#117:平成で候(あるいは、思い出は/いつも/綺麗なfellow)


 何ともはや、としか言いようの無い結果に、正直、驚いている私がいる。いや、慄いている、か。


 一次予選を通過した我々は、次なる対局場、先ほどまでの「サッカー競技場」に隣接したホールへと案内されたわけだが。


「通過順」に次なる二次予選の準備を各自行うとの旨の通達が為され、かなり後の方の通過であった姫様と私は、設えられたかなりの広さの待合室なる所で先ほどから待たされている。


「……」


 姫様は相も変わらず、平静を保っておられる。先ほどぶちかましになられたDEP……分類出来ない怖ろしさの片鱗を、最も近くで感じた私は、言葉をかけることも出来ないでいるのだが。


「姫様、ジローネット様、お見事でございました」


 付き人としてこの場で待っていてくれたモクが、どこか安らぐ微笑みを浮かべたまま、変わらぬ涼やかで可憐な声を掛けてきてくれたことにより、少し張り詰めた気が緩んだ気がした。差し出された甘くなき茶のボトルを捻り、そのまま一気に煽る。冷たさが、私の熱を持った体を落ち着かせてくれたかのようでもある。と、


「よう大将、姫様の御力は御覧じられたかよぉ」


 後方より、そう声が掛かった。ギナオア殿だ。首を巡らしその方を見ると、常なる力の入って無きが如くの様態で、こちらをひん曲がった笑みで見据えている。その背後にはまだ丸き眼鏡を掛けてよれよれの茜色のシャツを羽織った格好のガンフ殿。まだ我々のように「勝負服」には着替えておられぬようだが、余裕であると、そういうことなのであろう。


「……はっきり申し上げると、驚愕としか」


 私の本心からの呻くような呟きに、そうだろそうだろう、とギナオア殿は懐から取り出した紙巻の煙草を口に咥えながらそう頷きを繰り返す。正に「驚愕」としか言い表せないほどの所業であった。横目で私に背を向けている姫様の様子を伺うものの、先ほどから目を合わせてはくれぬのだが。


「……だが、とは言え、モノになった『実弾』は、さっきのを差し引いてあと『5発』しかねえ。そいつの使いどころと、大将、お前さんの力が問われることになるぜ、これからは」


 それは承知の上、と言いたいが、まだ私は躊躇している部分が心のどこかにはある。吹っ切れなさ、と言ったらよいだろうか。


「……ジローネット」


 そのような、葛藤をこね回すような思考しか出来ていない私に、姫様の御声がかかる。思わず背筋を伸ばす私の強張る顔面を、冷たき黒い瞳で見据えながら姫様は言葉を紡ぎ続けるのであった。


「憶することなど、何も無い。弁舌をもって他なる者どもを制す。至極簡単なことだ。だがそれでも委縮してしまうのであれば……しばしの間はわらわに任せよ。然るべき時が来たならば、その時に期待しているぞ、我が頼れる従者よ」


 勿体なき御言葉であった。ふつふつと腹底から熱が湧いてくる。気圧されるな。いま出来ることを今やるのみ。DEPが満足に撃ち放てないのであらば、姫様の盾となり馬となり、戦場を駆け抜けるまでよ。


 ……我々の番号が呼ばれたようだ。決意を込めて示された方へと向かう私と姫様であったが。


 ……「馬となり」が具現的に為されようとは、この時点では思いもしておらなかったわけであり。


 阿鼻叫喚の祭典は、未だその底を見せずに我々を混沌へと引きずり込まんとしているのであった。


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