#037:消耗で候(あるいは、明日への疾駆/アスロニア)


 決死の(私だけ)川越えを経て、我々一行は遂に国道大動脈、「エヅラナァ=ヘィロ」へと辿り取り付くことが出来た。


 遥けき道のりであった……しかしあの激しき急流を、ガンフ殿は姫様をその広けき背中に、もはや肩車のように高々とお乗せしてもなお揺るぎなくざすざすと歩き渡り、モクは頭の上に荷物をまとめ乗せたかと思うと、流れも味方につけたかのようにするすると泳ぎ切り、そしてあのギナオア殿でさえ、珍妙なるが優雅にも見えなくもない蛙が如き動作にて(『ヒラオヨギ』と称するそうだ)、いとも容易く、対岸へと泳ぎ渡ってしまったのであった。


 私はと言えば、身体に縛り付けられた荒縄をガンフ殿とモクに引っ張ってもらいつつ、何とか流されるようにして再度溺れつつ多量の水を腹に収めながらも、さんざん右へ左へ引っ張られた挙句、水際に死んだ魚が如く打ち揚げられたという体なのであった。


 その後は、少し当たりのきつくなった姫様の叱咤を受けつつも何とか重い体を引きずるように歩いた。全ては私の至らぬがゆえのことであり、申し開きも無かったのであったが、そんな情けなき私を労わるようにして、モクがその華奢なる肩を貸してくれたのには、何とも感激としか言いようがなかったのだが。


 モクすまない、この借りは一生かけても必ず返す、とその耳元で囁いたのだが、モクはその耳を赤くして、俯いてしまうばかりであった。やはり、私の如き者を救い助けることを恥じているのだろう。当然だ。このように未だ役に立たないばかりか、皆の足を引っ張るだけの輩のことなど。


「ジローネット、自ら歩めるのであれば、そのようにいたせ。モクに負担をかけるでない」


 姫様の御声は、私に対してはかなり冷淡に、厳しくなっている。それもまた当然。何とか、挽回の時を願い、私はその後は一行の殿しんがりを、必死でよろぼい歩き通した。


 時刻は16時を少し回ったところ。まだまだ陽射しは厳しく、さらに西日が目を刺してくる。


 そして今、眼前にまたしても大河が如く横たわるのは、滑らかに舗装された四車線の道路なのであった。大自然の只中に、突如巨人が筆を薙ぎ払ったかのような佇まい。東西に延びるこの道を、東へと向かえば「空港」へと行き着けると、ギナオア殿より聞いた。しかし、その距離は、40マヒロ、kmに直すと、およそ60kmと相成る。歩きで踏破するには、いささか長いと言えなくも無い。そして既に私は限界だ。足が、身体が、水銀のように重い。と、 


「この先はどういたす? ここから歩くにしても結構な距離はあろう。既に青息吐息の者もいるなか、日没までに到着することは困難と見受けられるが……ギナオアよ」


 私の方に冷ややかな一瞥を浴びせると、姫様はそう傍らの痩男にそう問うのだが。


「心配しなさんなって。既に連絡は取っている。まもなく着到だぜ、もう見える」


 相変らずの軽やかなる返答。ギナオア殿は意外と健脚であった。疲れた素振りも見せず、紙巻の煙草をふかしつつ、西の方角を示すが。その地平線にほど近いほど先には、二つの光……自動車のヘッドライトと思しきものが、こちらに向けて大きくなってきている。


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