#090:回廊で候(あるいは、デジャブ/ようそろ/デインジャゾーン)


「『何処にあろう』も何も、ここさ。この台場の地下深くで、そいつは待っている」


 何と。「10億円」がこの人工なる地面の下に埋まっているということであろうか……それは……何であろう。埋蔵された黄金か? しかしそのような発掘、いや盗掘めいたことに、姫様を関わらせるわけには……


「大将が考えている事とは違うぜ」


 言下に否定されてしまった。いや私は何も言葉は発していないのだが。ギナオア殿は窓際に設置されていたソファに腰かけると、そのひょろ長き脚を組み、その膝頭に肘を突いてひょろ長き顎を支えて、対峙する姫様を見上げる。テカる長髪の奥から覗くその濁った瞳には、相も変わらず、こちらを引き込んでくるような、そのような妖しき光が宿っているのだが。


「端的に申せ。おばば様の御体に関わることなれば」


 一方の姫様の横顔を拝すると、その厳かなる口調とは裏腹に、ギナオア殿の「提案」に全力で沿おうというような決意をその御顔の端々から感じる。自らの意思、いや、意志。王宮におわす時にはついぞ見られなかった、能動的アクティブな思考が、姫様の御顔や御佇まいまでも、変えていたのである。


 この御姿を……サクラ=コ殿下にお見せしたかった。いや、おそらく今もアゥダにて見守ってらっしゃるのだろう。きっとそうである。


「……何の因果か巡り合わせか、そいつは分からねえし、知ったことでもねえが、5日後の台場ここにおいて、とある祭典コンテストが開催される」


 ギナオア殿は下からねめつけるようにして、姫様の御顔を見据えつつ、そのような言葉を述べるが。と、前触れも無く、姫様の御右踵がギナオア殿の組まれた膝頭に撃ち込まれるのを、残像として見てとった。……疾いッ!!


「……端的に申せと言った。これより持って回った言い方をすらば、その一言いちごんごとに、こうして喝を入れてやろう」


 さるこぺにあ……のような呻き声を上げつつ、ギナオア殿は座ったままの姿勢で一瞬跳び上がったように見えた。しかして、どうにも迫力が増し過ぎなのではないであろうか。姫様の地の底より響かんばかりの御声が、周りの空気をも震わすようであり。


「ま……『摩訶まか大溜将だいりゅうしょう戦』は……己のダメなエピソードを撃ち合い、その評点により雌雄を決する……いわば、『言葉の格闘技』のようなものなのであります……」


 ギナオア殿の口調が定まらなくなってきたが、問題はそれよりも、その言葉の内容にあるわけであって。「格闘技」? まさかさなる物に出場する、といったような事ではあるまいな?


「……それに出場してですね、賞金10億円をですね、かっさらおうっつう算段でやんして」


 揉み手をしながら、卑屈なる追従笑いにてそう続けてくるギナオア殿であるが、まったく話は見えてこない。


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