♮027:現金ですけど(あるいは、覚醒の刻/ぶちまけろ人生のマキシマム)


「……」


 9億あれば、何でも出来る。訪れたのは、そんな脳髄に突き刺さるように絶対的な、そんな言葉だったわけなのだけれど。


「……ムロっちゃあぁん、あくまで優勝した場合のことよぉん。そのギラついた目を取りあえず収めてぇん。……「摩訶★大溜将戦」は、さっきから出てるけど『世界』が相手なのよぉん。アタイも20年くらい前に一度出たことあるけどぉ、まったくもって歯が立たなかったわぁん。何度も言うけど、『夢物語』」


 慌てた感じでかけられたジョリーさんの言葉は、僕の身を案じてのことだとは分かっている。分かっていてもなお、それが僕の芯を貫くことは無かった。何故だ。くっ、静まれ僕の守銭奴シュセンドマインドぉっ!!


「……世界へはばたく、『MUROTOブランド』の立ち上げが成るかも知れねえ資金額だぜ。どの道、世界を相手にやろうってんなら……今ここで!! 肚ぁくくって世界と相対するほかに、選択肢はねえんじゃねいかい、ムロっちゃん」


 まるでその精神にもアオナギの虚言壮語が乗り移ったかのように、アオナギに似たナリの丸男がそう煽って来る。そう、これは純然たる、中身も確証もないアオリに過ぎない。それは、それは重々分かっているんだけれど……っ!!


「……『タッグマッチ形式』は、1たす1が、3にも4にもなる世界だ。ムロっちゃんの素質自体、まだまだ天井を見てねぇと俺っちは思ってはいるが、さらに相乗効果で、もひとつ高みへと押し上げることの出来る奴がいる!! 勝算我ニ有リ。ここは一発、人生全張りの正念場だぜぇい。頼む!! いま一度、ここ一回だけ!! あんさんの才気、あっしに預けて、あ、おくんなましぃぃぃぃぃぃ」


 最後の方は無茶苦茶になってきていたが、しゃがれた酷いその声の方が、僕の芯やら核やらをびびびと揺さぶってくる。どうする? ここが分岐点だ。重大な、選択肢。僕は、


「……とりあえず、詳細だけでも聞きましょうか。その、『タッグパートナー』がどんな方かということも含めてね」


 努めて平常心を保った体で申し上げたものの、却って嘘くささで塗り固められたかのような物言いだったようだ。隣にいたジョリーさんの巨顔が、トーテムポールが如くの、何かが抜けたような真顔へと移行しているけど。


 やはり、僕を動かすのはカネなのか。カネでしか、ないのか。


 ぼ、僕には呪われし金目家かねめけの血が流れているんだぁぁぁぁぁぁっ、との慟哭でごまかそうとしたが、いや、やっぱり、如何ともしがたい僕のダメポイントだよね……と、自らも真顔へと移行してしまうわけで。


 ……とにもかくにも、成り行きから(成り行きか?)、僕の前に再び扉は開かれた。


 「ダメ」という名の暗黒空間へと続く境界が、耳障りな音を立てながら。


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