第23話 撤退の話


 ソフィアは砦に向かって走っている途中で、ウルルルさんが森に向かって走っていくのを見つけた。

 しかも本来乗っているはずのトゥユが乗っておらず、男性が項垂れた感じでウルルルさんにしがみ付いている。

 多分、トゥユが自分の代わりに誰かを乗せて、ウルルルさんに運んでもらっているのだろうとソフィアは予想する。

 そう考えるとソフィアはこのまま砦に向かって良いのか少しだけ考えると、一緒に走っているルースたちに声を掛ける。


「私たちはあの馬の後を追うぞ。付いて来い!」


 ここまで走って来ての声だったので、息が苦しかったのだが、一気に捲し立てる。


「良いのか? 隊長は砦に居るのだろ?」


 ルースたちも立ち止まり、息を整えながら疑問を口にした。だが、ソフィアの考えは変わらない。

 後ろを見ると革命軍の兵が川を渡り始めており、このまま砦に行ったとしても挟撃されるばかりか、砦では逃げ道もなくなってしまう。

 その事まで考えてのトゥユの行動かは分からないが、ソフィアはウルルルさんを追う事こそがトゥユの意を汲んだ行動だと信じる。


「大丈夫だ。もし私の判断ミスなら全ての責は私が負う」


 そう言われてしまうとルースたちも従う他にない。ルースは他の二人の顔を見ると二人も同じ考えのようでお互いに頷く。


「分かった。アンタを信じるよ。もし、隊長に怒られたらアンタが庇ってくれよ」


 よほどトゥユに怒られるのが怖いのか、ルースは怒られた時に庇ってくれるのをソフィアに期待する。


「フフフッ、大丈夫だ。トゥユはこんな事では怒らないよ」


 怒られた時のフォローはソフィアに任すとして、ルースはウルルルさんが走って行った方を見る。

 これから更に森に走って行く事を考えると少しげんなりするが、ここに留まっていても革命軍に追いつかれ死んでしまうだけだ。


「休憩もこれ位で良いだろう。そろそろ行くぞ」


 どうやらソフィアは休憩を入れてくれていたようだ。気合を入れ直し、重い鎧が擦れ合い、初心者が演奏する時の雑音のような音をたてながら、ソフィアに続いて走り始めた。



◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇



 トゥユが門を出た所で立ち止まると、川の方から逃げて来る王国軍の兵とそれを追う革命軍の兵が砦に向かって走って来るのが見えた。

 砦の中の兵は巻いて来たのだが、このままではすぐにでも再び集まって来て挟み撃ちになってしまう。

 トゥユがウルルルさんが駆けて行った方を指さして砦に来ないように指示をするが、誰もその指示に従う者は居ない。


「あいつ等の意識をこちらに向かせればいいのだな? それなら俺様に任せろ。その代わり耳を塞いでおけ」


 ティートがトゥユのやろうとしている事を理解し、二人に耳を塞いで置くように言うと、トゥユとロロットが急いで耳を塞ぐ。ティートは息を思い切り吸い込むと、胸部が異常なほど膨れ上がる。


