い所に掲げてある王国の旗を革命軍の物に替える事で革命軍が王都に入って来る手はずとなっている。

 王国の旗が革命軍の物に替えられた事を確認した革命軍は王都に入場すると兵の掌握に取り掛かる。

 既にバーナバスが手はずを整えていたので、たいした混乱もなく軍の掌握を完成させた。この事により数百年続いたヴィカンデル王国は国としての生涯を閉じたのだ。



◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇



 革命軍はリシャール監視塔の全周に兵を配置し、猫の子一匹逃げ出せないような布陣で待機をしていた。


「ブラート様、兵の配置完了しました!」


 リシャール監視塔の正面に本陣を構えたブラートの元に兵から報告が入る。


「宜しい。それではこの手紙を監視塔へ持って行ってくれ」


 ブラートが一通の手紙を兵に手渡すと兵は大事そうに受け取り、馬に跨り監視塔の方に走っていった。

 兵は監視塔の弓兵の攻撃が届かないギリギリの所で馬を止めると大きな声を張り上げた。


「私は革命軍、総司令のブラート様より書状を預かっている。どなたかこの書状を届けて頂きたい!」


 敵に攻撃の意思がないと確認できると、トゥユはルースに手紙を受け取りに行くようにお願いする。ルースは二つ返事で手紙を取りに行き、持ち帰った手紙をトゥユに手渡した。

 トゥユは受け取った手紙を見ることなく、エリックの部屋に向かいその手紙をエリックに届けた。

 エリックは手紙を読み進める内に体が震えて来るが、読み終わる頃にはその震えを抑え込むことに成功し、トゥユにも手紙を読むように勧めた。


 その内容は王都の陥落、エリックと『総面の紅』の首を出しだせば他の兵には手を出さないという内容だった。

 王都の陥落の話は嘘である可能性もあるが、王都へ確認する事ができない以上その真相はエリック達には分からない。

 エリックの首は革命軍が王国の滅亡を望んでいる事から分からないでもないが、『総面の紅』の首と言うのが誰の事だかわからなかった。


「『総面の紅』……か」


 エリックが呟きながらトゥユの方を見るとトゥユが頭に付けている仮面に目が留まった。そう言えばトゥユは戦いを行う時は仮面を顔に付けている。それを思い出したエリックは『総面の紅』がトゥユの事だと理解した。


「『総面の紅』がトゥユの事だとして何故トゥユの首を……」


 ソフィアが心配そうにトゥユの方を見るが、トゥユはまるで意に介していない様子だ。


「二つ名で書いてあると言う事はそれだけ敵の中でトゥユの事が脅威に映っているのだろう。ヴェリン砦の戦いを見れば納得できる事ではあるな」


 ヴェリン砦でトゥユに助けられた時の事を思い出すと、トゥユに二つ名がついていても不思議ではない。

 エリックからしてみればダレル城塞の指揮をトゥユが取っていればと思う所もあるが、今はそんな事を考えても仕方がない事だ。


「だが、これで相手の狙いが分かった。私が囮となって革命軍を引き付けておくから君たちはその隙に逃げるんだ」


「ですが、それではエリック様が……」


 エリックの目を見たソフィアはその覚悟を感じ取りそれ以上は何も言えなくなってしまった。

 エリックは自分の死と引き換えに兵たちを逃がす事を選んだのだ。これ以上何かを言う事はその覚悟を汚してしまう事になってしまう。だからこれ以上は何も言えない。


「エリックさんだけだと逃げるのは無理かな。私も一緒に行かないと」


 その言葉にソフィアは瞠目する。


「それは駄目だ! あの数を相手にしては流石のトゥユでも無事ではいられない。分かっているのか!?」


「分かってるよ。でも、私が一緒に行かないと皆が逃げられないでしょ?」


「それはそうだが……。なら、私も一緒に行く。トゥユだけを行かせる事なんてできない」


 トゥユに一緒に行く事を告げるが、トゥユは静かに首を振ってこれを拒否する。


「ソフィアを連れて行く事はできない。ソフィアだけじゃなくティートも連れて行かない。これは私とエリックさんが行く事に意味がある物だから」


 それでも納得のいかないソフィアは更に食い下がろうとするが、


「副官って隊長の意を汲んで行動するんでしょ? もし、付いて来るなら貴方は私の副官じゃないわ。そんな副官は要らないし、欲しいとも思わないもの」


 そう言われてしまうとソフィアは何も言えなくなってしまう。


「大丈夫……とまでは言わないけど、私はこんな所で死ぬ気はないわ。そうね……貴方は隊を率いてイーノ村まで逃げて。あそこならマールさんって人が居るから何とかしてくれるわ」


 ソフィアは葛藤していた。副官としてはトゥユの指示に従った方が良いのだろうが、ソフィア個人としては指示に従う事に納得ができないのだ。


 ──神としての言葉と考えれば納得がいくか? いや、そうだとしてもやはり納得はできない。


 ソフィアは嫌われることを覚悟しトゥユに付いて行く事を決める。だが、そんな思いは儚くも崩れ去った。何故ならトゥユがソフィアの側にやって来てソフィアを抱きしめたからだ。


