♮268:求人ですけど(あるいは、始まらない/無間なる刻)


 スポットライトが、いきなり観客席の一点に照射された。ええ……こういうの仕切ってるのってサイノ側の息のかかった者たちの方だよね……向こうさんもノリノリやぁん……


 ここから始まるであろう混沌カオスに備え、心臓の少し上辺りをメイド服のビロード地の上から右人差し指でトトトトト、と叩いておいた僕だけれど。


「現れたるッ!! 現れたるは、だ~れかなッ!? あ、だ・あ・れ・か・な? んんんんんん……ワイナぁぁぁぁぁぁぁぁぁっトぉぉぉぉぉッ!?」


 何故かスタンドマイクをその長身の前に構えていた大柄のシルエットがしなを作ったかに見えたその瞬間、静寂という名の膜状のものを荒々しくぶち破るような、超絶ボリュームの歌声のようなものが、このスタジアム内に拡散してきたのであった……


「は~かぜいん~が~来た~よ~、は~かぜいんだ~よ~♪」


 深緑色と、明るい黄緑色のボリューミーな髪をアップでまとめてというかとぐろを巻かせて、天を貫くかのように突っからかせている……っ


 肩を大胆に露出させたマーメイドラインのドレスは、ラメ色を反射させている細かい鱗のような素材を全面に敷き詰めていて、その全身でうねるような動きをしているくびれボディから乱反射しつつ激しい光をこちらに向けて刺すように放ってきているよ……


 ここまでド派手な人間を、僕は3人しか知らない。そして有する声量から判断すると、もうこの御方こそは、かの最凶の歌姫ディーバたる……


葉風院ハカゼイン 巫音ミコトッ!! 見参なんだな……」


 だった。ぎゅろりとそのケバ立つつけまつげを蠢かせつつ、その細く長い、ドレスと同色の肘まで手袋に包まれた右腕をからだ前面にしゅらりと掲げた意味不明なポーズでキメている。うん……


 数年を経た再会ではあったものの、その並々ならないオーラ感とでもいうべき全身から発散されている迫力プレッシャーのようなものは、健在というよりか、さらにの神々しさと禍々しさを足し増しているかのように感じられた。


 でも貴重な援軍……ひとりGET……とか思っていたら、その脇に控えていたいくつかの人影が、まるで出を待っていたかのようにしゅるしゅると歌姫の両隣に展開していく。


「赤の閃光ッ!! ミリア=ファ・桜田ッ!!」


 だよねー、始まるよね……御名乗りタイムが……今回の出で立ちは以前の黒×赤の色使いではなく、白×赤のタイトなブラトップにスパッツで、そのしなやかな褐色の肢体を包んだ、黒髪ショートの元気少女……ではなく、もうアクティブなアスリートのような佇まい、前の「実況少女」のひとり、桜田さんがそんな名乗りを上げる。


 なつかしー、そして味方に手を挙げてくれたのが、嬉しいし心強い。


 桜田さんは僕の方を見ると、小さく敬礼をしてくれた。うん、僕らには、今まで培ってきた、ダメの人脈があるッ!!


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