(9)9月24日

  久しぶりに午前4時まで眠れた。徐々に正常に戻りつつあるのか。

 難民になった直後、脳内には何が出ていたのか。とてもテンションが上がっていたように思う。2~3時間の睡眠でも元気に、はつらつと動けたように思う。たぶん、あまりの惨劇に身体も気力も耐えられないと判断した脳の自衛本能だったように今は感じている。おそるべし脳!!

 そして、次第に落ち着いて来た頃、正常に戻り現実をしっかりとみつめる事になる。それが私を襲っていた ロスト症候群。何も出来ず、何処にも行けず、どうなっても良いからこの半分壊された家に住み続けようとさえ思った。この空間が今の私にはすごく合っている様に思えた。

 決して似合っていない色合いのカーテン、しかも金具もすっかり取れてしまい、ひっかけてあるだけだ。扉の外れたクローゼット。山と積まれたクリアーケース。座卓の上には、カセットコンロと鍋一つ。そして市役所からいただいた6リットルの水。これが2階。

 1階はすごかった。家具が一つも無い。隅に泥がこびりついている。部屋の仕切りの引き戸は水を含んでビクともしない。障子も動かない。先日、無理に開けようとしたら、右胸の上の方を痛めた。日赤病院の先生に診ていただいた。骨を痛めてるかもしれないと、とりあえずシップと痛み止めを処方された。しかも無料で。

 閉まらないトイレのドア、泥だらけの浴室浴槽。床が抜けてしまった納戸。でも、この災害にあってからずっと感じているのは、日本の国のすごさだ。こういう状態になったときすばらしさが解る。何もかも、先に先にと手当をしてくれる。

 三日ほど前に、市長さんを見かけた。とても疲れた様子で、やつれていた。たぶん毎日、批判、非難ばかりなのだろう。優しい市長にお礼を言ったら、疲れた笑顔が返ってきた。

 誰もどこかに何かをぶつけたい。だって、築いてきた人生も歴史も思い出も、全部泥にまみれて流されたのだから。でも、誰も気付いている。誰のせいでも無いことを。それでも、誰かに何かをぶつけたい。この非人間的な歪みはどうしようも出来ない感情だと思う。

 不自由はもちろんあるが、ただ有難い事ばかりだといつも思っている。ランドリーだって、水難支援ということで、100円でしてくれる。個人の業者さんなのにである。一緒に泥にまみれてるボランティアの皆さん、本当にすばらしくて頭が下がる。そして、様々なお店や業者さんがあちこちで炊き出しをしてくれたりして、本当に有難い。


 一番素晴らしいと最近感じているのは、朝。夜が明ける瞬間。東の空が、少しずつ少しずつ白っぽくなり、明けの金星が、最後の力をふりしぼりながら輝いている。そしていつしか空は、オレンジ色から水色に変わっていく。その空の移り模様。毎日思う。 ”はあーきれい!”

 眠れなかった毎日と、目覚めてしまう毎日。それもすてたものじゃないなと感じている。

 さて、今日はどんな一日になるのやら。

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