♭294:天涯かーい(あるいは、変イの調べに/乗せたる変異体)
しばらくは無言で対峙していた。奇妙に赤ボタンの周りを点対称に横に動きつつ。意を決し、私は主任の顔から目線を切らないまま、その半球を押し込むよう、下のカワミナミくんの肩をぽんと叩き促す。踏み込まれたのを左目に装着されたバイザーからの情報で受け取ったあと、いったん大きく息を吸い込んでみる。そして。
「……『ダメに救われた命もあるってことを、主任には伝えたかった』」
直前までイキれ切っていた私が、いざ口を開いたら出たのはそんな凪いだ言葉だった。数年前のあの雑居ビルの屋上のぬるまった上昇気流のような熱気を肌が思い出したかのように、その熱さの逆を行くように、鳥肌はぞわと立ってしまうものの。
「ダメが奪ったかも知れない命もあるんだとしても」
もうDEPでもなんでも無い。主任の身の上を聞いた時から、胸のどこかにぺたり貼り付いていた何かを押し流そうと、粘度の高い言葉を自分の中で練り上げるだけだった。
何だろうね……もうね、これね……
主任と知り合ってから何か月経ってたんだっけ。主任と「コレ」に出ることに決めてからはおそらく2週間くらいしか経ってないよな……
こんな形で、こんな感じに向き合うことになるなんて、皆目予想もしていなかった。というか無理だろ、これわ……抱いていた淡い想いはもうどう抱いてたのかも分からなくなるほどに嚥下不能で吐き出してしまったようだし。
すべての黒幕……だったのだろうか。本当に? 目の前で固まっている面長の顔には、色濃く疲労なんだか諦観なんだかそれとも全く別の類いの何なんだかの陰がみしりと刻まれているようだけれど。
私や聡太に向けられていた柔らかな表情とか感情とかが、
だったらもう。だったら全部、吐き出してみたら? ハツマとの確執が何たら言ってたけど、何ならその本人、私の視界の左の方におるし。と思ってたらそのハツマ騎の方がこちらに向けてゆっくりと歩を進めてきた。
いつの間に、だろうか、敵方の生き残りは主任騎とあとすっごい後方に控えている、何者かわからない真っ黒の覆面をした奴の騎馬しか存在していなかったけど。
対するこちらは、私とハツマと、少年くんと、あと姫様×執事の
「……」
それに何かもう、肉弾で何かやろうというような雰囲気では無かった。力無く馬上で佇むような素振りの主任のぶらり下げられた右手からは、「スタンガンの棒」がするりとフィールドの人工芝に向けて抜け落ちてもいってたわけで。と、
「……貴方の望む局面へと、場は満ちたようですが? 私を満場の前でどうとかするとかおっしゃられてましたが? その御膳立てはどうやら揃ったようですが?」
こわーい。ハツマの落ち着きと柔和さを等分に含んだかのような言葉が静かに斜め背後から流れてくるけど、疑問形だけど疑問というよりは氷点下の詰問調の言葉に、私も、そして右前方辺りにいた少年くんがびびくりとなる。
あどうぞどうぞ……みたいな感じで、私は先ほどまでの「装填」やらは何だったんやろう……的な、自業的くすぶりに身を委ねる他はない感じであり。
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