第22話 伏兵の話


 騎馬が引いたことで、どうにか戦線を維持できるだけには持ち直した事を感じたトゥユはワレリーに声を掛け、一旦ティートたちの所に戻る事にした。

 行き掛けの駄賃とばかりに目に付いた兵を切り倒しながらティートたちの所まで戻って来たトゥユは辺りを見渡して次にどう動くべきか考える。


「トゥユ戻ったのか。これからどうする?」


 全身返り血を浴びているソフィアを見る限り、ソフィアも相当数の敵を倒したのだろうと思う。


「そうだね。思った以上に敵の数が多いし、取り敢えずは現状維持で良いんじゃないかな?」


 辺りを見渡しても何処も拮抗している状態で、敢えて加勢に行かなければならない状態ではない。

 ただ、トゥユは辺りを見渡していて気になっている事があった。


「砦から煙が上がっているように見えるんだけど、あれって何だろうね」


 ソフィアは慌てて砦の方を見るが、ここからでは砦の後ろの崖と煙が同じような色になっており煙が上がっているのどうか確認できない。


「確かに煙が上がっているな。出る時は煙何て上がってなかったはずだがな」


 ティートも近くに来て砦の方を見ると、ティートの目には確実に煙が上がっているように見える。

 何せティートは魔の森の出身なので視力は人間に比べると格段に良いのだ。


「どうするトゥユ。戻らないと砦が危ないかもしれないが、ここを離れると戦線が崩れてしまうぞ」


「そんなの決まってるわ。砦に戻りましょう」


 トゥユはあっさりと砦に戻る事を決断する。あまりの決断の速さにソフィアは何か理由があるか尋ねたが、返ってきた答えは「勘!」の一言だった。

 ソフィアとしてはトゥユの決断に異を唱えるつもりは無かったが、その返ってきた答えにトゥユらしさを感じ自然と笑みがこぼれる。

 ソフィアが早速、川の方に船の準備に向かう。トゥユは一旦前線に戻りルースたちに砦に戻る事を伝えると、ルース達に船の所に行くように指示をする。

 トゥユはそのまま前線に残り、目につく敵を手当たり次第に倒し時間を稼ぐ。


「トゥユ、準備ができたぞ!」


 川の方から聞こえた声にトゥユは以前やった時と同じように戦斧を団扇代わりにし、土煙で辺りの視界を奪う。

 その隙にトゥユは素早く船まで戻り、出発しかけていた船に飛び乗ると船は勢いよく出発した。


 川には来る時に矢や魔法で撃たれた王国軍兵の死体が障害となっており、なかなかスピードに乗って進む事ができない。

 舵も無い小舟では兵士の死体を避ける事もできないので、ルースが船首部分で死体を掻き分ける役目を負う事で何とか進む事ができている状態だ。


 やっとの思いで対岸まで辿り着くとソフィアは何とか砦の様子が伺えた。

 砦は多数の兵が取り囲んでおり、その中には破城槌で門を破壊しようとしていたり、火矢で砦の中に火を放つ者もいる。

 王国軍も城壁の上から矢を放ったりと中に入らせないようにしているが、城壁の至る所に梯子を掛けられており、そこから次々と革命軍の兵が登り砦が落ちるのも時間の問題と思える。


