♮022:激変ですけど(あるいは、ターキッシュ=異色/移植/委嘱)


 暗がりに僕の背後からスポットライト的な、ガススタの照明が当たっていたからかも知れない。あるいは、長髪イコール、ガリガリイコールと直感的に脊髄で考えてしまったからかも知れない。


 もう少し、僕に観察能力がもう少しあれば、その脂ぎった長髪の毛先が、わざとらしいほどの明るい赤色に染められていたのを見逃さなかった。そして洞察能力がもう少しあれば、アオナギが僕のことを面と向かって「ムロト」と呼ぶことはまず無いということに思いが至った。はず。


 そうすれば、もう少し驚愕の度合いが緩和されたかも知れなかったのに。


 僕の内部を、先ほどまでの爽快感を全てどぶ漬けが如く塗りつぶすようにして、鈍重で、でろりともたれかかってくるような、そんな感覚が襲ってくる。これは一筋縄ではいかない不穏さだ。数多のダメ関連の経験則より、僕は電気信号よりも早くそう自覚を終えていた。


 そして。

 

 結論から申し上げると、その物体はアオナギでは無かった。多分に信じられないことこの上なかったが、何と(本当に何ととしか言いようがない)、ダメ関連のもうひとりの筆頭、丸男であったのであった。いや、より正確に言うと、丸男のような何かだった。


「だ……誰か、俺を尾行ツケて来ている野郎はいねえかい……」


 声は大分掠れてはいるものの、確かに丸男だ。しかしそのフォルムが変貌しすぎている……ッ!! こうまで人間って痩せ細れるものなの?


 まん丸だった顔は痩せこけ、目の下や頬や、その他あらゆる所が落ちくぼみ、その水も脂も保持していないような、でろりと垂れ下がってぱさぱさな顔面。


 薄汚れたタンクトップから突き出された両の腕は、まさに骨と皮だけ、と表現できるほど。二の腕から垂れた皮が翼竜のようになっている。


「と、トウドウさんっ」


 土気色の顔をガタガタと震わせながら怯えの表情を見せる丸男が、何となく可哀そうになってきた。この2、3年の間に一体何があったというのだろう(たぶん、ロクでもないこと)。僕は、落ち着いて誰もいませんから、と、僕の腕の中で歯をガチガチ鳴らしている丸男(いまは痩男と呼べなくも無い)をとにかく落ち着かせようとするけど。


「あ、あばばばば、ムロっちゃんよほぉぉぉぉい、なぁんで、こんなことになっちまったのかなぁぁぁぁぁ……俺っちはただ、落ちている大金を掴もうとしただけなのによほほほほぉぉぉぉ」


 相変わらずだな。外ヅラは別人(というか、身近だった人間に酷似するようになった)になったけれど、中身は元のままだ。もとより成長の伸びしろが皆無だったのは、分かっていたことではあったけど。


 どうしようこれから。ひとまず近場のコンビニまで走って、買い求めたお茶やらおにぎりやら、唐揚げはんなどを手渡すと、奪い取るようにして受け取ったその勢いで、即座にむさぼり始めた。まあ極限状態だったのは分からなくもない見た目だったけれど、ここまで貪欲にカロリーを摂取せんとす人間のサマを見せつけられるとは思わなかった。


「ありがとよぉ、ムロっちゃんんん、こんなどん底でお前さんのような天使にまた引き合わせてくれるなんざ、神様も粋なはからいをしなさるぜぇ」


 やっと目の焦点が合って人心地がついたように見える丸男が、懐かしくもある凶悪な笑みをそのやつれ果てた顔面に何とか浮かばせつつ、そんなことをのたまうけれど。


 ……僕にとっては、邪神の遊び心で、気まぐれにまた修羅の釜底まで突き落とされたかのような気がして、真顔になる以外のリアクションは取れそうもない。


 ここで会ったが百年目、という、いささか二十一世紀にそぐわない物言いが、何故か脳髄をよぎる。どうなんねん、ほんとに。これからぁ。


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