♭070:昂然かーい(あるいは、きらめきK9/64バイツァー)


 わかった。こいつは私とガチの勝負、決着を望んでいる……


 この対局はただのダメ勝負ではない。ひとりの男を巡るふたりの女の、醜くも熾烈なマウントの取り合い合戦だ。にんまりとこちらを小馬鹿にするような笑みを浮かべる池田。こいつ……戦いの中で成長している……!? それともこれがこいつの本性なのか。


 さっきすっぱり諦めたつもりだったのに、されど私の奥の奥の方では未練があったのだろう。それとも私の中の何者かの本能によるものなのかは分からないけど、カン、と頭頂天辺まで滾った血が猛り上ってくるが。


<先手:3,044pt>


 次の瞬間、池田の着手に対する評点がスマホに表示される。満点が「10,000点」だったから、うん、30点の手だ。大したことない。だけど。


「……」


 いきりたった私の緊迫感は括約筋にも及んでいるのか、一向に中指に装着された装置が入っていかないぃぃぃぃぃ。そうこうするうちに、


<後手:着手なし:0pt>


 画面に非情の表示が。瞬間、


 こむろすたいる、みたいな叫びが、勝手に私の喉奥から漏れ出てしまう。電流だ。中指の装置から電流が、今まさに差し込まれかけている私のそこに向けて撃ち放たれたのであった。


 ぐうううう、と何とか歯を噛み締めて耐えきるものの、直は効く。過去の戦いにおいても直は無かったから、もしかすると、この対局、相当ヤバいんじゃあ……30%でこれだから、倍の60……とかでも想像を絶するほどに怖ろしいぃぃ。


「棄権……なさるのならば、「装置」を体から離せばそれでOKですわ。うふふ。でもあれだけ啖呵切られてそれじゃあ、何だか拍子抜けしてしまいますわね……ああそうだ、先ほど敗者は何に従事するって言ってましたっけ。勝者の足指をどうとか……くふふ、それも楽しみですわねぇ」


 中途半端なお嬢キャラへと変貌した池田は、こちらをねぶるように煽ってきやがるけど。てめえが有利と思った途端その態度か。後で吠え面かくなよぉぉぉぉぉぉっ!!


 と、心の中で吠えてみたものの、状況はいかんせん芳しくない。とにもかくにも、中指装置を第二関節付近まで挿入せねば、絶対に勝つことは出来ない……っ!!


「……『主任とのはじめての時、はしたない声で叫びそうだったから思い切り唇を噛み締めていたら力入り過ぎていて上下から流血していた件』」


 ……やろうっ、失敗談に見せかけたその実ただののろけ自慢話を……ッ!! いや、でもこれ純粋にDEPとして見た場合でも結構なもんかも……やっびゃあ。


<先手:6,921pt>


 そして表示される評点。先ほどの倍以上……本当にこれ食らったら日常生活に影響をきたしそう……


「……」


 「棄権」。流石にその二文字が脳裏をよぎった瞬間、おかーさんっ、との天使が私を呼ぶ声が背後から響いた。もう戻って来ちゃったか。であればもう本当にこんなことをしてる場合じゃあない。


 諦めて微笑みを貼り付かせた顔で左後方を振り返った私だったが、身体を捻った姿勢で余分な力が抜けた結果、右手中指はつるりと深奥まで滑り込んでいったのであり。


<2P:着手可能域:到達>


 途端に私の脳内に、何とも言えないSATSURIKUのパトスが荒波が如くの波濤で打ち付け押し寄せてくる。またしても首を捻ってくるりと池田と向かい合う私。


 「不気味谷・虚笑」とでも呼称したらいいか、とにかく並々ならない狂気に満ちた表情を浮かべているだろう私の顔を見て、へぎぃ、ヒトが獲得した笑顔というモノの使い道を見誤っているよ怖いよぉっ、と対照的に顔を歪ませながら池田がのけぞる。


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