孵化 Ⅱ

「御子はその多くが神隠しに遭った妊婦から生まれていると聞く。胎児の時にこの世界の影響を受けるから強い魔力にも体が耐えうるようになるし、特殊な術式への適性や、魔眼といった特殊体質も持ち合わせやすくなる。尤も、理論上はそうだろうというだけで実際にそんな変異を起こすプロセスがわかっていないらしいんだがね」


 表層世界の能力者の間では御子と同等の強さを得るため、幾度となく試されてきたものの、結果が伴ったことはない。国籍を得るために海外で出産するとかいう気軽さでは実現不可能だそうだ。


 そんな実験例が語り継がれているように、能力者の家系というのは業が深い。

 血統主義での政略結婚もまかり通っており、そのしがらみから逃げようとしてこの狭間へというパターンが少なくないのだ。この世界に迷い込む人間は思春期の少年少女も多いが、妊婦も多いのはその表れなのだろう。


 ミコトもそれに似た一例だったとゲリ、フレキからは聞かされている。


「出自に関してはあまり気にしたくはないです。今の環境が好きですし、大切ですから」


 妖精による取り替え子チェンジリングを始めとして異種族によって育てられた子供というのは複雑な環境に置かれる。


 どこかにはまだ真の血縁がいて、帰りを待ち望まれていたりするのかもしれない。

 だが、今の家族に不安もなく幸せなのだ。ならばそれでもういいじゃないかという気持ちが強い。

 ミコトはそんな思いを込めてゲリとフレキを抱き寄せる。


 ベネッタに関しても似た心境なのだろう。彼女は深く頷いた。


「私もだ。グウィバーが拾ってくれて、名前をくれた。その事実だけあればいい」


 心底そう思っているのだろう。ベネッタの表情はグウィバーに対する信頼で満ち溢れていた。


 縁者と御子はこんなものだ。

 ミコトとゲリ、フレキなら群れや家族の関係に近いし、ベネッタとグウィバーなら父と娘。アルヴィンとコーティなら恋人だろうか。

 境遇は数あれど、それなりの愛と関係がはぐくまれている。


 よくよく話し込んでいたところ、きぃきぃと小竜が鳴き始めた。

 孵化したてのこの段階は餌の催促ではない。親を呼び鳴きし、温めてもらうために鳴いている。この時に声で応じてやると人慣れしやすくなることもあるので、音による刷り込みもある時期なのかもしれない。


 ミコトは近くの棚から消毒液を持ってくるとまずは自分の手を清め、続いてガーゼに染み込ませる。


「今はまだご飯には早いですし、卵黄と繋がっていた緒だけでもこれで消毒してあげてください」


 自分は巡り合う機会が多いのでその役割はベネッタの手に委ねた。

 結界を一部解除して持ち上げ、仰向けにしてベネッタの前に差し出す。


 胎盤に繋がる緒と同様に卵黄に繋がっていた緒はまだぶら下がっている。

 これは数日もすれば自然に退縮が進んで千切れるのでわざわざ切りはしない。それどころか下手に傷をつければ体内へ続く雑菌の侵入口を作ってしまいかねないので消毒するだけだ。


「親の分まで元気に育ってくれるといいね」

「はい。それに、抱いている願いも親の分まで叶えてくれたらと思います」

「……」

「……?」


 返答はなかった。

 集中がいる作業でもないのだが、ベネッタは静かに消毒の作業をこなす。

 何かを感慨深くて聞こえていないのかもしれない。そんなことを思いながらミコトは見守る。


 その時のことだ。

 ゲリとフレキが急に立ち上がり、北の方角を睨んで身構える。

 何事があったのかはわからない。だが、彼らがこうしているということは警戒すべき何かがある。それは確かなはずだ。


「全域、阻め!」


 反射的に手を掲げ、自分たちを覆う形で結界を張る。

 ベネッタも大切な小竜を庇って異常事態を察した様子だ。


 直後、家に衝撃が走った。

 倒壊するかと思うくらいの衝撃であったが、自分たちを的確に狙った攻撃ではなかったらしい。

 ミコトは階下に飛び込んだ何かを自分の感覚で探ると共にゲリとフレキに目を向ける。


「……これ、竜の誰かだね?」

「間違いない」

「至竜が飛び込んできた」

「あぁぁぁー……、そっかぁー……」


 ひとまず攻撃ではないことは確かなようだが、いろいろと頭が痛い。

 あれだけ派手な音がしたのだ。少なからず修理が必要なことだろう。

 人間が喧嘩を仕掛けたのなら慰謝料として金品を巻き上げれば済むのだが、こんな時はそうもいかない。

 雑念は棄てよう。緊急事態は緊急事態だ。


 手早くローブと杖を手にしたミコトは部屋を飛び出し、階段を飛び降りて吹き抜けから一気にリビングへと降りるのだった。

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