第3話 パンの話
途中で野宿をしながら歩き続け、トゥユは二日後にやっと次の街が見える所まで来た。
「ウトゥス見てよ、やっと街が見えてきたよ。良かった。こっちの方向で間違っていなかったんだ」
『うむ、ここから見る感じだと、トゥユが居た集落よりは大きい様だが、街と言うよりは村と言った感じだな』
遠くから見た感じだと確かにウトゥスが言うように街ほどの大きさではなく、ちょっと大きな村と言った感じだった。
村の周りには柵が設置されていて、野生動物が入ってこないようにはしてあるのだが、他の施設は櫓があるぐらいで戦に巻き込まれたら逃げるしかできないような村だった。
始めてみる自分の住んでいた所以外の村にトゥユはどんな人が居るのだろうと思いながら村に向かって歩を進める。
村の入り口まで着くと櫓から連絡が有ったのだろうか二人の男性が武器を構えて待っていた。
「おい、貴様、この村に何の用だ。……ってガキじゃないか、ガキが一人でこんな所に来るなんて何かあったのか?」
男の内の一人がトゥユに向けて槍を向けながら村に入れないように威嚇していたが、少女の姿に安心したのか槍を降ろして質問してきた。
トゥユは二人の男の顔を交互に見た後、なんて答えるか少し逡巡した後、
「私の村は野盗に襲われて皆死んじゃったの。私は野盗の隙を突いて何とか逃げ延びたんだけど、森を彷徨っていたら遠くでこの村が見えたからこっちに来たの」
「そうか、お前の所も野盗が……。しかし、どうする?」
男がもう一人の男にトゥユを村に入れて良い物か確認をするが、もう一人の男の方もどうしたら良いのか答えが出ない。
「入れてやっても良いだろう。何なら俺がその子の面倒を見てやる」
後ろから掛けられた声に二人の男が振り向くと、そこには背は低いが、がっしりとした体型の壮年の男性が立ってた。
「マールさん! 良かった。あんたが見てくれるなら安心だ。じゃあ、この子の事は任せたよ」
マールが現れた事に安心し、二人の男はこの場を去って行くと、マールはトゥユの姿をまじまじと見た後、「付いて来い」と言って歩き始めた。
『トゥユよ、どうする? 何かこの村はおかしいぞ、さっきの二人とこの男以外に村人の姿が全然見えん』
トゥユが村に着いたのは太陽が中天を少し過ぎたあたりなので、村の中で人の行き来が有っても良いのだが、人の姿は全く見つけることができなかった。
「うーん。大丈夫じゃないかな。あのおじさん、顔は怖そうだけど、良い人そうな雰囲気が感じれたし。もし、何かして来る事があれば殺しちゃえばいいしね」
『フハハハッ。確かにそうだな。その時は我を顔に付けるのを忘れるなよ、食事をし損ねると困るのでな』
会話が終わるとトゥユはマールの後に続いて村を歩き始めた。ウトゥスが言った通り、村には出歩いている人はおらず、何か辛気臭い雰囲気を感じる村だった。
マールが立ち止まったのは先程トゥユが辿り着いた入り口とは逆の入り口の程近い所にある小さな家の前だった。
「ここが俺の家だ、遠慮なく入ってくれ。客が来るなど思ってもなかったんで何もないがそこは我慢してくれ」
そう言って家のドアを開いて中に入るマールに続いてトゥユも中に入る。
家の中を見渡すと中央に机が置かれ、その周りに四脚の椅子が有るだけで、装飾品の代わりであろうか剣が壁に三本ほど掛かっているだけの質素な部屋だった。
マールはトゥユに椅子に座っているように促すと、奥の部屋に入って行き、両手にコップを持って出てきた。
「さっきも言った通り、何もないが茶ぐらいは出せる。遠慮せずに飲んでくれ」
目の前に置かれたコップにトゥユは集落での出来事を思い出し、一瞬体をビクリとさせたが、頭を振って悪夢を払拭させる。
──大丈夫、これはあの薬じゃない。マールさんがあいつらの仲間なんて考えられない。大丈夫、大丈夫。
自分にそう言い聞かせ、出せれたコップに口を付ける。一口お茶を口に含むとトゥユは思わず吐きそうになる。あの薬でないのは分かるのだが、お茶のえぐ味が凄いのだ。
多分、家の周囲に生えている雑草を煎じただけのお茶だろうが、強烈なえぐ味は中々トゥユの喉を通らなかった。
「マールさん、美味しかったです……」
本当の事を言っては悪いと思い、嘘でも美味しいと言ったトゥユは気遣いのできる子だった。
「ワハハ八。子供が世辞を使うか。無理することはない、こんなクソ不味いお茶なんて中々ないからな」
トゥユのお世辞を一笑に付し、マールは一気にお茶を飲み干した。だが、その顔はトゥユと同じようにえぐ味のせいで歪んでいる。
面白くなったトゥユは同じように一気にお茶を飲み干し、マールと同じように歪んだ顔を見せた。お互いに体を張った行動に変な一体感が生まれ、部屋の空気が丸い物に変わった。
「面白いお嬢ちゃんだな。名前は何と言う?」
「私はトゥユ、トゥユ=ルペーズ。実はさっき居た人には野盗に襲われたって言ったんだけど、襲ってきたのは野盗じゃなくて帝国兵なの」
「何だと? こんな所にまで帝国兵が来ているのか?」
マールは目を丸くして驚いた。
確かに今、王国は帝国と戦争をしているのだが、それは北部の方の話であって、この村の有る辺りでは帝国が進行してきたと言う話は聞いた事はなかった。
