彼女は私を殺すだろうか

西氷庫

第1話

それは無いな、と私は思う。

私はとある反社会組織のアジトにいて、彼女は潜んでいた構成員を血祭りにしながらこの部屋に入ってきた。

スーツの上から軍・警察用の軽量外骨格と防弾ベストを着用した彼女は椅子に座る私に銃を向けたまま、かれこれ4分以上硬直していた。

「座らない?」

私は対面の席を勧めるが彼女は首を横にふって拒否した。

「下ろしたら、それ?」

「貴女の指図は受けませんが…」

そうは言ったが、やがて彼女は不服そうに銃を下ろし、それを腰に着けたホルスターにしまった。

「貴女の部屋に入る前に通信があって、命令で処分は取り消された。」

彼女は耳に装着した小型通信端末を弄って私にそう言った。おそらく通信を切ったのだろう。

彼女は文部科学省表現関係特別管理局第七課所属だった。

文部科学省表現関係特別管理局――所謂「健全育成部」は“戦後”誕生した寛元15年9月4日法律第78号「子供を守り健全かつ社会的に育成する法令」に則して誕生したものの1つである。

第七課というのは健全育成部の執行機関にして暴力装置で、「殺しのライセンス」を与えられた彼ら彼女らは国家に紛れ込んだ第五列テロリストを「処分」、オーウェル的に言えば「蒸発」出来る権利を有していた。

“戦前”にはそうした人々にも人権宣言の元、殆どの国があまり勝手な事は出来なかったけど、戦争により論理のタガが緩まったのと国連が崩壊した事で、現代では大っぴらにそうした事をやる国家は少なくなかった。

「大臣が党籍を除名されたと同時に…」

「彼が処分の執行を要求した全ての案件の白紙化が決定された、ね。後任の大臣が始めにやるのは前任者の粗探しだからほぼ私の処分は無力化されたと言ってもいいだろうけど。」

「知っていたんですか?」

彼女は呆気を取られた顔をして私に聞いた。

「えぇ、知っていたわよ。私は特公の間諜スプークですし。」

「えっ?」

彼女はぽかんとした顔で私を見る。

特公――特別公安情報省は国家内部の全ての情報を総轄する組織で、複雑な内部機構から「国家の中の国家」とも呼ばれている。

戦前から存在した公安調査庁や警視庁公安、各道府県警公安といった組織から人材を引き抜いて誕生したもので、特公という名前は先の先の大戦の時に存在した特高(特別高等警察)から取られた蔑称だった。

「私は内部捜査要員としてこの組織に潜入していたのよ。」

「なんかすみません。」

「いいのよ。遅かれ早かれこの組織の人員は逮捕か処分されていたわ。それに、貴女は上から言われた使命を果たしただけでしょ。」

「でも…」

「この原因は省庁同士の派閥争いよ。次期首相に推薦されて思い上がった大臣は特公が邪魔だったから反社会組織内部に浸入させている我々を組織まるごと潰していったのよ。でもあまりにも軽率すぎたから、我々の上司は首相に貴方の地位を脅かそうとしている者がいると伝えて首相に大臣解任の判子を押させたって訳。」

「タイミングは?」

「知らないわ。運良く貴女が部屋に入る前にその話が入ってきたから私は助かったけど…もはやどうでもいい話ね。」

「死ぬかもしれなかったのに?」

「私は使い捨てよ。貴女と違って。」

私は溜め息を吐いて言う。

「私も使い捨てのようなものですよ。」

彼女は腰のホルスターを撫でながら言う。

「これまでに何人も同僚が死ぬのを見てきました。次は私なんじゃないかって思いながら過ごしているので中々眠れないんです。」

彼女はそう続ける。

「貴女はこれからどうするんですか?」

「そうね。この組織は貴女が壊滅させてしまったので本部に戻って新しい職場探しかな。」

私はまたも溜め息を吐いて言う。

「…本部まで送りましょうか?」

「そうしてくれると助かるわ。」

私は席を立ち、彼女と共に幾重もの死体が転がるアジトから外に出た。

外には治安維持のために国防軍の無人ヘリコプターの編隊が大空を横切っていった。

「これからどうなるのでしょうか?」

「さあね、私達は私達の仕事を続けるだけよ。」

彼女は陽光に照らされて静かに頷いた。

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彼女は私を殺すだろうか 西氷庫 @fusimi501

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