#176:情熱で候(あるいは、世界の誰かが重いし地球号)


 姫様のその御覚悟ある御言葉に、我々は気圧されるようにしてただただ平伏するばかりなのであった……いや、平伏までいかなくとも、とは思ったが、ギナオア殿以下、ガンフ殿も、そして双子少年と妙齢男女までもが、一様に同じような姿勢で地に伏したのであった。姫様の、純正なる決意の為せることなのであろうか、いや、皆一様に背中辺りが震えているところを見るに、それらの心を支配しているのは根源たる恐怖なのであろう。私も先ほどから横隔膜全域が痙攣のように引き攣りつづけているが。


 <……決勝トーナメント出場者のみなさま……あと5分で、組み合わせ発表とあいなります……すみやかに、『コアノヴァリウシック=フィールド』へと、お越しくださいませ……>

 そのような、柔らかなる言葉が控室の天井付近から降り落ちて来る。英語に翻訳されし音声は今も耳に取り付けられている装置よりほぼ同時に耳奥に送り込まれてくるものの、私は日本ジャポネス語の持つその美しき響きにも耳を傾けている。「フィールド」とは予選のはじめの時に多勢と相まみえた場であろうか。と、


「お、おい岬ッ!! 服どこやったんだよぉぉぉうっ!? 晴れの決勝でも着らんねえとかなったら、あの苦労が無に帰しちまうだろうがぁぁっ!!」


 双子少年の筋肉質な方……「兄」だろうか、そんな焦った怒鳴り声を放つ。お前はほとんど作業してないだろッ、と鋭く言い返した「弟」の方もしかし、切羽詰まった感で自らの荷物を探って色々と取り出している。他の者たちもそれを皮切りとして、準備に取り掛かり始めたようだ。にわかに慌ただしくなってきた。そんな中を、


 <行くぞジローネット>


 さなる様子など全く意に介さぬように、姫様は踵を返すと控室の開け放たれた扉より外へ出ていかれてしまう。いかん、お供たる者が側にいずしてどうする。


「……」


 黒服らに促され、何度となく折れ曲がる廊下を歩んでいく。白黒の装束に身を包みし姫様の凛とした後ろ姿を目で追いながら、私は先ほど姫様がおっしゃられた言葉の意味を思い返していた。姫様は、この得体の知れぬ「戦い」に真摯に向き合おうとしている。姫様は一体、何をこの場に見ておられるというのであろう……かくいう私も、この不可思議な「場」に、呑まれかけているのは事実である。「ダメ」という「場」が、そこにいる者たちを、どうにかしてしまうとでも、いうのだろうか。わからぬ。


「……!!」


 詮無き想いで足を動かすだけの私の顔を、いきなり眩い光が照らした。そして、


 <おおーっとお!! きたきたきたきた、今回のダークホースぅッ!! 『メイド』と言えばもはや伝説レジェンド級が既におわしまするがッ!! どっこい正統派はこちらだと言わんばかりのハマりようッ!! 『褐色×スタンダード』が今回の覇権基軸と言わんばかりのッ!! 遥かアフリカは天上高くに座する王国ボッネキィ=マよりの刺客ッ!! ジョシュ=ジローネット&アロナ=コ・ハカセ=タローネットだぁッ!!>


 耳をつんざく実況の声。予選までの者とは違うな……などと思ってる場合では無かった。おそらくはギナオア殿が手を回したのであろうが、姫様の名前が珍妙なる響きの偽名で呼ばれるのを聞き、何とも言えぬ顔を晒してしまう。


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