「グォォォォ!!!」


 ティートが思い切り叫び声を上げるとトゥユは衝撃波が体に当たるのを感じた。

 その声の大きさは数キロ先に居ようとも問題なく聞こえると思える程の大きさで、逃げてくる兵の注意をこちらに向かせるには十分だった。

 耳を塞いでいても襲ってきた耳鳴りを我慢しながらトゥユはウルルルさんが走って行った方を指さしながら自分も走り出す。


 それを見た王国軍の兵は砦に行ってはいけないと言う合図だと理解をし、一人がトゥユの走っていく方向に走り出すと、周りにいた者も続いて方向を変えて走り出す。

 流石に全員が……とはいかず、何割かの兵は砦に向かって走って来るが、全員を助ける事は無理だと判断し、指示に従った者の救援を優先することにする。


 逃げてきた兵と合流したトゥユは兵たちの最後尾に付いて走ると、徐に足を止め革命軍の追手に向き直る。

 トゥユの動きに合わせ、ティートも同じように足を止めて革命軍の方に向く。


「ねぇ、ちょっと、何してるの? 早く逃げないと」


 ロロットがティートの背中に捕まりながら走っていく王国軍の兵と迫って来る革命軍の兵を交互に見る。


「どこかで一回追い払っておかないとずっと付いて来ちゃうからね。この辺りでやっておこうと思って」


 ここまで結構走って来たのだが、息切れ一つせずトゥユは戦斧を構える。


「それは賛成だな。俺様は逃げるのは性に合わん」


 ティートに至っては今までの行動が全て準備運動であったかのように軽くジャンプを繰り返す。

 その動きにロロットは何とかしがみ付き振り落とされないようにするとティートの髪を掴んでジャンプを止めさせた。


「貴方、私が後ろに乗っているの忘れてるでしょ! 少しは後ろの事を考えてよね!」


 ロロットが怒鳴るとティートは舌打ちをして顔を顰める。だが、革命軍の兵が近づいてきているのですぐに気持ちを切り替える。

 勢いに任せ突っ込んで来る革命軍にトゥユとティートはそれそれが手にする武器を思いっきり振るった。その間合いに居た兵士が拉げ血をまき散らすと、僅かだが突進が緩む。

 更に二度、三度と繰り返すと革命軍は王国軍を追うのを止め、その場に立ち止まってしまった。


 トゥユたちと革命軍の兵の間に一陣の風が通り過ぎる。


 騎馬に乗った兵が前に出てきた。トゥユはその顔に見覚えがあり、一度は上官と思い挨拶をしに行った男だった。

 トゥユは「やはりな」と心の中で思い、裏切られたという感情は一切沸いてこなかった。

 お互い無言で対峙する中、ザックが馬の腹を蹴りトゥユに向かって槍を突き出してくる。トゥユはその攻撃を難なく躱すとザックは獲物を剣に変えトゥユの周りを廻りながら攻撃して来た。

