食われた月

 

 買い物の用事を済ませたミコトたちはグウィバーと合流し、神社の軒下で雨宿りをしながらオペレーターからの返答を待っていた。


「ううう、ぐぅ~……!」

「こーら、二人とも。やっぱりこっちにいる間は必要でしょう?」


 低い声で唸りながら身をよじるゲリとフレキをツンツンと指で突いてみるのだが、全く返答がない。

 というのも二頭ははめられた首輪と格闘するのに夢中だからだ。


 後ろ足でがりがりと掻いたり、両前脚を首輪に掛けて強引に引っこ抜こうとし、チャウチャウ並みに顔をしわくちゃにしたりと大層愉快なことになっている。

 グウィバーなんて特大の非日常がいる手前、多少の取り繕いなんて意味がないのだが、それはそれだ。できることからしても損はない。


 声をかけても全く反応してくれない二頭に苦笑を浮かべていると携帯が着信音を鳴らした。


「オペレーターさん、結論は出ましたか?」

『お待たせしました。ミコトさんたちにも関係がある事態であるため、情報開示は許可されました。手早く説明いたします』

「よろしくお願いします」


 こちらにも関係がある事態というのが気になる点だ。

 転がり回っているゲリとフレキはともかく、スピーカーホンにしてグウィバーと共に耳を澄ませる。


『まず謝罪します。先日起こった竜の大地での密猟品を含め、幻想種の素材が関東に集められつつあるとのことです。日本国内の幻想種対策組織はそれを象牙などの密輸品と称し、警察機関の情報網を利用して追跡しようとしていたようです。外部組織であるため、封律機構としてはこの事態の把握が遅れました』

「……なるほど。亡骸は日本に持って来られたかもしれないんですね」


 感情の昂ぶりに合わせて魔力がぴりりと圧力を持つ。

 台風で荒れ狂う風のように雨をうねらせ、弾いたものだからグウィバーから視線を向けられた。


 大丈夫、冷静である。少なくとも聖刻をここで消費し、ゲリとフレキに亡骸を捜索させるほど馬鹿ではない。同じ関東でも半径数十キロ以内にあるともしれないし、魔力を含む素材なのだ。気取れないように封印処理をしていることだろう。

 冷静を保つためにも深呼吸し、続く話に耳を傾ける。


「つまり、『ミツ』とは密輸品や密猟品の隠語ということですね?」

『そうです。複数の運び人によって密かに運ばれているため、集約場所は未だに特定できていないとのことです』


 幻想種が絡む事態では情報隠匿のために裂ける人員が限られる。複数の運び人を用いられれば事は露見しても、全ては防ぎきれないものだ。

 特に今回の密猟者の中には空間移動能力者がいるはずである。その能力を利用されれば追跡は容易でない。


「状況はわかりました。ひとまずお任せしますが無関係でいられる問題でもなさそうなので話は一度持ち帰ります。あと、気を付けてください。この街で感じた気配といい、その性急な素材の集約といい、何か大きな事をしでかす直前かもしれません」

『はい。こちらも早急に対応したいと思います』


 通信はそこまでだった。

 裏でのさばっている何かをすぐに退治できないのは歯痒いが、仕方ない。何より、自分の持ち場は竜の大地だ。

 あの地を放って首を突っ込むのは本末転倒である。


 ひとまず戻るとしよう。そう考えたミコトは未だに転がっているゲリとフレキに目を向ける。


「……? 二人とも、どうしたの?」


 首輪との格闘をしていると思ったら違った。二頭は転がったまま、空を見上げている。

 電話に集中していたために気付かなかったのだが、どうやら雨が上がっていたらしい。あの土砂降りで雲の体積が一気に減ったのか、切れ間まで見えるほどだ。

 二頭はそこに注目している。


「月が減った」

「月が食われた」

「へ……?」


 言葉の意味が分からなかったミコトは二頭の視線を追う。

 月はちゃんと空にある。一体何を言っているのだろうと笑おうとしたのだが、言葉の意味に気付いた。


 空に浮かぶ月は未だに半分から膨らみかけの状態なのだ。

 元白鳥の竜を送った夜が二日前。その時が十日夜の月だった。ならば今は十五夜の月――満月に近づいているはずである。


 地中に感じた神仏に近い幻想種の気配。そして、月の部分消失。

 単なる密猟品の裏取引ではない。それこそ神話に描かれる事態が起こり始めているのではないか。

 そんな予感を抱かせるに足る事態だった。

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