第37話 一人の話
翌日、トゥユはウルルルさんに乗りエリックと共に門の前で準備を完了させていた。
門の開け閉めを任せた兵はトゥユたちが外に出た所で門を閉め他の兵に合流する予定だ。
「準備は良いな? それでは行くとするか」
「私は何時でも大丈夫だよ。生きてここを切り抜けましょ」
そんな願いは叶う可能性が殆どないと分かっていても言わずにはいられなかった。
「あぁ、生きて切り抜けよう。門を開けよ、お前たちは私たちが出たら門を閉めて後ろに居る隊に合流するんだ」
兵に指示を出し、エリックとトゥユはリシャール監視塔を出る。兵は命令通り門を閉めると涙を堪えることなく皆が待つ場所まで走っていった。
トゥユとエリックの姿を確認した革命軍は全周を包囲していた兵を正面に集める。もはやこの二人以外の兵とリシャール監視塔はどうでもいいのだ。
本陣の前に集まった兵は凡そ四千位だろうか。どうやらトゥユたちが降伏するために出てきているのではないと分かったのか、どの兵もいつ命令があっても良いように剣を抜き身構えている。
「向こうも準備は良いようだな。最後に一花咲かせるとするか。トゥユよ会えてうれしかったぞ」
「私も会えてうれしかったわ。生きてまた会いましょう」
その言葉を最後に両社とも馬を走らせる。最初に話し合いで左右に分かれ、少しでも兵を分散させることを決めていたため、エリックは右、トゥユは左に分かれ敵陣に向かって突っ込んで行く。
それと時を同じくソフィア率いる隊がリシャール監視塔の裏門からイーノ村に向かって脱出を図る。ソフィアが騎乗している後ろでロロットが何度もトゥユの名前を呼ぶが、その声が届く事はない。
トゥユが革命軍と接敵するが、ウルルルさんのスピードを落とすことなく敵の中を突っ込んで行く。
殺到する敵兵に対しトゥユは最小限の回避のみで敵を倒して行く事を最優先にする。ウルルルさんも立ち塞がる兵には容赦なく頭を踏みつけ超えてゆく。
ふとした時に見た右側ではエリックの姿は既に見えず、その生死はトゥユの所からでは確認する事ができなかった。
倒しても倒しても一向に減らない敵の数にトゥユの体力はどんどん削られていく。それにつれ敵から受ける攻撃の回数も増えて行き、体の各箇所から血が流れ出ている。
トゥユはエリックと別れるため、いったん左側を進んでいたが、一矢報いるため、本陣に向けて突っ込むようにウルルルさんにお願いする。
『トゥユよ、逃げるのではなく本陣を目指すのか?』
──だって、最初から本陣を強襲するのを目的としていたからね。逃げるだけなんて私には似合わないし、私たちをここまで追い込んだ相手にはちゃんとお礼をしておかないとね。
トゥユの進行を食い止めようとトゥユの正面に居た兵は急に方向を変えたトゥユにすぐには対応できず、本陣までの道は正面よりも敵の数は少なくなっていた。
それでもかなりの数の兵が行く手を阻んでいたのだが、トゥユは力を振り絞って戦斧を振るう。
『トゥユよ、見えたぞ。あそこが本陣だ』
ウトゥスが叫んだ先にはリシャール監視塔からも見えた本陣の天幕があり後少しの距離まで迫っていた。目標が見えた事でトゥユは再度気合を入れ今まで以上に敵を薙ぎ倒していく。
その天幕から逃げ出す人影があり、トゥユは直感的にその人物が革命軍の指揮官と分かった。ウルルルさんにその人物に向かって行くように指示をする。
周りに居た兵は全て片付け、指揮官に向けて戦斧を大きく構える。
「死ね!!」
気合の入った掛け声に合わせ戦斧を振り下ろす。その狙いは正確にブラートを捉えており、ブラートを切り裂く事ができた。
……はずだった。
トゥユの振り下ろした戦斧は腰を抜かして座り込んでしまったブラートの横を掠めるだけでブラートを殺す事はできなかった。
何故なら戦斧を振り下ろした瞬間に戦斧に横からの力が加わったのだ。それは遠くから投げられた剣が戦斧に当たったためで、剣の投げられた方を見るとジルヴェスターが馬上から剣を投げたのが分かる。
「チッ! 仕留めそこなったわ。でも戻る時間もない。ウルルルさん、このまま森まで走って!」
舌打ちをしたトゥユは本陣を駆け抜け、姿を隠せる森を目指して走っていく。
「ブラート様! 大丈夫ですか!?」
馬から降りたジルヴェスターがブラートに駆け寄り声を掛けるが、ブラートは初めて感じる恐怖に声も出ず、心ここに在らずの状態だった。
「衛兵! 早くブラート様の状態を確認しろ! 他の者は『総面の紅』を追え! 絶対に逃がすな!」
ジルヴェスターが各方面に指示を飛ばす。衛兵が駆け寄ってきたのと同時に残りの兵はトゥユを追って走っていった。
「この状態で本陣に向けての一点突破とはな。敵ながら恐れ入る。何とか兵たちが仕留めてくれればいいのだが……」
