泡沫の人
燦々東里
現れた非日常
「こんにちは、お嬢さん。僕は君を殺しにきた」
目の前の男。口元に描かれた笑み。黒いスーツ。
私の脳は必死に目の前の情報を収集した。
今は夜。ここは公園。辺りに人影はない。
男が一歩近づいてくる。私は一歩後退する。
男の顔は街頭に照らされている。私の知り合いではない。記憶をひっくり返しても、引っかかるものはない。
男がまた一歩。私もまた一歩。
「どうして逃げるんだい? “生きていても辛いことの方が多い”んだろう?」
私の喉から息が漏れる。それは声になることはなかった。私がよく思っていること。それをなぜ知っているのか、問い詰めることは叶わない。
男は小さな笑い声を漏らした。鋭い八重歯がその口元に覗く。人の特徴としては欠点になりやすいそれが、この男にはなくてはならないものに見えた。均整の取れた美しさだった。
「だからお嬢さん。僕は君を殺しにきた」
「……ひっ」
男は最初と同じセリフを吐き、大きく一歩を踏み出してきた。思わず私は腕で顔を覆う。
だがこのような状況下で襲うであろう衝撃は、いつまでたってもやってこなかった。夜の静けさが私の体を包む。いっそ私の体勢が馬鹿らしく思えてくる。
私はそっと腕をどかした。
男はいた。
笑っていた。
先と同じ構図だった。
「なーんて」
そしてそんな奇妙な言葉を口にした。
「ごめんなさい。驚きましたよね」
男はぺこりと頭を下げた。まるで先程の男とは別人のようだ。だが口元の八重歯が同一人物であることを肯定している。そうでなければ私は目の前の男を、先の男と別人と判断してしまったかもしれない。
「俺、じゃがーです。わかりますか? 名前の最後に葉っぱの絵文字つけてる」
「……じゃがー、さん……?」
その名前には心当たりがあった。否、心当たりがあるどころか、毎日のように交流している人だった。
「いきなり目の前に現れて驚きましたよね? 臥龍さん」
けれど実際に会うのはこれが初めてだった。
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