Orcinus

@dormir

1日『窓辺』

ドライブ中になんとなく牽かれて入ったカフェは、お世辞にも綺麗とは言えなかった。眺めが抜群であるがゆえ、勿体無く感じてしまう。

改装して小綺麗にすれば客も増えるだろうに…。

そうは思うが、私個人は雑音は好きじゃない。人の圧に疲れてしまう。ポツポツと客が居る方がどうしたって入りやすいのだ。

「お持たせしました」

そう言って珈琲を持ってきてくれた店員さんもお世辞にも若くなくて、奥の方からは旦那さんらしき人が顔を除かせ、会釈をしてくれた。老夫婦で切り盛りしているらしい。そう思うと、初めて来たここが少し寂しく思えた。

私は好きだな…。

頻繁に通える場所ではないが、自然とまた来たいと思えたのだ。

珈琲のほろ苦い香りを胸一杯に吸い込みながら、窓の外を眺める。そこには深く暗い海がひろがっていた。

「生憎の曇りでね……」

店員さんはそう言ったが、私はこの暗い海が好きだった。正確には、好きだが、泣きたいくらい悲しくなる。

「海が好きかい?」

「……初恋の場所なんです」

どうしたって思い出してしまう。叶わぬ初恋を、いつまでも焦がれてしまうのだ。目を閉じると、あの日のことを今でも鮮明に思い出せる。

彼と会った日もこのくらいの暗さだった。それがより一層、彼を引き立てたのだから、よく覚えている。


「あっ……!」

ぼんやり眺めていると、奥の方で何か大きなものが跳ねた気がした。いや、何かじゃない…私には彼だとしか思えなかった。こんなところに居るはずがないのにと言い聞かせながらも、心臓は鳴りやまなかった。

「どうかしたの?」

「……いえ、ただ、初恋の人が居た気がして」

近くに浜辺はなく、それに海が見えると言っても、ここからでは人を識別なんか出来やしない。マサイゾクなら可能かもしれないが、きっと変な客だと思われただろう。

「そうかい。そう思ったんなら、きっとそうだろうね」

だが、店員さんは笑うことなく優しくそう言ってのけたのだ。

初めてだった。そうやって人に肯定してもらえたのは。

「会いたい?」

「……会いたいです。もう一度」

口に出すのも初めてだった。

あぁ、そうか、私は彼にもう一度会いたかったんだ。

急いで残った珈琲を飲み干し、会計を済ませた。


「会えるといいね。気が向いたらまたいらっしゃいな」

「ごちそうさまでした」

今にも溢れそうな涙を見られないように、深くお辞儀をした。気付かれているかもしれないが、それとこれは別の問題だ。そして、急いで車に戻った。

よし、奥の方まで海が見える開けたところに行こう。まだ彼はそこにいるかもしれないのだ。


もう一度跳ねて、此処にいるよと教えくれるだろうか。

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