記憶を踏みつけて愛に近づく~青春のリバーブ~

猫柳蝉丸

本編


「げっ、村瀬じゃん……」


「よお、来てやったぜ、三峰」


「どうして来てんのよ」


「嫌そうな顔すんなよ。俺様、この学園で大人気のプリンスなんだぜ?」


「何がプリンスよ、自分で言ってて恥ずかしくないの?」


「俺様は自分の人生に恥ずかしさを感じた事など一度も無いね」


「おめでたい生き方してんのね。それで、何の用なのよ」


「この学園に慣れたか様子見に来てやったのさ、好感度ナンバーワンの生徒会長だからな」


「お生憎様、あんたに無駄に絡まれてる以外は元気にやってるわよ」


「それは何よりだな」


「私より村瀬、自分の方をどうにかしなさいよ」


「俺様に改める点なんて何も無いと思うが?」


「何言ってんのよ。先週見たわよ、五人くらいの女子と商店街歩いてるの。改めなさいよ、ああいう事」


「単に俺様が大人気って事じゃないか。何を改めろって言うんだ」


「だってあんた、涼子の告白を棚上げしてるじゃない。あんな可愛い子の告白を放置しておいて他の女子と遊び回ってるなんていい印象無いわよ」


「嫉妬か?」


「誰が。涼子が可哀想だってだけよ。涼子は転校したてで困ってた私を助けてくれた親友なの。可愛いし優しいし気が効くし、あんないい子の告白を放置しておくなんてあんたの気がしれないわ」


「俺様は俺様を誰か一人に独占させるつもりはないんでね」


「それならそれで告白を断ってあげなさいよ。このままじゃただの生殺しじゃないの」


「だって三峰、柏木の告白を断ったらおまえが怒るだろう?」


「怒るでしょ、そりゃ。涼子を傷付ける奴なんて許せないわよ」


「だから断らないでいてやってるんだ。これでも俺様、三峰を気に入ってるんだぜ?」


「うわっ……」


「酷い言い種だな、三峰」


「そりゃそうでしょ。あんたなんかに気に入られて喜べるもんですか」


「学園一大人気な生徒会長なんだが? ついでに言うとテニス部のエースでもある」


「それって忖度でしょ」


「どうしてそう思うんだ?」


「言っちゃ悪いけど私はあんたが学園一大人気って現実が信じられない。涼子が言うほどカッコいいとも思ってない。だってあんた本当に普通の男子じゃないの。極端に背が高いわけじゃない。目鼻立ちが整ってるわけじゃない。不細工とまでは言わないけど、誰もが振り返るようなイケメンでは決して無い」


「この学園でそう言うのはおまえだけだぜ、三峰」


「そう……そうなのよ。学園の女子だけじゃなくて男子まであんたを慕ってる。先生や保護者まであんたを支持してる。圧倒的な優等生ってわけでもないのに。だから逆に心配になってくるのよ、学園の皆じゃなくて私の方の感性がおかしいんじゃないかって。そうじゃなきゃ忖度ね、確実に」


「俺様のグランパが理事長ってわけでもないしな」


「そうね、あんたの家が極普通の一軒家って事も知ってる。御両親も極普通の人達だって前に涼子から聞いたわ。そうそう、一番忖度だって思うのはあんたのテニスの実力を見たからでもあるのよ」


「俺様のテニスに何か文句でもあんのか?」


「テニスに詳しいわけじゃない。でも、素人目にも分かる。あんたのテニスの実力はどう見ても全国大会に進めるレベルじゃない。サーブもロブもドロップも本当に極普通。それなのに全国大会で優勝してるなんて絶対におかしい。弱みを握られて脅されてるか、あんたに忖度して優勝させてるとしか思えない」


「俺様に忖度したって何の得も無いぜ?」


「忖度じゃないなら洗脳か催眠よ。それくらい何もかも不自然なの、あんたは」


「俺様がそれだけ魅力的って事さ、三峰」


「本当にあんたが魅力的に見えるんなら、私だって楽だったんだけどね……」


「そんなに俺様に惚れるのが嫌なのか、三峰?」


「嫌よ。世界の女の全員があんたに惚れてるなんて勘違いしないで、自意識過剰」


「そんな口を俺様に利けるのはおまえだけだぜ、本当に」


「新鮮な気分でしょ?」


「まあ……、新鮮ではあるがな」


「よかったじゃない。満足したならもう私に話し掛けないで。少なくとも涼子との件を解決するまでは近付いて来ないで」


「誰からも好かれる男は辛いぜってところだな」


「はいはい、羨ましいわね、溺死すればいいのに」


「おまえ本当にどんどん口が悪くなるよな」


「何笑ってんのよ」


「笑ってたか?」


「笑ってたわよ、気持ち悪い」


「俺様を粗末にする人間なんて三峰以外に居ないから新鮮なのさ」


「ありがたく思いなさいよ、さよなら」


「まだ話は終わってないぞ、三峰」


「お生憎様、今日は涼子とクレープを食べに行く予定なの」


「エスコートしてやろうか?」


「ありがとう、くたばれ」


「……やれやれ」





     ☆



 肩を怒らせて三峰が教室から飛び出して行く。

 宣言通り、これから柏木とクレープを食べに行くのだろう。

 エスコートするとは言ったものの、今日はそこまでするつもりは無かった。三峰をエスコートするのはもっと俺様達の関係が深まってからでいいだろう。本当に深まるかどうかは俺様にもさっぱり分からないが。

 だが、さっぱり分からないからこそやりがいがあるというものだった。

 それにしても結構鋭いな、三峰の奴。

 俺様の人気とテニスの実力が本物か疑わしいだって?

