♭168:包囲かーい(あるいは、アントライア/この薄バカ下郎ッ)


 飛び出す、飛び出さない、飛び出す、飛び出さずに回頭しつつ速やかに離脱する……


「……」


 頭の中でそんな決断の花びらをちぎっていた私だったけれど、いかん、仮想現実逃避すること、罷りならん……


 左手方向より、件のメイド&執事に迫らんとしている輩は、4組8人と見た。その後ろからも3組くらいは後追ってきているわけで、このままだと、はっきりのジリ貧である。どうにかしないと。でもどうしたらいいか分からない……


「……僕らも降りて合流しよう。巻き込まれてしまった体だけど、ここがおそらく勝負どころ。大局を見誤ってはならない」


 思考のはざまでビクビクとなっていた私だったが、主任の思ってたより落ち着いたその言葉に、少し冷静になれた。なれたけど、その決断はどう考えても無謀だとは思うんだけれど。そしてまた昭和シリアスな感じにシフトしてるよね……大丈夫だろうか……


「!!」


 でも主任が行くと言うのなら!! 一蓮托生な私も行かいでかなわけで。所々赤茶色の地肌が覗く斜面を、足を滑らせながら駆け下りていく私と主任。手は握られたまま繋がれたままなので、こんなのっぴきならない状況下にありながらも、私の気持ちはちょっと上がってる。大丈夫か、私。


「キミたちっ」


 川べり砂利面に降り立った主任は、すぐさま、でも石に足を取られないように慎重に、相変わらずの射撃姿勢のふたりに駆け寄る。当の御二方はその方に顔を向けるけど、何かあんまり表情は顔に出ていない。きわめてニュートラル。状況わかってんの。


 <……大丈夫。私ハ、モウ『充填』ヲ終エテイマス>


 褐色の艶めいた肌が唯一露出しているその小作りな顔を向けてそうのたまってくる少女……「姫様」だけど、やっぱりなんでこの翻訳機能はひと世代前な感じなんだろう……


 じゃなかった。「DEP充填」しちゃってんのは知ってる。それが窮地を引き寄せてんだってことを私は噛んで含めるように説明して、ここからの離脱を促すのだけれど。


 <……問題アリマセン。我々ハ完全ニ包囲サレテイル>


 あかん、言の葉が通じない……この姫様とは徹底的に合う気がしないのよね……凛々しい顔つきで、腰だめに拳銃を構えたまま、ずっと私の背後の木々の間に狙いを定めておるけど。気が付けば徐々に人の気配が近づいてくる……砂利を踏みしめる音、草むらを掻き分ける音、いやなサラウンドをもって。


 その時だった。


「……うううわあああっ、僕ですっ!! 撃タ、撃タナイデッ!! 撃タナイデッ!! 顔ハヤメテ……」


 やや斜め前方の草むらから飛び出してきたのは、例の「少年くん」であったのだけれど。思わず反応して銃口を向けたメイド&執事に向けて、そんな片言のようなフィリピーナのような言葉でホールドアップしとる。その後ろからは、あれ? といった極めて自然な感じで痩男アオナギの痩躯が……うん……窮地に無策な仲間が引き寄せられてきおる……


「……」


 どう考えても一網打尽のお膳立てが揃ってしまった感に、私ももうやぶれかぶれでDEP充填をしとこうか、くらいのことを考え始めている。


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