#080:来日で候(あるいは、オゥタナティヴ/サーキュライズの姫君)
キガリからハマドまで、6時間半あまり。ハマドから成田までは12時間あまり。
「一日」未満で到着したとは言え、その大半を機内で過ごすというのは初めてのことであったし、体の節々が固まり、緩く痺れているようだ。
姫様とモクはビジネスクラスというワンランク上の客室であったそうで、モク曰く、食事も充実していて、身を横たえて休むことも出来たというが、であれば何よりだ。
「ジローネット、ぼんやりしている場合ではない。おばば様のおわす病院へと急ぐぞ」
凛々しき声が空港の雑踏の中でもよく響く。そして私の臀部に御踵の衝撃。慌てて姿勢を正して向き直り、直立不動の態勢を取る。
姫様のその華奢なる御身は本日も例の白黒の衣装に包まれており、周囲の者の幾人かがどよめきと共に携帯端末を向けてその御姿を撮影してこようとするので、制しようと踏み出したところで、よい、と私が制止されてしまった。姫様は心持ち御顔の角度や手の位置をお変えになりながら、しかし凛とお立ちになっている。
褐色にスタンダード……こんなのもあるのか……いや、あるにはあったが、ここまで三次で成り立たすことなど不可能だったかと……流石モノホンは違うですなコポォ……
など、意味は分からないが、とにかく称賛と思しきぶつぶつ声の連鎖を、表面上はクールにいなしながらも、その実、少し浮足立つかのようなステップで到着ロビーへ向けて闊歩していく姫様。
キガリのホテルにおける諸々よりこっち、姫様の私への態度ははっきり当たりが強まった。それはやむを得ないところがあるが、何というか、以前よりは私も応対しやすくなったというのも事実だ。私の方からも不敬を承知で意見を述べることも増してきたと思う。
正しい主従の関係では無いのかも知れないが、奇妙な信頼感の中に今、私と姫様はいる気がする。
―べ、別に貴様のことを鑑みてのことは無きぞっ、だからねっ
しかし時折見せるその何とも言えぬ物言いは一体何なのであろうか……つんけんとした中に、得も言われぬ照れを潜ませた、その何ともこちらの琴線を揺さぶってくるような態度は……
「ジローネット様、参りましょう?」
物思いに沈んでいた私の腰辺りに、そっと小さき掌が当てられたのを知覚した。少し首を捻って見やると、そこには長旅の疲れを微塵も見せずに笑みを湛えるモクがいるわけであり。
これまたキガリのホテルでの諸々から、思いは千々に乱れている二人なのだが、事態が事態なだけに、表面上は今までと変わらず接してくれているのは有り難しことである。しかし時折私を諫めるかのように現出する満面の笑みは、こちらの恐怖の琴線を激しくつま弾いてくるのであるが。
ともかく、
「『台場フロント=シーゼア・ジェネラリック・ホスピタリック・セントラル・センター』。名前こそ胡散臭えが、とある酔狂なお人好しが、己の私財を投げうって設立した、由緒正しき庶民のための町医者総合病院よぉ。ここに姫様のばばぁ様が青息吐息でおわしまするって塩梅だ。車で一時間。まあ何はともあれ急ぐに越したこたぁねえ」
その不敬なる物言いも、もはや慣れた。ギナオア殿の真意は、そのヘドロのような言葉の深奥にある。そうである。ここまで来たらそこへ向かうだけ。行くぞ。私は姫様の前に立ち、力を込めて歩き始める。
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