第12話 屋敷での一日

 朝


 誰よりも早く起きた俺は手早く身支度を済ませて厨房に立つ。


「さて、皆の分の朝食を作るか」


 俺はそう呟いて気合いを入れた。


 出来ることなら全員一緒が良いのだが、生憎と全員の好みが違うので、人数の数だけ違う料理を作る必要があった。


「こういう時は神様に感謝だな」


 神から与えられた能力によって作りたい料理の手順が次々と頭の中に入ってくる。


 だから俺はその通りに作るだけで朝食がどんどんでき上がってきた。


「おはようございます、コウイチさん」


 涼やかな声音がしたので振り向いて見ると、そこには包み込むような優しい雰囲気を漂わせるルクセンタールの姿があった。


「おはよう、ルクセンタールさん」


 俺は首だけそちらに向けて挨拶を返す。


「出来た料理を持っていきますよ」


 ルクセンタールはそう手伝ってくれるのだが。


「客人にあまり仕事は手伝わせられないな」


 それに加えて子供持ちの身重なので辞退しようとするとルクセンタールは笑いながら。


「これぐらいやらないと罰が当たりますよ」


 そう微笑むので俺は何も言わずに「じゃあお願いする」と頼んだ。


 ルクセンタールが厨房を出ていくと同時にショコラが入ってくる。


「おはようコウイチ」


「おはよう、ほら。これを飲んで皆を起こしてくれ」


 ショコラが皆を起こすためのスイッチを入れるには牛乳が必要だったので、予め入れておいた牛乳をショコラへ渡す。


「ん、ありがと。それじゃあ起こしてくるわ」


 飲む前と比べて張りのある声を発したショコラはそう宣言すると肩を回しながらそう宣言した。


「ベルフェゴールと喧嘩するなよ、したら両方とも朝食抜きだからな」


 その背に俺はそう言い放つことも忘れない。


 