「それで他の集落の者は……ってそれは見れば分かるか。良く生きてこの村まで来たな。ゆっくりして行ってくれ……と言いたい所だが、この村も今、野盗に襲われていてな。正直言って安全じゃない」
それで部屋に何もないのかと少し納得するトゥユは今後どうするべきか考える。
このまま王国軍に入るために王都を目指しても良いのだが、集落から持ってきた食料が心許ない。できればこの村で食料を手に入れたかったのだが、それも厳しそうだ。
「マールさん、王都ってどうやって行けばいいの? 私、王国の軍隊に入ろうかなって思っているんだけど、王都って行った事ないから道が分かんないんだよね」
「何? トゥユちゃんは王国の軍人になるつもりなのか? 俺が言うのもおかしいが止めておいた方が良い。今の王国は帝国に攻められているし、革命軍とやらが蜂起してその対応にも追われている。そして、何より内部から腐っているからな」
マールの言った通り、今の王国はかなり厳しい状況にあった。
北部では何カ所か街が落とされ、帝国はその勢いで王都に迫ろうとしているし、それに伴って元々王国の領土だった街が独立し、都市連合を形成しつつある。
南部では革命軍が王国の打倒を目標に立ち上がり、その数は日に日に増え、ダレル城塞に攻撃を仕掛けようとしていた。
そして、一番の問題は王国内部からの崩壊だった。長年の王族支配により、王国内部では権力争い、汚職が横行し、文官達は自らの私腹を肥やすのに精一杯で国民の事など考えていなかった。
そう、王国は『正常に』腐っていたのだ。
北部の敗戦は兵の裏切りによる物が大きく一兵士だけでなく将官からの裏切りも確認されているありさまである。これに対し王都では何ら対策が取る事ができず、各地の責任者に任せるだけだった。
「大丈夫だよ、マールさん。私は王国に何も恩義を感じてないもの。ただ、王国に入って私の目標を達成したいだけ」
『しかし、トゥユよ、思っていたより厳しい状況ではないのか?』
──そうだね。だけど私のやる事は変わらないわ。帝国兵を皆殺しにする。そのためだったらどんな腐った所だろうと構わないわ。
トゥユの決意はマールの話を聞いた所で変わらない。しかし、問題がない訳でもない。その一つが王国軍に入るまでの食料をどうするかと言う事だ。
手持ちの食料は少ない、だが、この村も野盗に襲われていて食料が手に入る可能性は少ない。ふと窓の方を見ると太陽が落ち、部屋の中が暗くなっているのが分かった。
「もうこんな時間か。今から村を出て行けと言っても無理な話だな。今日はここに泊っていけ」
席を立ちあがったマールは蝋燭に火を灯すと部屋の奥に消えて行った。なにやら奥でゴソゴソと音が聞こえた後、マールはパンとお茶のお代わりを持ってきた。
ゴトリと凡そパンから出るはずのない音を立ててトゥユの前に置く。
「こんな物しかなくて悪いが我慢してくれ」
パンに続いて不味いお茶のお代わりまで持って来てくれた。お茶に口を付ける勇気がないため、先にパンの方を口に持って行くのだが、石のように硬く歯がパンに入っていかない。
何とかパンを噛み千切り咀嚼を始めるのだが、口の中の水分が全て持っていかれてしまい、思わずコップに手をかけた。
『トゥユ、大丈夫か? そのコップの中はあのお茶だぞ』
ウトゥスが心配そうに声を掛けてくれるのだが、これ以上、水分の消失は生死にかかわるかも知れない。
トゥユは意を決してコップの中のお茶を呷る。そのお陰で口の中の水分は元に戻ったのだが、後に残ったのはえぐ味を思う存分吸収したパンだった。
こうなってしまっては咀嚼している余裕などなく、そのまま胃の中へ流し込み、無事パンとの格闘に勝利した。
だが、トゥユはここで一つの案が脳裏に浮かんだ。
──流石にこのパンを貰っても旅をするのは難しいけど、この村は野盗に襲われていて食料とかもないんだよね?
『あぁ、マールとやらがそう言っておったな。それがどうしたのだ?』
──だったら私が野盗を襲っちゃえば良いんじゃないかな? 村も助けられて私も食料が手に入る。一石二鳥だよ
トゥユは素晴らしい案が浮かんだ事に
「マールさん、相談なんだけど……」
トゥユが言いかけた所で村の半鐘が激しく鳴り響いた。最初は何事が起こったのか分からなかったトゥユだが、マールの反応で野盗が来たのだと分かった。
「この半鐘は……、野盗が来たのか。トゥユちゃん、君はここで大人しく待っているんだ」
マールは壁に掛けてあった剣を手に取ると野盗が現れた村の入り口に走って行った。
「行っちゃった……。仕方がないな話はマールさんが戻って来てからだね」
陽も落ちた頃にやって来るなんて何て失礼なと思いつつも、野盗なんてこんなもんだよねとどこか納得してしまう。
一人になってしまったトゥユは手持ち無沙汰になってしまう。目の端に映るパンをもう一度手に取ると口の中に放り込み、不味いお茶で潤けさせ、飲み込んだ。
「やっぱり不味い」
何度食べてもこの味に慣れる事はないだろうとトゥユは顔を顰める。
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