 全くその通りだ。よく分かってるじゃないか。俺様の全ては何もかも偽物だ。

 ただ三峰が言っていたような忖度じゃない。洗脳でも催眠でもない。

 フェロモンだ。

 いや、フェロモンかどうか調べてはいないからはっきりした事は言えないが、それに類する何かだ。俺様は俺様自身が自覚しないままに、無条件に他人に好かれる物質を分泌しているらしい。端的に言えば伝染性の催眠術と称してみてもいいかもしれない。

 俺様は子供の頃から無条件に他人に好かれていた。何もしていないどころかわざと嫌われるような事までしているのに、俺様を憎らしく思う人間なんて一人も存在しなかった。誰も彼も俺を好きになって俺の好きにさせてくれた。テニスなんかその最たるものだ。俺は互角の戦いをしたいのに、相手選手が俺を好いて勝手に手を抜いて負けてくれるのだ。それで全国大会で優勝までしてしまったのだ。俺様は単なる気分転換でテニスをやりたかっただけだというのに。

 だが、テニスで全国優勝するくらいなら実害は無かった。インターネットの動画なんかに上げられて『下手糞なのに優勝するなんて忖度じゃないのか』みたいな書き込みをされる事はあったが、ほぼその通りだから気にならなかった。俺様の偽の実力を暴露するために試合を申し込んでくる輩もたまには居たが、俺様と対峙した瞬間には俺様を好きになって勝手に負けていく奴ばかりだった。

 それよりも恐ろしかったのは、前にどうにもうざったくて殴ってしまった女が、後日、涙を流して喜んだ事だった。どうやらその女の中では俺様がその女の事を思って思いやりで殴ってくれた事になっているらしく、明らかに記憶を捏造してまで俺様の行動の全てを好意的に考えていた。

 しかも、それはその女に限った話じゃなかった。俺様に関わった全ての人間が何かしらの記憶の捏造を行っていた。俺様に好かれるために、俺様を持ち上げるために、脳内で偽りのエピソードを捏造して、俺様に近付いて来るのだ。そいつらはそれでいいのかもしれないが、次々と身に覚えが無い理由で他人に好かれるなんて、俺様にとってはホラー以外の何物でもない。

 何故、俺様にこんな能力が備わっているのかは分からない。風の噂で俺様のグランパが『メガプレイボーイ』と呼ばれた女たらしだと聞いた事があるが、その女たらしの能力が隔世遺伝で更に強化されて発現したのかもしれない。詳しくは分からない。恐らくは完全に理解出来る日は来ないだろう。

 とにかく俺様はそれで自らが誰かを好きになったり、何かに夢中になったりするのを諦めた。だって、そうじゃないか。何もしなくても好かれ、何もしなくても勝ってしまうのだ。これでは何かに夢中になれるはずがない。

 俺様は諦めた。恋愛も、スポーツも、青春も、人生も、何もかも。

 だが、そんな俺様の前に転校生の三峰が現れたのだ。

 三峰留美。俺様以上に極普通の可愛くも不細工でも無い平凡な女。成績も運動神経も平凡で、口が悪い以外は取り柄が無い一般的な女。だが、俺様に対して無礼千万な態度を取れるただ一人の女。いや、ただ一人の人類か。

 何故かは分からないが三峰だけは俺様を好きにならなかった。どころか嫌いなタイプと言っても過言では無いみたいだった。俺様のフェロモンが効かない特異体質なのかもしれない。特殊効果無効の主人公気質なのかもしれない。それとも単なる鼻づまり女なのかもしれない。どうでも構わなかった。俺様を好きにならない、俺様を好きになるために記憶の捏造なんてしない女だって事こそが重要だった。

 正直、俺様は心が躍った。今でも躍ってる。胸が高鳴っている。

 三峰となら諦めていた青春が出来るかもしれない。潤いのある人生を取り戻せるかもしれない。別に振られても構わなかった。とにかく嫌われようとどうしようと三峰と関わっていたかった。それほどまでに三峰は俺様を夢中にさせてくれているのだ。

 俺様は執着し続ける。俺様を好きにならない三峰留美という素晴らしい女に。

 だからこそ、俺様は三峰の事を思う度に口元が緩んでしまうのだ。

 嬉しくてつい呟いてしまうのだ。

 何度でも呟いてしまうのだ。






「三峰……、おもしれー女」

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