ジルヴェスターがブラートの側でトゥユの逃げて行った方を見つめていると報告が入る。
「兵がエリックを囲み、その首を討ち取りました」
トゥユには逃げられてしまったが、エリックの方は無事討ち取れた事にジルヴェスターは安堵する。革命軍の当初の目的である王族の滅亡がなったのである。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
森の中を巧みに木々を避けながらウルルルさんはスピードを落とす事なく進んでいく。
トゥユは全ての力を使い果たしたのと受けた傷の影響でウルルルさんにもたれ掛かるように体を預け、動かなくなっていた。
『ウルルルさん、ここから一番近くの魔の森まで行ってほしい。君もトゥユも瘴気に対しては耐性があるから少し入ったぐらいでは何ともないと思うわ』
気を失っていても戦斧だけは離す事のないトゥユを心配し、ウトゥスは魔の森に行くようにウルルルさんお願いする。
ウトゥスはそれと同時に瘴気をできるだけ放出し、革命軍の騎馬が瘴気に怯えて追って来れないようにする。
その影響は絶大で革命軍の軍馬は瘴気に触れたとたんに怯えだし、これ以上トゥユを追う事ができなくなっていた。
丸二日程走り続けただろうか。ウルルルさんはリシャール監視塔から一番近い魔の森の前に辿り着いていた。
『ようやく着いたようね。ウルルルさん、このまま魔の森に入ってちょうだい。大丈夫、何も怖くないわよ』
魔の森に行くには川が流れており、ウルルルさんはトゥユを乗せたまま川を渡り終わると魔の森に入っていった。
少し奥に入っただけで辺りの瘴気は今まで居た所の何倍もの濃さがあり、普通の人間なら既に歩けなくなっている程だった。
『この辺で良いわ。トゥユをそちらの木の所に寝かせてくれないかしら』
言われた通り、ウルルルさんはトゥユを木に凭れ掛けさせるように降ろすと心配そうにトゥユを見つめた。
トゥユは静かに細い息を吐いており、死んではいないがかなり弱っているのがその表情からもわかる。
ウトゥスはトゥユの頭から果物が熟して落ちるように地面に落ち、仮面のあった場所から徐々に土が盛り上がって人の形を作っていった。
暫くすると、土は完全に人型となり、高貴な人に仕えるメイドの姿になった。
服装は黒を基調にしたメイドドレスで動きやすさと品を保持しており、王都で勤務していても違和感のないものだ。
トゥユとソフィアの中間ぐらいの胸の大きさは、腰まである黒髪が風に吹かれてなびくと、月の光に照らせれて夜の闇に煌めいた。
「久しぶりに人型となったが、トゥユの従者といえばこんな感じでしょうね」
遠めで見ればどこからどう見てもメイドの姿なのだが、顔に着いている仮面がメイドとしては有り得ない雰囲気を醸し出している。
「さて、始めましょうか。ウルルルさんはもう少し離れていてちょうだい」
ウルルルさんはメイド姿の女性をちゃんとウトゥスと認識しているのか、ウトゥスの言葉通りにトゥユから距離をとった。
その様子を見たウトゥスは両手をトゥユの方に向けると、なにやら呪文のような物を唱え始めた。
両手からは黒い靄のような物がトゥユを包み込むと、トゥユの傷はどんどん塞がっていく。
その様子はロロットが治癒魔法を使うのと同じような感じだが、ロロットの治癒魔法ではここまで早く傷を治す事はできない。
それはウトゥスがロロットより数段上の治癒魔法を使っている証左であり、トゥユにとっては九死に一生を得る結果だった。
「これ位傷が塞がれば、もう死ぬ事はないでしょうね。後は安静にして栄養を取らせれば問題ないかな」
治癒魔法を止めたウトゥスは立ち上がると、更に森の奥に消えていった。
一時間も経たずに戻ってきたウトゥスの手には熊のような生き物を引き摺っており、もう片方の手には黒い人参のような物を抱えていた。
ウルルルさんの前に来たウトゥスは手に持っていた人参のような物を地面に置くと、ウルルルさんに食べるように促す。
「見た目は悪いが、味は問題ないわ。食べてちょうだい」
ウルルルさんもこの二日間、何も食べていなかったので一気に人参に齧り付き、嬉しそうに咀嚼し始めた。
当然、この人参は普通の人が食べてしまうと死に至る程の瘴気を含んでおり、それは動物であろうとも同じであった。だが、ウルルルさんの瘴気への耐性は人参を食べた位では何ともなかった。
ウトゥスは美味しそうに人参を食べるウルルルさんを横目に熊の解体を始めた。
ウトゥスが顕現する時に一緒に作った短刀を懐から出し、ルースの手際をも凌駕する速さで熊を解体したと思ったら、串に肉を刺し火で炙り始めた。
「うーん、焼いた肉では今のトゥユは食べにくいかな。それならスープに入れた方が柔らかくなって良いかな」
