🐙異世界転したマイルドヤンキーは、チートもスキルも奴隷制度も知ったこっちゃない🐙
ゆきだるま
1 関西ヤンキーは2人力を合わせても家賃が全く払えない
第1話 貧乏な二人
良い人生とはどういった人生のことを指すのであろうか。そもそもそれに定義なんてものはあるのだろうか。良い人生に必要なもの、それは”幸福”であると多くの人は答えるであろう。
では、幸福とはなにか。違法薬物に身を染めてほとばしるエクスタシーの中、不安のない最後を迎える。殺人を犯している時にすさまじい多幸感を覚える人物が、シリアルキラーとしてたくさんの人を殺しながら生涯を突き進む。これも幸福と言えるのだろうか。また、これらの場合でもそれは”良い人生”だったと言えるのだろうか。
多くの人はきっと、前者はともかく後者に関してはほぼ間違いなく、そうではないと答えるだろう。『それは偽物の幸福”感”だ』、『誰かの犠牲の上に喜んでいるのが良い人生なわけがない』と、とにかくそれはあらゆる角度から否定されるものとなる。
しかし、果たして幸福に”本物”はあるのだろうか。誰かの犠牲の上に成り立つ小さな幸福にしがみついている我々は未だ、誰もその答えを知らない。
ならば”権利”はあるはずなのだ。たとえ過去に過ちを犯した人間であれ、社会の役に立つための能力に恵まれない人間であれ、幸せに生きていきたいと願い続ける権利が。
一生懸命自分の人生を噛みしめながら、小さなことに微笑んで生きていく権利が。
今から話すのは、そんなどうしようもなく不器用な若者が、信じた幸福を抱きしめながら自らに与えられた日々を過ごす物語である。時間が許すならば、そんな彼らの物語に少しだけでも付き合ってもらえればありがたい。
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もみじハイツC棟。阪神尼崎駅から徒歩20分のところにある小さなアパート。ボロくて狭い1Kの6畳だが、家賃は据え置きの3万5千円。物語はこの小さなアパートの一室から始まる。
この手狭なアパートに、一組の男女が慎ましく暮らしていた。二人で暮らしているとはいっても同棲などという甘酸っぱいものではなく、貧乏な二人による経費削減の意味が大きい、実利を重視した二人暮らしである。
それではそんな二人の暮らしをちょこっと観察してみよう。部屋は狭く、布団を2枚並べるとほぼスペースの埋まってしまうので、部屋の中に家具はほとんどない。
部屋が貧相であることなど気にも留めず、スマートフォンの画面にうつるエロサイトを熱心に見つめる男がいる。剃刀で細く剃りこんだ眉をだらしなく緩める小柄な男は、谷村和夫21歳。一年前まで地元の仲間とバイクや車を盗みまくり、その販売により荒稼ぎ裕福な暮らしをおくっていたが、一年前に仲間と揉めて地元岸和田から逃亡する。
そして、ここ兵庫県は尼崎市に引っ越してきた。元々こらえ性のない彼は、現在も仕事が長続きせず、週に1、2回派遣のバイトで日銭を稼いでギリギリのところでなんとか暮らしている。そんなシビアな暮らしの中で、更に身長が155センチしかないことをコンプレックスとしながらも、それなりに楽しく暮らす、今をときめく青年だ。
そんな和夫の隣で、ヤスリを使って自らの爪を丹念に手入れしている童顔の女は浦田祐奈21歳。和夫とは元々小・中・高と同級生のいわゆる幼馴染である。彼女は特に地元にいられない理由はないが、元々実家を出たかったのと、悲壮な顔で仲間からの追跡を恐れる和夫が見ていられなかったのとで、和夫に付き合って尼崎に移住する。また、現状は和夫と同じく決まった仕事が長続きせず、和夫とは違う、比較的女性の多い派遣会社に登録している。しかし、彼女もまたバイトは週に1、2回程しか行っていない。そんな彼女はそれを誰かに批判されても図太く微笑んで交わし、自分の好きな相手とだけ楽しい時間を過ごすことを選択し、実行するだけの勇気を持つ。そんな強く優しい女である。
しかし、二人とも恐ろしいほどに、”働く”という行為に向いてはいなかった。
ゆえに二人共、恐ろしく貧乏である。
「なーなー、どっかいかへん?」
爪を磨きながら何気なく祐奈が呟く。しかし、和夫はスマホから目を離さず、女の尻の画像を食い入るように見つめたまま。
「なー、聞いてる?」
言いながら祐奈は和夫の方をゆさゆさと引っ張る。
「…………出かけるっつってもなぁ」
和夫は顔を上げずにめんどくさそうに答える。
「金ないやんけ、お前あとナンボ持ってるん?」
「…………147円」
「せやろ? 俺もあと32円しかあれへんねん」
「えー? やったらお散歩いこーよ、お金いらんし」
「いやいや、歩いたら腹減るやんけ、飯食いたなるやんけ、もう米あらへんやんけ、どないしたらええねん」
「ええやん、行こうやー」
言いながら祐奈は和夫の方をグイグイと揺さぶる。
「やめろやお前、爪の粉つくやんけ」
「ご褒美やん?」
「ほなお前、そのご褒美そこらへんのおっさんに売って金稼いでこいや」
「うわっ、ひどっ、あたしに売春せーって言うん?」
「爪の粉売るんが売春ってどうやねん、お前の削りカスのどこに春があんねん」