 そして全員が揃ったところで朝食が始まる。


 ハクアとアロウは朝から元気一杯で美味しそうに食べてくれる。


 うん、2人の様子を見ていると本当に癒されるな。作った甲斐があったというものだ。


「それに加えてこちらは」


 俺がため息をついてしまう光景に目を向けると。


「……ショコラ、私は後5分すれば起きるって言ったじゃない」


「ちゃんと5分後に起こしたわ」


「だからって飛び蹴りはないでしょう飛び蹴りは!」


 ぼさぼさ頭のベルフェゴールが澄まし顔のショコラに食ってかかる。


 ベルフェゴールは朝が弱いので、朝食の席はいつもの飄々とした様子でなく不機嫌丸出しである。


 そのためショコラとの関係が普段と逆転している。


 今のところショコラは軽くいなしているから問題ないものの、もしショコラが喧嘩を買えば大変なことになってしまうので、毎回戦々恐々としてしまう一幕であった。


「本当に賑やかな朝餉でござるな」


 ギアウッドが感慨深げにそう呟いた言葉が今の状況を的確に表していた。




 昼


 朝食を食べ終えた俺達は後片付けをルクセンタールに任し、道具屋を開く準備をする。


「何で毎回こんな服を」


 アロウがぶつくさ言うのは、人間と相対する時には必ず装着しなくてはならない執事服とドッグタグについてだ。


「仕方ないよ、これもお仕事だと思って」


 ハクアがそうフォローしてくれるのが救い。


 何せ公共の場でそれを付けていなければ、所有者なしとみなされて連れ去られても文句が言えないからだ。


 しかし……


「ベルフェゴールがちょっと頑張ってくれれば2人にそんな格好をさせなくても良いんだけどな」


 俺は2人に聞こえないようそう話しかけると。


「何言ってるの? アロウちゃんの執事姿とハクアちゃんのメイド姿をこの眼で見れないなんて、それは世界の終りよ!」


 大真面目にそう言い切るベルフェゴールの様子から今のところその予定はない。


「ハクアはともかくアロウには絶対言うなよ、それを」


 ハクアは現在の状況を楽しんでいる節が見えるが、アロウは全身から嫌悪を発しているので、心配になったが。


「アロウちゃんも大丈夫よ。ハクアちゃんのあの姿を見て一番喜んでいるのはアロウちゃんだから」


 魔族のベルフェゴールが言うことなのだから本当なのだろう。


 アロウの隠された性癖を知った俺はどんな返事を返せば良いのか分からなかった。




「3人が道具屋で販売している内にショコラはどこを掃除する?」


「そうねえ……今日は2階の廊下といくつかの部屋を片付けようかしら」


「分かった、銀製の品や絨毯を洗う際に必要な事項と用品はすぐに書くから、それに従ってくれ」


「私も一緒にお手伝いします」


 ショコラとルクセンタールはこの間に各部屋の掃除を行う。


 この屋敷は広すぎるので一日で出来るわけもなく、結果として毎日掃除をすることになっている。


 いやあ、もう少し小さな屋敷でも良かったのではないかと思う瞬間だ。


 そして俺は残されたギアウッドに向かって。


「これが補充しなければならない素材のリストと、明後日の分の食料分。6時までに帰ってくれると嬉しい。はい、これがお弁当」


「承知した」


 ギアウッドはショコラが行っていた買い出しの代わりを充てさせた。


 ギアウッドは巨人族なので力も大きく、ショコラでは持ち切れなかった荷物も持てるので早急に必要な品以外を任せていた。


 ギアウッドが来た頃はちょうど店も評判になり始めていた頃であり、ショコラを1日に2回行かせようかどうか迷っていた時期なのでちょうど良かった。


 ちなみにショコラの空いた時間はルクセンタールと共に全員の昼食の準備をしている。


「さて、俺は明日の分の薬でも作っておくか」


 調合室に入った俺は在庫の様子から作る物を決めて材料を手に取った。


 お昼は全員が暇になることが滅多にないので、各自配られた弁当を食すことになる。


 ちなみにベルフェゴールはアロウとハクアの2人が何かを食べる光景を見ることが至福の喜びらしく、2人が疲れる様子を見せ始めると独断でおやつまたは休憩を与えていた。


 ……休憩中は販売できないので客を待たせることになるのだが俺は何も言わない。


 アロウとハクアが食べたり休んだりしている姿は客にとって癒しになるらしく、むしろ出くわしたら運が良いと喜んでるし。




 ギアウッドが帰ってくる頃になると客足も鈍ってきたので店を閉める。


「あ~、疲れた」


「仕事が終わると少しホッとしますね」


 アロウが肩を回しながらぼやく横でハクアは一息を吐く。


 そして子供達はここから自由時間であり、2人は夕飯の間まで遊戯室で遊んだり昨日学んだ事柄を復習したりすることになる。


 で、俺達はというとここからが本番だったりする。


 ルクセンタールが今日売り上げた薬の集計を行う傍らでショコラが店内の掃除。ギアウッドは買ってきた素材や食料をリストにして、俺はベルフェゴールと客のニーズについて相談していた。


 そして相談の結果、今のところはこのままで十分ということが分かった。


 夕飯は俺とショコラ、ルクセンタールの3人がかりで行うことになる。


 俺はベルフェゴールの分を、ショコラはアロウとハクアの分を、そしてルクセンタールはギアウッドの分を作ることになっていた。


 ベルフェゴールは最近食事に関して五月蠅く文句を言ってくるので俺が担当することになる。


 アロウとハクアの2人分を作るのは大変だが、ハクアは果物を与えれば良いので実質アロウの栄養バランスだけを考えれば良いのでショコラ担当。


 ギアウッドは長年連れ添ってきたルクセンタールが決めるのが良いということで満場一致と決まっていた。


 そして夕食後、特にアロウとハクアの2人は訓練の時間になる。


 アロウにはショコラとギアウッドの2人が付いて弓を含めた戦闘全般を習い。


 ハクアはベルフェゴールとルクセンタール2人による魔法を主に習う。


 2人とも伸び代があるのかスポンジのようにスクスクと吸収していっているとはショコラの談。


 そして俺は朝が早いので最も早くベッドに入ることとなる。


 次にアロウとハクアの子ども組が就寝に入るらしい。


 ベルフェゴールとルクセンタールは図書室で雑談を交わし、ギアウッドは庭の手入れを行う。


 そしてショコラが最後の戸締りを行ってこの屋敷は完全に静まり返ることになった。


 現在カルマ値 9821

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