 トゥユたちのいる場所からはまだ距離があるので走っていくしかないのだが、ティート以外は鎧も付けているため、それ程速くは走る事ができない。

 トゥユにしても一瞬の素早さならティートに引けを取らないのだが、長距離となるとティートの速度に付いて行くのは難しい。


「ティートは先に行っちゃって良いよ。私たちは後から追いつくから」


「ガハハハッ、優しい俺様はトゥユの分はちゃんと残しておくから焦らず来るとよい」


 初速から人間が出せる速度以上の速さで走り去るティートの背中を見送り、トゥユたちも走り出そうとした時、トゥユの場所だけ急に暗くなった。

 トゥユは不思議に思い顔を上げると、そこには森で待っているはずのウルルルさんが立ち塞がっており、早く乗れよと言わんばかりに嘶く。


「ウルルルさん! 来てくれたんだ! 嬉しい!」


 突然の再会にトゥユは破顔して喜んだ。


『我がウルルルさんを呼んでおいた。必要になると思ってな』


 ウトゥスはトゥユたちが船で進んでいる間にウルルルさんに連絡を取り、ここに来るようにお願いしたのだ。

 トゥユは再会の嬉しさで一度だけウルルルさんを抱きしめると、その余韻を楽しむ事も無く早速ウルルルさんに跨り、ソフィアたちに後から付いて来るように命令しティートの後を追う。


 ルースたちは唖然としその場から動けなかった。いきなり馬が現れたと思ったらトゥユがその馬に跨って自分たちを置いて行ってしまったからだ。

 そんなルースたちに喝を入れるようにソフィアが「行くぞ!」と声を掛けてから走り出した。我に返ったルースたちも慌てて後を追い砦に向かって走り出した。



◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇



 トゥユたちが抜けた戦場では戦線が崩壊しつつあった。

 更に森の中からジルヴェスターを除いた騎馬隊が戻ってくるのと同時に、ザックが王国を裏切り革命軍として王国兵を攻撃し始めたのだ。

 その数はザック隊の凡そ三割ほどの人数だが、元々いた革命軍の兵と合わせると王国軍の兵が抑えておける数では無くなった。

 一気に傾いた戦況を再び元に戻す力は王国軍には残っておらず、戦場は残党狩りの場に変わっていった。


 ワレリーはトゥユと別れる間際、トゥユたちが戦線を離脱したら速やかに逃げるように言われていた。

 本隊が革命軍の本陣を潰してしまえば王国軍の勝利なので、ワレリーたちが戦線を維持していればその内勝利の報が届き、逃げる必要などないのだが、ワレリーはその言葉を無視できずにいた。

 僅かな時間とは言え隊を救ってくれた恩人の助言を無視する程ワレリーも頭が固い訳では無いので、戦いの最中もトゥユの動向に注意を払い戦いを続ける。


 暫くするとトゥユの部隊が船に乗り戦線を離脱するのが見えた。

 一体何があって戦線を離脱するのかワレリーには分からなかったが、ともかく恩人の言葉に従う。

 先ずは川をもう一度渡り、砦にさえ戻れば立て直せると思い声を上げる。


「ワレリー隊は船に乗れ! 戦線を離れるぞ!」


 その言葉を聞いた部隊の兵は革命軍の兵を牽制しながら船に乗り、川を渡り始める。

 早めに船に付いた兵は使わなそうな船を破壊し、革命軍がすぐに追って来れないようにしたのが功を奏し、ワレリー隊は戦線を離脱することに成功した。


 船から戦場を見つめていたワレリーが森から革命軍の騎馬が出てきたのを見て、本隊の襲撃が失敗したのだと悟った。

 それと時を同じくし、ザックの部隊の方でも戦線が崩れ、王国軍は一気に窮地に陥っていた。


 ──トゥユと言う少女はここまで戦況を読んでいたのだろうか?


