#083:難症で候(あるいは、クリアナティス/仁術の男)
「おう、呼び立てた格好になっちまってすまねえな。ちょいとお前さんに頼み事があってよぉ、ま、でもわざわざここまで出張ってくることはねえたぁ思うが」
「アオナギ」と呼ばれたギナオア殿だが、その息を切らせている小男に向かって軽く手刀を切っている。日本語である。私は集中してその言葉に耳を傾ける。
「み、水臭いことを言うなよ、はあっ……恩人がわざわざ訪ねてきてくれたんだ、ふうっ、お茶のひとつでも……あれ、財布がない」
その落ち着きのない小男が、ヨレヨレの白衣のポケットを探りながら慌てた感じで言うその背後から、コウキセンセ、コレ落ちてるよぉぉぉ、と、恰幅の良い中年女性が黒革の萎れた小銭入れらしきものを掲げてこちらに向かってくるのが見える。
随分と、慌て者のようだ。ギナオア殿の胸ほどまでの背は、さらに前方に曲げられていて医者であろうのに見るからに不健康そうである。伸ばすに任せた白髪まじりの黒い髪は、脂じみた四角い眼鏡のレンズにもだらりと張り付いていて、清潔感もなさそうではあるが。
「ま、まあその辺に掛けてくれよ……ええと、あれ、随分大勢で……6人分か……」
慌てて小銭入れをまさぐりつつ、飲料の自動販売機に向けて駆け出そうとするその腕を掴み、ギナオア殿は、いいから座れよ大将、とその小男をロビーの窓際の席に誘う。
背の低いテーブルを挟んで、三人掛けとおぼしきソファが対面に設置されている。外からの陽光を受けてその合皮のシートが照り返してきていた。陽が射すので座りにくいのか、折よく、そのうちの一組が空いていた。我々はそこに挨拶もそこそこにテーブルを囲むようにして腰を降ろす。
「一応話は付けといたつもりだったんだが、受付で断られちまった。『南A-303』の柏原っつーばあさんなんだが」
ギナオア殿は肘掛けにふんぞり返るようにして手元に握っていた紙片を見つつ、隣に座った落ち着きのない医師にそう切り出した。しかしその名前を聞いた途端、小柄な医師の表情が変わる。テーブルの上の一点を見つめつつ、重々しく口を開いた。
「すまんが今は面会謝絶だ。家族なら……とは思うが、身よりはいないそうで、連絡するのも断られてしまってる。ステントを五日前にやったんだが、別のところに狭窄が出ていて、もう一度……とは思うが体力的に厳しい」
厳しい顔つきになり、そう絞り出すその男は、紛れも無い医師の顔をしていた。いや、困難に面し、苦悩しつつも何かを必死に思考している、ひとりの真っすぐな男の顔があった。
「……」
姫様が何事か? ……というような顔で私を真正面から見据えてくるが、どう伝えていいものか、しばしの逡巡を要する。
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