第195話 三人



(俺一人で解決するしかない――――)


 それが栄一郎の出した結論だった。

 英雄に頼っていたら、自分はあの頃のままだ。

 何より、今こうして行動を起こした事が無意味となる。

 天魔に頼ってはならない、彼に言えば英雄にも秘密で動いてくれるだろう。

 だが、己は英雄に心理的負担を強いているのだ、彼は英雄の側に居てほしい。


(茉莉にも、絶対に関わらせない)


 大切な妻だ、身重だ、只でさえ彼女には迷惑をかけ通しである。

 万が一にも矛先が向かないように、――あの時の、英雄の様にさせない為に。


(愛衣も、フィリアさんも巻き込めない)


 妹だ、そして親友の妻で大切なクラスメイトだ。

 結婚してなお夫のストーキングをしている彼女ならば、適切な助言を、ともすれば犯人すら掴めるだろう。


(駄目だ、それは駄目だッ!!)


 誰にも頼ってはいけない、気づかれてはいけない。


(今度は、――間違えずにやり遂げる)


 机栄一郎はストーカーだったら、せめて贖罪の為に。

 女装というペルソナは心の防壁であり、……武器。

 やれる筈だ、親友の様にとは行かないかもしれないけれど。

 彼は歩き出す、微笑みの裏に緊張感を隠して。


「…………ねぇ天魔? なーんか様子おかしくない?」


「だな、こりゃあ何かあったに間違いない」


「だよねだよねっ! 今日は朝から話しかけて来ないし、視線があっても笑うだけでどっか行っちゃうし」


「愛衣ちゃんによれば、頻繁に一年の階に来てるみたいだ、けど会おうともしないで去っていくらしい」


「ね、気づいた? 毎度毎度、鞄を持っててるよね」


 何か不足の事態が起こったのだ、英雄と天魔はそう敏感に判断した。

 それも楽しい部類ではなく、――緊急性の高いシリアスなそれ。


「どうする英雄」


「ははっ、それって聞くことかい? 勿論行くに決まってるさ」


「そっちじゃねぇよ、どうやって栄一郎を捕まえるかって話だ」


 すると英雄はあくどい顔をして。


「僕に良い考えがある、――3のBの男子! 全員集合だっ!!」


「オーケー相棒、そう来なくっちゃなッ!」


 親友達の会話を聞き逃した栄一郎、もとい栄子は教室から出て一階へ。


(不審な奴は居ないな……盗撮カメラが設置されている形跡も無い)


 あの写真、アングルからして隠し撮りだった。

 恐らくは鞄、制服のボタン、ネクタイ、或いは校章、上履きのどれか。

 そして、そういう器具を使って盗撮する者は独特の動きをする。

 自然な通行人を装って、しかし同業者からは分かるような。


(――――糞ッ、一年は全員シロか。教師にも怪しい奴が居なかったし)


 ならば次は二年だと、階段に向かおうとした瞬間であった。


「ちょおおおおおおおおおおおおっと待ったあああああああああああああああああ!!」


「そこまでた栄子!! 神妙にお縄につけぇ!!」


「我ら3のB男子決死隊!!」「バカの呼び声に答えて只今参上!!」「ここがお前の墓場としれ栄子!」

「そうだ! そのスカートの中の秘密を明かすといい!」「つーかコッチは寒いんだから、とっとと捕まれ!!」


「――――――――は?」


「敵は怯んだぞ囲んで囲んでっ!!」


「ふははは、後ろは取ったぞ栄子!!」


「はああああああああああああああああああああああああああああああああッ!?」


 一瞬の思考停止の後、栄一郎は絶叫した。

 然もあらん、突如現れた英雄達は全員がパンツ一丁。

 この寒い中、パンツ一丁で栄一郎を取り囲んで。


「え、あ? ええッ!? いったい何なんでゴザルッ!?」


「いやー、やっぱりその口調。安心するけど女装だと違和感バリバリだね」


「そうそう、女装するならなりきってくれよ栄一郎」


「口調だって崩れるでおじゃッ!! 何でパンツ一丁でゴザル!! 何でいきなり取り囲むでゴザルッ!?」


 油断していた、ストーカーばかりに気を取られていて英雄達を放置していた。


(こんな茶番に付き合ってる暇なんて無いってのにッ!!)


「――――申し訳ありませんわ、折角楽しそうな事をしているのに。私は今、用事がありますの」


「ふーん、一年生をジロジロ監視するのが用事?」


「ふふッ、いったい何の事やら」


「おーし英雄、やっぱコイツの鞄の中に変なモンあったぜ」


「チィッ!! やられたッ!! 返せ天魔!!」


「ヘイ、パース!!」


「キャーッチ!! よし栄一郎を取り押さえろ!!」


「ぐあああああ、テメェら離せええええええええええええええ!!」


 早業であった、パンツ一丁というインパクト、そして会話に気を取られ背後に回った天魔への意識を反らしたのが敗因だった。

 栄一郎が隠そうとしていた、隠し撮り写真とストーカー丸出しのラブレターは見事に英雄の手に渡り。


「うっわぁ……、なるほど、こりゃあマジになるってもんだね」


「え、何だ何だ? 俺にも見せてくれよ」


「それを見るなッ!! 見るんじゃねぇッ!!」


「言葉使いが完全に剥がれてるよっと、はい天魔」


「サンキュー、どれどれ…………うわぁ…………」


 見られた、見られてしまった。

 こうなったらもう、英雄のペースに巻き込まれる他ない。

 だが、だが、だが。

 栄一郎には引けない理由がある、矜持がある。


(――――どんな言葉を吐いても、この件には関わらせないッ!!)