言いながら和夫はセブンスターに火を付ける。それを見た祐奈はすかさず、「もー、それやん! そんなん買うからお金ないんやん! もうタバコやめーや」と批判する。
「いやいやいや、この状態でニコチン切れたら俺は暴れるぞ。そんで壁やらなんやら穴開けまくってアパート追い出されて、そんで自暴自棄になって通行人襲ったりしてやな、それはそれはもうエラいことになるねん。いわゆるこれは俺らがこのアパートで平和に暮らし続けるためのノーベル平和賞的なやな……」
「じゃああたしにも一本ちょーだいや」
自分勝手な理論を展開する和夫を尻目に、祐奈は床においてる箱からセブンスターを一本引き抜く。
「は? お前ふざけんなよ!」
「知らーん、そんなん知らーん」
「いやマジでやめろって! あと3本しかないねんぞ! つまりあれやぞ、俺が通り魔になるまであと3時間しかないという……」
「知らんやん。あたしが取らんでもどうせ4時間後にはなるんやん。それやったらもうなったらええやん、通り魔。ほら、台所に包丁あるで?」
「……いや、でもあれやんけ。4時間の間になんかええことあるかも知れんやん。空からタバコがカートンで降ってくるとか。だからほら、火ぃつけんと返せって、な?」
泣きそうな顔で懇願する和夫を知り目に、祐奈は「ただのヘタレやん、絶対通り魔ならへんやん」と小さくつぶやいた後、ひょうひょうとした様子でタバコに火をつける。
「あー!」
「うわー、まずー、なんでメンソにせえへんかったん?」
「頼む! 消してくれ! そんでそれを返してくれ!」
「えー、カズくんあたしと間接キスしたいん?」
ニヤニヤする祐奈に米上をヒクヒクさせながら和夫は言う。
「そうそう! めっちゃしたいねん! だから返してくれ!」
「どーしょっかな~」
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「あ! カズくん猫やで猫!」
「おー、猫やな」
寂れた一軒家や昭和から残っているであろうアンティークな感じのアパートや、庭がなくドアを開けたらいきなり玄関な感じの、出かけるまでのスピードを重視して作られた一軒家の立ち並ぶ住宅街。そこを和夫と祐奈はあてもなく歩いていた。
「なんなん反応薄ない? カズくん猫嫌いなん?」
「だってこいつら俺見たら逃げるねんもん」
「でも可愛くない?」
「……可愛いからシカトされたら余計ヘコむねやんけ」
タバコを返してもらうのと引き換えに外に連れ出された和夫は、面白くもなさそうに歩く。
「……なぁ、カズくん」
ふと、祐奈は前を向いたまま呟いた。
「どしたよ?」
和夫はそれにできる限り優しげに問い返す。和夫は、”人と話すときはちゃんと目を見て”が信条の祐奈が、目を合わせずに俯いたまま話し始める時は大体なにか悩んでいる時だと知っていたからである。
「…………あんな? あたしとこっち来てな? 後悔とかしてない?」
「え? してへんけどなんで?」
「だってほら、こっち来る前のカズくん、結構お金もあったけど、今はほら、あれやん?」
仲間を恐れてビクビクと引きこもっていた和夫を地元から連れ出したのは祐奈だ。その件に関して和夫は心の底で強く感謝しているのだが、いかんせん悪ぶったハタチそこそこの男というのは無駄に照屋さんである。
「いやぁ、どうせよー? あんなことずっとしとったらアカンやろ」
祐奈は「ふふっ」と小さく微笑んだ後、力いっぱいのしかめっ面を作って言う。
「ホンマやでー、あの頃のカズくんめっちゃイキってて正直めっちゃうっとーしかったし」
そして祐奈は和夫に柔らかく微笑みかける。……ホント甘えてるよな。軽い自己嫌悪と、気恥ずかしさの入り混じった感情が和夫の頭を駆け巡る。
「……うっとーしかったんかよ。でもお前、それでよー俺を家泊めてくれてたな」
「それはー、ほら、友達やん?」
事も無げに言う祐奈を和夫は直視できず、視線を空中に泳がせる。
「そうか」
「せやでー」
言いながら祐奈は思い出す。助けを求めてきた和夫の悲壮な表情を。
和夫は思い出す。そんな不格好な自分を、嫌悪するでもなく、見下すでもなく、いつもと変わらない朗らかな笑顔で、「しゃ~ないな~」と受け入れてくれた祐奈にもらった、ひどく暖かな感情を。
「………………ありがとうな」
そっぽを向いたまま、ささやくように礼をいう和夫を見て、祐奈はニヤニヤとしながら和夫の向いている方に回り込み顔を覗き込む。
「あれ? どうしたん?」
和夫は少し頬を赤らめてから、無理やり早口でまくし立てる。
「うるさいねんボケこっちみんなやシバくぞ」
和夫の見え見えな羞恥心に祐奈は覗き込んだ顔を更に近づける。
「あれー? かわいー、なでなでしたろか?」
「……いらんわぁ」
「ふふっ、……いらんわぁ、って」
「うるさいねん」
恋に落ちるでもなく、愛に燃えるわけでもない。そんな相手との共同生活を、二人はそれなりに気に入っていた。
『こんな毎日がずっと続けばいいのに』
そう思ってしまうくらいには。
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