ウトゥスは一旦半分ほど焼けた肉を火から外すと、鍋を作り出しそこに水を汲んで火に掛け始めた。
その中に焼いた肉や採ってきた野菜を入れコトコトと煮始めた。
トゥユが目を覚ましたのはウトゥスが料理を始めてから更に一日経ってからだった。ウトゥスはその間、火を絶やすことなくずっと鍋の管理をしていた。
ウトゥスはトゥユが起きたのに気付くと鍋から離れ、トゥユの所まで近寄っていく。
「貴方は誰? なぜ私の仮面を着けているの?」
トゥユは近づいてきた人物に見覚えがなかった。いや、仮面は見覚えがあるのだが、それがウトゥスとは分からなかったのだ。
ウトゥスはトゥユの前に立つと、徐に片足を引いて頭を垂れた。
「この姿ではお初にお目にかかります。トゥユに名を貰ったウトゥスです」
ウトゥスがスカートの端を持ち上げると綺麗なカーテシーの姿になった。ウトゥスの自己紹介にトゥユは驚いたような表情を浮かべたが、体はまだ自由に動かせず、もどかしい思いをしていた。
「貴方、ウトゥスなの? そんな姿にもなれたんだ。だったらもっと早くその姿になってくれれば良かったのに」
トゥユはウトゥスのメイド姿にもっと早くその姿を見せてくれればと残念がるが、ウトゥスは首を振って否定する。
「この姿になれるのには、相応の瘴気が必要なのです。更に今まで食事で得た魂も大量に消費するので、この姿を維持するだけでも大変なのです」
「そうなんだ。その姿になるにも色々あるんだね」
トゥユはウトゥスの言っている事が余り理解できず、大変だなと言う印象を持っただけだった。
「所でここはどこなの? 見たことない場所だけど」
その問いにウトゥスはすぐに答えず、鍋の所まで歩いていくと、スープをよそってトゥユに手渡した。トゥユは手渡されたスープを見ると、大きな肉と野菜が入っており、見ただけでお腹が鳴ってしまった。
「まずは食事を。話はその後にしましょう」
ウトゥスの口調が前と微妙に違うのも気になったが、食欲には勝てず、トゥユはスプーンで肉と野菜を一緒に掬うと口の中に入れた。
長時間煮込んだ事により野菜はスープを吸ってとても美味しく、肉は口に入れた瞬間崩れ、細い肉の繊維に変わるが、少し焼いた後に入れたため、焼いた部分のカリッと言う歯応えは残っており非常に美味しかった。
ウトゥスの意外な料理の才能にトゥユは驚きを隠せない子だったが、まずは全て食べてしまう事を優先した。
トゥユの食事が終わったのを見計らってウトゥスが口を開く。
「ここはリシャール監視塔から一番近い魔の森を少し入った所で、誰も追って来る事のない安全な場所です」
「そうなんだ。黒い靄のような物が辺りを覆っているから不思議な所だと思ったけど、ここが魔の森って言う所なんだ。じゃあ、私はもう直ぐ死んじゃうの?」
魔の森に入っているというのにトゥユは落ち着いたままだった。魔の森に入った人間は死んでしまうと言う事を聞いていたトゥユは自分も同じように死んでしまうのだと思ったが、
「トゥユは死ぬ事はありません。私と一緒に居たため、耐性が付いておりある程度の瘴気の中では影響は受けなくなっています。ただ、もっと奥の濃い瘴気の所まで行ってしまうと耐性も効かなくなってしまいますが……」
これ以上、奥に行く必要はないのでここが安全ならそれで良いと思いトゥユは安堵する。
「私、途中で気を失ったと思うんだけど、どれ位寝ていたの?」
「確か三日位かと」
「そうなんだ。みんなは無事かな? ウトゥスは皆と連絡取れる?」
仮面を着けている……というか仮面が本体のため、表情は変わらないのだが、ウトゥスは申し訳なさそうな顔をしているのがトゥユには分かった。
「申し訳ありません。距離が離れているため、ここからでは連絡が取る事ができず、無事かどうかは……」
最後は口篭ってしまったウトゥスにトゥユは「気にしないで」と声を掛けると、突然体を起こそうとする。
傷が塞がっていたので起きられるだろうと思ったのだが、予想に反して力の入らない体に戸惑いを覚える。
「あれ? 何で私の体動かないの? ウトゥス何かした?」
「私は何もしておりません。ただ、傷は治癒魔法で治しましたが、血がまだ足りておらず、尚且つ疲労もちゃんと抜けていないので力が入らないのかと」
早く皆が無事か確かめたかったのだが、体が動かない事には確かめに行く事もできない。
「じゃあ、何時になったら動けるようになるのかな?」
「多分、後一カ月位は掛かるのではないでしょうか」
一カ月という長さに衝撃を受けるが、今のトゥユにできる事など何もない。なので、ここは大人しく傷を治すことに専念する。
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