 もう少し退却するのが遅ければ船に乗る余裕もなく敵に殺されていただろう。それを思うとトゥユの戦況を嗅ぎ分ける嗅覚はとても常人が持っている物とは思えない。

 王国は近い将来、滅亡するとワレリーは思う。だが、トゥユのような人間がいるのなら最後まで王国兵として戦うのも良いかも知れないと思えて来る。


 トゥユとワレリーの部隊が抜けた戦線は総崩れを起こしていた。

 ワレリーの近くの船は壊してあるのですぐには追って来れなが、他の場所には船があるのでそれを使ってすぐに追っ手が来ることが予想できる。

 川を渡る王国兵が少ないお陰で弓兵による攻撃が無いのが幸いだが、川を渡り終わった後の行動を考える。


 砦に戻って態勢を立て直すのが最善の策だろうが、どうも船から見る限り砦も攻撃を受けているように見える。

 何処かに革命軍の伏兵が居て、王国軍が攻勢に出た所で砦の攻撃を始めたのだろうと推察する。

 このまま砦に戻ったとしても無駄に兵を減らしてしまうだけになってしまう。ワレリーは意を決して部隊に命令を下す。


「全軍川を渡り切ったら森に向かって走れ! 敵の兵から身を隠しダレル城塞を目指すぞ!」


 部下は無言で頷き早く川を渡るため、手で水を掻いたりして少しでもスピードを出す。

 本来、戦線を勝手に放棄したと言う行動は軍法会議に掛けられても可笑しくないが、弱体化している王国では逃げただけでは軍法会議に掛けられる事は無いとワレリーは判断する。

 そもそもワレリーの部隊が逃げ出したなどと言う兵は殆どが土に帰っているので誰もそんな事は言わないだろう。


 川岸に辿り着き、部下の兵全員が森に向かって走り出したのを見届けた後、ワレリーは砦を見る。


 ──トゥユよ、生きてまた会おうぞ


 心の中で呟き、ワレリーも森に向かって走り出した。



◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇



 トゥユがウルルルさんに乗って走っているとティートが砦の前にいた兵士と戦闘を行っている。

 城門は既に開かれ、砦の周りにいた革命軍の兵は殆どが砦の中に入っているが、残っていた兵と戦っているのだ。


 トゥユはティートに目配せすると、ティートは犬歯を見せて応答し、トゥユはそのままの勢いで砦に入って行った。

 砦に中は革命軍の兵によって壊された建物の残骸や、殺された人で地面が溢れかえり足の踏み場も無い程荒らされている。


「アハハハッ、こんな狭い所に人が一杯だよ。これなら適当に戦斧を振っても敵を倒せちゃうね」


『我はそれでも構わんがな。食事は多いに越した事は無い』


 言葉の通り適当に戦斧を振るってみると悲鳴が聞こえ、血が飛び散った。

 適当に戦斧を振るうだけで敵を殺せる事を面白いと思ったトゥユはウルルルさんを走らせ、何も考えずに笑い声をあげて戦斧を振るっていく。

 ウルルルさんが目の前にある障害物を避けるため大きくジャンプをし、飛び越えると何か果物でも踏み潰したような音がし、ウルルルさんを止めて音のした方を見ると、一人の兵が頭を踏み潰され死んでいた。


「ウルルルさんも気合一杯だね。この調子でどんどん倒していこう!」


 トゥユの掛け声に合わせ嘶くと再びウルルルさんは駆け始めた。

 戦斧を振るい手当たり次第に敵を倒していき、一人の兵の首元に戦斧が迫った時、戦斧がピタリと止まった。

 そこに居たのは革命軍の兵では無くエリックだった。


 エリックは首元に突き付けられた戦斧のため、身動きが取れず固まっている。ゴクリと唾が喉を通り過ぎる音がすると戦斧はやっと下ろされた。


「貴方は確か……エリックさんだ。なんでこんな所に居るの?」


 トゥユがウルルルさんで突っ込んだ所はちょうど、革命軍の兵がエリックを取り囲んでその首を狙っている所で、適当に戦斧を振っていた為分からなかったが、囲んでいた兵を切り伏せてエリックの所まで辿り着いてしまったのだ。


「おぉ、貴君はベニテスを倒した……トゥユ、そう、トゥユだったな。仮面をしているから分からなかったが間違いない」


 やっと仮面の少女がトゥユだと分かるとエリックは少し安堵した。中に入ってきた革命軍の兵を迎え撃つため外に出てきたのだが、一緒に出てきた部下は皆死んでしまったからだ。