「私は死なないわ。だからお願い。皆を連れて逃げて」


 溢れる涙を止める事ができなかった。この人と離れたくない。その想いがソフィアの中に渦巻いていたのだが、トゥユの体温を感じその想いが崩れてしまう。

 膝をつき、トゥユの胸に顔を埋めるとソフィアは声を出して泣き始めた。トゥユは慈愛に満ちた顔で優しくソフィアの頭を撫でるとそれだけでソフィアは満足してしまうのだ。

 暫く泣き止まなかったソフィアが泣き止んだのを見計らい、トゥユは今の話を隊の皆に話に行く事にする。


 監視塔の門の前に集められたトゥユの隊とワレリーの隊は箱に乗ったトゥユを凝視している。

 トゥユの顔には仮面が付けられており、隊の者はそれだけで戦いが始まるのだと興奮した様子が隠せなかった。


「皆、良く聞いて。これから作戦を説明するわ」


 トゥユの言葉にざわついていた者は会話を止め、トゥユの方に注視する。


「エリックさんと私が革命軍の注意を引き付けるから皆は裏門からイーノ村に向けて撤退して」


 そこに居た者全員が唖然とする。てっきり「一緒に死のう」とでも言ってくれるかと思っていたのが、逃げてと言われてしまったのだ。


「隊長! そりゃないっすよ。俺たちは隊長の俺たちなら死ぬのなんて怖くない。ひと声かけてくれれば肉盾にでも何にでもならぁ」


 ルースが声を上げるとその場にいた他の兵も「そうだ! そうだ!」と同意して来る。


「これは命令よ。ここに居る人で私の命令が聞けない人は私の隊の兵じゃないわ」


 これには全員が黙ってしまい、トゥユの後ろで暗い顔をして控えていたソフィアの方を見るが、ソフィアは首を振るだけだった。


「俺たちはトゥユちゃんの隊じゃないから付いて行っても構わないか?」


 ワレリーが自分の隊は命令の範囲外だと強調し、付いて来ようとするが、


「それは私が認めん。ワレリー隊はトゥユ隊と行動を共にせよ」


 監視塔の中から出てきたエリックがワレリー隊に命令を下す。トゥユの命令は聞く必要はないが、エリックの命令となれば話は別だ。

 ワレリーは根っからの軍人でこういう場面でも上官の命令を無視する事などできなかった。思わず出た舌打ちを了解の合図としてワレリーが下がる。


「俺様はトゥユから離れる事ができないから何があっても付いて行くぞ」


「私も行くわ。あんな敵の中に突っ込んだらすぐに怪我を直さなきゃいけないでしょ」


 ティートとロロットがワレリーと入れ違いに前に出て来る。


「いいえ、貴方たちも付いて来ては駄目」


 トゥユが首を振るがティートはトゥユから離れられない事を理由に食い下がる。


「ティートはイーノ村からさらに奥に行った所にある魔の森で待っていて。そこでもう一度勝負をしましょう」


「それなら俺様も一緒に行っても同じ……だ……」


 ウトゥスが瘴気の放出を止めた事でティートが急に苦しみだした。


『残念だがトゥユの言う事は聞いてもらう。いくら貴様と言えど瘴気がなければ何もできまい』


 ティートがウトゥスを睨みつけるがウトゥスは全く瘴気を出す事をしない。


 ──ウトゥスもう良いよ。瘴気を出してあげて。


 瘴気が戻った事で息を切らしながらもティートは何とか持ち直した。


「ティート、これ以上は苦しめたくはないから言う事を聞いて。距離は離れてしまうけど、全くウトゥスからの瘴気が届かなくなる訳じゃないから先行して魔の森まで行けば、死んでしまうと言う事はないと思うわ」


 ティートもここで瘴気を断たれてしまえば付いて行く事もできない。悔しいがティートも付いて行く事を諦めざるを得なかった。

 トゥユはロロットの方を向くと、


「わ、私は何を言われても付いて行くわよ。怪我人を直すがの私の仕事だし」


 そっぽを向いてしまったロロットにトゥユは耳打ちをする。


「戻ったら一日貴方に付き合ってあげても良いわよ」


 体をビクッとさせたロロットは一日トゥユと一緒に居られる所を想像すると妖艶な顔が崩れてしまうのが分かった。だが、そんな事ではロロットの意思は変わらなかったが、最後の一言で陥落する。


「なんなら一緒にお風呂にも入ってあげる」


 この甘美な言葉にロロットは抵抗できなかった。ロロットは欲望に素直なのだ。

 兎に角、何とか全員を説得する事に成功したトゥユは全員に準備を進めるように命令した。逃げるのなら夜の方が良いのだが、エリックとトゥユの姿を見せるため、ここは敢えて昼間に作戦を決行する事にする。

 最後の夜、食糧庫の食料を全て使い、トゥユとエリックを囲んで食事会が行われた。全員命令に従う事を了承したのだが、やはりトゥユたちが生きて戻って来る所が想像できず、幾度となく静まり返る事もあったが、その度にソフィアが副官としての役目とばかりに場を盛り上げたのだ。


 宴会が終わり全員がその場に寝てしまっている所を抜け出しトゥユは革命軍の本陣を確認する。篝火が設置された本陣は監視塔からでもその場所が良く分かった。


『死ぬのが怖いか?』


 ──いいえ、死ぬのは怖くないわ。だって私は一度死んでいるもの。でも、死ぬ気もないわ。私の目標は何も達成されてないんだから。


 中天に鎮座する月が雲で隠れ始めた所でトゥユは自分の部屋に戻って行った。

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