 ベニテスの攻撃のような重さもないし、ジルヴェスターの攻撃のような鋭さもない。ザックの攻撃はただ、凡庸だった。

 周りにいる兵たちは固唾を飲み、この攻防の行方を見守っているが、トゥユとしては見世物にされるのも馬鹿らしいと思い一気に勝負を決めに行く。

 今までただ防ぐだけでいた攻撃を戦斧で押し返す事でザックの態勢を崩し、そこにできた隙を利用し一回転しながら遠心力を付け、馬の首事ザックの胴体を真っ二つにする。

 首を失くした馬が倒れる時にザックの体を押し潰し、斬られた個所から大量の血を噴き出した。


「真っ赤な中に仮面が居る……。紅の中の仮面……。総面の紅……」


 一人の兵が呟くと、ティートが嬉々として兵たちに斬りかかった。

 たった二人(背中に一人)の抵抗に革命軍は総崩れになり砦に向かって逃げ出した。

 それでも攻撃を止めないティートはどんどん屍の山を作っていくが、時より来る攻撃をギリギリの所で躱すたびにロロットから悲鳴が聞こえた。


「キャァァァァ! あなた何やってるのよ! 避けるならちゃんと避けなさいよ! 私に当たったら死んじゃうじゃない」


 そんな悲痛な叫びを無視しながら辺りに動いている者がいなくなるまでティートは剣を振るった。


「まだ物足りないが、こんな所で良しとするか」


 死体の山を見て多少は満足できたとばかりに言い放つティートの頭をロロットはポカポカ叩いている。


「面倒臭い女だな。そんなに俺様の背中が嫌なら自分の足で立って走ればよかろう」


「面倒臭いってどういう事よ! それに自分で走れるならとっくに走っているわよ!」


『トゥユよ、そろそろ我々も森に行った方が良いのではないか?』


 ウトゥスに言われるまでもなく、相変わらず中の良さそうな二人にトゥユは割って入る。


「楽しそうなところ悪いのだけど、そろそろ私たちも行きましょ。これ以上は追って来ないと思うけど、来たら面倒臭いしね」


 ロロットは楽しそうと言われたのを心外とばかりに言い返そうとしたが、ティートが走り出してしまったため、体にしがみ付くのに必死で言い返す事ができなかった。



◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇



 トゥユたちがウルルルさんにお願いした集合場所に着くとエリックを始め、数百人の兵が一様に地面に座り込み頭を垂れていた。

 その雰囲気は森の中の暗さに輪をかけたような暗さで、誰一人として会話をしている者は居なかった。


 そんな中トゥユの元に走って来る者がいた。ソフィアたちとウルルルさんだった。

 トゥユはウルルルさんの顔を優しく撫でてあげながらソフィアからここに来てからの状態の報告を受けた。

 エリックは無事だが、他の兵はかなり傷を負っており、至急治療をしないと命の保証がない者も多いそうだ。


 トゥユがロロットの方に視線を向けると、「分かってるわよ」と言ってティートから降り、ルースに連れられ重傷者の元に連れていかれた。

 どうやら抜けていた腰は元に戻ったようで、まだ歩き方がぎこちないが一人で行動するには問題ないようだ。


 ここからの行動を考えるため、ソフィアを連れてトゥユは岩の上に座っているエリックの所まで来た。

 ソフィアから上官を見下ろすような位置は拙いと言う事なので、トゥユたちは地面に座ってエリックに今後どうするか尋ねる。


「エリック様、このままここに居ても、何時革命軍の追手が来るか分かりません。私はダレル城塞への撤退を進言いたしますが、どういたしましょう」


 ソフィアが自分の考えをエリックに伝えるが、エリックは砦が落とされたのが余程ショックだったのか魂が抜けたように動かない。

 ソフィアはトゥユに「どうする?」と目で合図を送ると、トゥユは立ち上がりエリックを見下ろす。


 バチィィィーン!!


 静かな森の中で急に響いた音に周りにいた兵たちが一斉にトゥユの方を向いた。

 上官に手を上げるなど軍法会議を通さずとも打ち首になっても可笑しくないが、今のトゥユにその事を言う者は居なかった。

 エリックの頬を思いっ切り引っ叩いた後、エリックの髪を鷲掴みして無理やり目を合わせさせる。


「貴方は今、ここで一番上の人。貴方の指示でここに居る人間の命がどうなるか決まるの。もし貴方がこのまま動かないのであれば、私は貴方の首を刎ねてここの指揮を執る!」


 トゥユの一連の行動に、茫然自失となっていたエリックの目に少しだが力が戻る。

 砦の陥落、兵の損失、作戦の失敗。エリックの中で色々な事が渦巻、考える事さえ拒否をしていたのだが、トゥユの一喝で再び頭を回し始める。

 その目を見たトゥユは掴んでいた頭を離し、再び地面に座ると「失礼しました」と一言だけ言ってエリックの方を見る。

 暫くはまだ無言のままだったが、何とか動かした頭でトゥユに命令を下す。


「ダレル城塞へ撤退する……。指揮は其方たちに任せる」


 エリックからの言質を取ったトゥユはソフィアを連れてその場を離れると逃げてきた兵たちに指示を飛ばす。


「これからダレル城塞に向かって移動を開始する。動ける者はすぐに準備を。動けない者はここに置いていく」


 凛とした声が森に響き、比較的無事な者から立ち上がり始めると動ける者が続々と立ち上がり始めた。

 道を知っているソフィアにウルルルさんに乗せたエリックを連れて先頭を任せる。その後に続いて動ける兵が続々と続いていくが、ここに居る一割程の人間はどうしても動けないようだ。

 ロロットは最後まで治癒魔法をかけ少しでも生き残る可能性を増やしているが、重傷者を直すには余りにも時間が少なすぎた。


「もう少しだけ治療をさせて。もう少しだけ時間があれば……」


「駄目だよ、すぐに移動を開始して」


 ロロットの願いをトゥユは断腸の思いで断ると、後ろ髪を引かれる思いで重傷者を見つめたロロットは隊列に向かって走り出した。

 惨い事をしてしまったと思うトゥユだったが、生き残るためには仕方がない事だと割り切るしかなかった。

 その場にはトゥユと動けない者達だけが残った。他の者は先に行ってしまって何を言おうが聞かれる事はない。


「済まない。恨みたいなら恨んでくれ。その業を背負って私は生きていく」


 立ち上がれない者たちにトゥユが頭を下げ、謝罪の言葉を述べると一人の兵が言葉を発する。


「気にする事はない。俺たちだって動ければ、動けない者は見捨てていく。あんたの判断は間違っちゃいない。王国を頼むぞ」


 その言葉を言った者はその後、眠ってしまったのか死んでしまったのか目を瞑り動かなくなった。

 幾ら割り切って考えたとしても、トゥユは溢れる涙が止まらず言葉が出なかった。何時までも此処に居る事はできないので、トゥユは動けない者に向かって最後にもう一度、一礼をしその場を後にした。

 涙を拭いながら走るトゥユはレリアたちの隊列の最後尾に付き、振り向く事はしなかった。

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