「トゥユがいればこの戦まだ負けたわけではない」


 エリックはトゥユが来た事により力を取り戻すが、どう見てもこの戦は負け戦だ。

 トゥユはウルルルさんから降りると、有無も言わさずエリックをウルルルさんに騎乗させる。


「何をしておる! 私は砦の最高責任者として最後まで戦うぞ!」


 騎乗してまでそんな事を言うエリックにトゥユは仮面を外し、満面の笑みで「邪魔」と一言だけ言うと仮面を再びつける。

 ウルルルさんに待っているように言った森まで運ぶように頼むと、ウルルルさんは一度だけ嘶き門に向かって走り出した。

 革命軍の兵は何が起こっているのか分からなかったが、エリックが逃げようとしているのだけは理解できたので、一斉にウルルルさんに向かって来たが、ウルルルさんは軽く頭上を飛び越え走り去ってしまった。

 エリックと言う一番の褒賞首を逃した兵たちは悔しがっていたが、無慈悲にトゥユの戦斧が兵たちを襲い、兵たちの後悔を違う意味で拭い去った。


 ティートは門の前にいた兵士を粗方片付けると砦の中に入ってきた。砦の中には沢山の革命軍の兵がおり、ティートにはそれが美味しそうな獲物に見えた。

 目に付いた者から棘の剣で斬り殺し、得物が少なくなると沢山いる所に走って行き更に斬り殺していく。

 一人の座り込んでいる兵に剣を振り下ろそうとした時、その兵から声がかかった。


「待って! 待って! 待って! 貴方確かソフィアと一緒に居た人よね? 私のこと覚えてない?」


 ロロットが必死にティートに訴えかけるが、ティートは部隊の人間の顔の区別はつくが他の者の区別はつかないのでロロットが誰か分からなかった。

 何とか思い出そうとするティートだが、後ろから別の兵が攻撃して来たのを振り向きざまに殺すと考えている事が馬鹿らしくなってしまった。

 この砦に居る味方はトゥユのみ。それ以外は全て敵。そう考える事にしたティートは再びロロットの方を向くと剣を振りかぶった。

 それが自分を殺そうとしているのだと分かり「どうして覚えてないのよ」と叫びそうになったロロットだが、恐怖の方が先に来てしまい、涙と一緒に下半身から出たもので地面を濡らした。


「ティート駄目だよ。女性には優しくしないと」


 その声の方を向いたティートが剣を降ろした事で、ロロットは生き残ったと思い、抜けてしまった腰で必死にトゥユの元に這って行った。


「その女は知り合いか? 俺様には区別がつかんので、殺してしまおうと思ったのだが」


 ロロットは自分の事を覚えていなかったティートを睨みながら涙をぬぐった。


「貴方! 味方の顔ぐらい覚えておきなさいよ!!」


 イラっと来たティートはトゥユに縋り付いているロロットの方に近づくと胸倉を掴んだ。


「俺様はトゥユ以外の顔はどれも同じに見えるんだ! そんなに生きたきゃ自分で何とかしな!」


 それだけ言うとティートは手を離して背中を向けてしまった。


「二人共仲が良いのは分かったから、そろそろ私たちも砦から出ましょ」


 トゥユは最初砦を守るつもりだったのだが、エリックを逃がしてしまったのでこれ以上砦を守る必要は無いと考え、砦を後にする決断をする。


「おい、トゥユ、俺様はそこの女と仲良くなった覚えなどないぞ」


「そうよ、私だってこんな大男と仲良くなった覚えは無いわ」


 二人が同時に同じような事を言ったのがトゥユには仲の良さを表している物と思った。

 トゥユが仮面を外し、糸のように細めた笑みで二人を見ると二人は恐怖に似たものを感じ、それ以上何も言えなくなってしまった。


「じゃあ、ティートはロロットを背負って私に付いて来て」


 ティートは何か言おうとトゥユに詰め寄るが、一切動かないトゥユの笑みにこれ以上は何を言っても無駄と判断し、ロロットの前で背中を差し出す。

 ロロットも同じようにトゥユの顔を見て何かを言おうとしたのだが、諦めてティートの背中に体を預けた。


「準備は良いね。それじゃあ行くよ」


 再び仮面を着けたトゥユは立ち塞がる兵を薙ぎ倒しながら門に向かって走り出した。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る