#056:堅牢で候(あるいは、空挺/虚栄/サブリムスタ)
何たる、何たる状況に私は落とし込まれてしまったのか。
「……」
これは夢である、との可能性を鑑みたが、至近に迫るモクの小さき顔と甘く切なさを運んで来るかのような淡い香り。それは確かに私の五感を揺さぶって来るのであり。
「此度の『旅』へと同行なると聞かされた時、私は心より
耳元で熱い吐息と共に紡がれるモクの言葉を、私は首を横に傾けつつ、何とか凌いでいるものの、身体に走る熱は、抑えようもなくとめどない。その心地の良い沼、のような場から逃れようと、私は息切れしそうな中で、言葉を何とか紡ぎ出そうと努める。ふとした瞬間に呑み込まれそうになりそうだからだ。
「……わ、私は、人に好意を向けられる人間では無い……王宮に召し抱えられたのも、机上の学問に少しばかり秀でていただけ。現にこの旅においてはまったくのお荷物、足手まといにしかなっておらぬではないか」
しかし、得体の知れぬもので朦朧となりつつある私の脳裏に浮かんだのは、かくの如き、情けない思考であった。しかしそれを敢えて吐露していく。自分に向けられている好意から、顔を逸らすかのように。
しかし次の瞬間、それは違うジョシュ、と愛らしい顔をきっ、と据えると、モクはその小さな両掌で、私の頬を包むように挟み込むのであった。その思いがけぬ冷たさに、私の火照りきった感情までが鎮め清められるかのようであり。
「ジョシュが国王陛下様に選ばれた理由、それを私は分かっています。そして、陛下が姫様をお預けになったのは、決して厄介払いとか、そのような理由ではないことも判っておりますわ」
凛とした顔貌は、真っすぐに私に向いている。その表情は、王宮にて醜い笑みを浮かべるがだけの他の者たちのそれとは根本として違うということがこの鈍い私にも判った。その言葉も、真なる内から放たれたものであることも。ならば、
ならば、向き合わなければ、ならない。
「……私はただ、姫様を
母と交わした懐かしき言葉を口にすると、胸の奥から何であろうか、熱くて、それでいて清涼感をも伴うものが染み出してくるような、そんな感覚が沸き起こってきていた。知らずモクの細き両肩を己が両手で掴みながら、私は自然と口をついてくる言葉に身を委ねることとする。
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