孵化待ちの夜

 風呂から上がってお茶を飲んで過ごしていたところ、「では、そろそろ」とアルヴィンが立ち上がり、コーティが続いた。

 彼らもこの土地に自宅を持っているので帰るようだ。

 ミコトはベネッタと揃って見送りに立つ。


「ミコっちゃん、またいつでも呼んでください。ああ、そうそう。その際は表層世界のお菓子も忘れずに」


 実年齢は百歳近いだろうにこんなことを言うのがアルヴィンのお茶目さだ。

 ミコトはくすくすと笑って頷く。


「はい、用意しておきます。急な呼び出しにもかかわらず、ありがとうございました」


 要請すれば即座に駆け付けてくれる応援が菓子折り一つで済むというならお安い御用だ。柔らかい表情の師匠に深々と頭を下げて礼を示す。

 彼は続いてベネッタに目を向けた。


「ベネちゃん、何があろうとここはあなたの故郷です。仕事が終わったらまた来るといいでしょう」

「そうですね。お言葉に甘えさせて頂きます」

「ええ。その発言を忘れないように」


 アルヴィンがポンと肩に手を叩くと、ベネッタは少しばかり緊張した面持ちを見せる。

 なんともくどく思える発言だ。意図があるのか、単に気兼ねをする必要はないと伝えるためだったのかは不明だ。

 こんな発言はよくあるので、ミコトとしてはあまり気に留めないようにしている。

 アルヴィンとコーティはその後、現れた時と同様に風に吹かれてどこかへ消えた。


 するとベネッタは「さて」と息を吐いて二階を見上げる。


「あとは竜の孵化待ちか」

「お疲れのところですし、私たちで見守っておくので先代はベッドで寝てください」

「いや、見届けておかないと気になってしまいそうなんだ。同席させてほしい」


 ベネッタは眉を寄せて呟く。

 いつもの予定からすると、恐らく明日の朝には表層世界の仕事に戻るはずだろう。それを思えば翌日以降にも響きそうなことはさせたくない。

 とはいえ、言われてみるとベネッタの心情もよくわかった。


 自分がいる間に密猟が起こったのだ。責任の一端は感じているだろうし、せめてキリがいいところまで見届けたくもなるだろう。

 そういうことならばとミコトは彼女の意見を受け入れる。


「わかりました。まあ、十中八九は横で見守りながら寝るだけになると思います。お仕事に差し支えない程度に付き合ってください」

「無論だよ」


 ミコトは頷くベネッタと共に二階の空き部屋へと向かう。

 部屋では以前任せた通りにゲリとフレキが待機している。


 尤も、二頭は厳戒態勢で警備をするわけではない。

 卵の殻が割れる音や小竜がもぞもぞする音が規則正しく聞こえていれば心配する必要はないのだ。それもあってゲリは仰向けになって寝ており、まともな体勢で寝ているフレキを下敷きにしている。

 これでも問題はないとはいえ、その寝相には全然野生を感じられない。


 まあ、休む時にはきちんと休めるというのは優秀な才能の一つだろうか。ミコトは小さく息を吐いて二頭を撫でた。


「先代はそこの折り畳みマットレスを使ってください。私は二人が枕になりますから」

「わかった。使わせてもらおう」


 部屋の端にあるマットレスをベネッタが敷いているうちにミコトは育雛室として機能させている結界を覗き込む。

 嘴打ちがあった卵は円周の四分の一足らずほどまで穴を広げていた。この分なら夜のうちには体が出てくるだろう。

 寝る際の邪魔にならないよう、長髪をゴムでツインテールに束ねたベネッタも寝転がりながらその様子を確かめている。


「これならあと数時間といったところだろうか」

「そうですね。きっと明け方くらいまでには体も乾くと思うので抱っこくらいはできるかもしれません。明日はいつ頃発たれるんですか?」

「朝餉が終わったらというところかな」

「じゃあ十分に大丈夫そうですね」


 ミコトはベネッタに返答しながらゲリの寝相を直して胸に抱く。そして横臥しているフレキに寄り掛かればもうふかふかの毛皮ベッドと毛布みたいなものだ。

 体格的にはミコトよりも大きなくらいの二頭なので体重を預けたところで厭われることもない。


「おやすみなさい。先代」

「ああ、おやすみ。ミコト」


 部屋の明かりに灯していたロウソクを消すと、すぐに眠気がやってくる。

 いくら薬湯で回復したとはいえ、やはりベネッタとの手合わせの消耗は大きかったらしい。

 目を閉じると、ミコトはすぐに眠りに落ちるのだった。

 

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