(なーんて事を考えてるに決まってるね、栄一郎はため込むタイプだから一度こうなると堅いんだよなぁ)


(どうやったら拒絶できる? あのポジティブマンをどうやって傷つけられる?)


 そうしたら、己が彼の妻に敵視されるだろう。

 愛衣は激怒し、愛する茉莉も呆れ去っていくかもしれない。


(でも、――やるしかない)


(ま、栄一郎は僕を傷つけるような事を言うかもね。想定済みだけど)


 パンツ一丁の男子達に拘束された(傍目)美少女と、英雄の視線が交わる。

 そして栄子を口を開こうとした刹那であった。


「――――ねぇ栄一郎? どうして僕らがこの寒い中、パンツ一丁で居るか分かるかい?」


「はッ、そんなのインパクトで俺の隙を作る為だろ。ったく、分かってた筈なのに引っかかっちまった」


「うーん、半分正解かな。実はそれだけじゃないんだ」


「おい英雄? 聞いてないぞ?」


 英雄の声色に不穏を感じ取った天魔が口を挟むも、彼はニィと口元を歪めて。


「じゃあ栄一郎、そしてみんなにクエスチョンだ。――この寒い中でパンツ一丁、どうなると思う?」


「風邪引くだろ」


「惜しいね天魔、まだあるでしょ」


「また3のBの評判が下がる」


「今以上に下がるかな栄一郎? もっとあるでしょ。みんなはどう?」


「なんかあるか?」「BLに目覚めるとか?」「わかった、オレらの肉体美に一年がメロメロになる」「そして年下の彼女ができる」「男が惚れた場合は?」


「いやちょっと待って? ホントに分かんないの?」


 あれっ? と予想の外れた英雄の表情に、栄一郎も天魔も、他の男子も首を横に振って。


「うーん、じゃあヒントあげるっ!! 大ヒントだよっ!!」


「はよ言え、寒いんだから」


「実はゴールデンウィークに祖父ちゃんチに行ったんだけどさ、そこで男だけでおっぱぶに行こうってなったんだ」


「…………スゴい嫌な予感がするでゴザルが、続けて?」


「そうなると、敵はフィリアや母さん達だ。黙って行かせるワケが無いじゃん? 当然、家から出られない様に妨害してくるワケで……」


「待て、待て待て英雄……。確か前に聞いたぞ? お前の家ってウチのOB女子も多くて、全員揃って愛が重くて困るって」


「そんな中でおっぱぶに?」「さすヒデ」「流石か……?」「というかフィリアさんが許すのか?」


 どうやっておっぱぶに行ったのか、それとも行けなかったのか。

 全員の視線が集まる中、英雄は堂々と胸を張る。


「結論から言おう、おっぱぶに行けなかったけど僕らはフィリア達の妨害を無効化して、家から脱出した」


「…………その方法は? 拙者、スゴくもの凄く嫌な予感がするでゴザルが」


「あ、俺も俺も、なんか今、冷や汗を猛烈にかいてる」


 クラス男子のみならず、観客と化していた一年生まで顔をひきつらせる中。



「――――ウンコを、漏らした」



 爆弾が投下された。


「もう一度いう、……僕らはウンコを漏らした」


「どうしてそうなったでゴザルうううううううう!?」


「だってフィリア達はさ、色仕掛けで止めてくるじゃん? そしたら雰囲気をぶち壊すしかないワケで」


「は? はぁッ!? マジで漏らしたのか英雄ッ!? 勇者かお前ッ!?」


「ま、待つでおじゃ天魔ッ! 英雄殿は僕らと言った! な、なら英雄殿の男の親族は皆――」


「うん、ウンコ漏らした!!」


 笑顔で言う英雄、彼の周囲に居た生徒達はズサっと後ろに下がって。

 しかし彼は構わずに栄一郎の前へと、一歩、また一歩。

 天魔達はドン引きしながら、栄一郎から離れ。


「ねぇ、待ってよ栄一郎……君ってばさ、僕のママになるって言ったじゃん?」


「ひ、ひぃッ!? 俺に何をさせるつもりだッ!!」


「君が僕のママならさ……、息子がウンコ漏らした時に世話するのはママの仕事だと思わない?」


「思わないッ!! 思わないでゴザルううううううううううッ!!」


「そう? ちなみに今、僕は漏らす覚悟を決めている。――――この意味が分かるね?」


 瞬間、英雄のお腹がグギュルルと鳴る。

 実際には空腹の音であったが、言葉に信憑性を感じてしまった彼らにとっては破滅の音色にしか聞こえない。

 ヤバイ、コイツマジだと全員の心中が一致して。


「そ、総員待避いいいいいいいいいいい!! 栄一郎は放っておけッ!! 視線を合わせるな巻き込まれるぞ!!」


 逃げる天魔達、栄一郎が一瞬そちらに気を反らした隙に英雄は彼を壁ドンし。


「ね、ママ? 僕に何か言う事があるんじゃないかな?」


「う、ううッ!! くううううううううううッ!! た、助けてくれ英雄ッ!! 俺に協力してストーカーを捕まえてくれッ!!」


「はい、よろしい!! 僕の勝利だっ!!」


 英雄はガッツポーズで喜ぶ、だが栄一郎はそれを見て顔を真っ青にする。

 ――正確には、彼の後ろに立つ人物を見て。


「ふむ、話は終わったな英雄。ならば次は私の番だ」


「………………うーん、僕ってば幻聴が聞こえる?」


「現実を見るでゴザル……」


「さて栄子、事情は後で聞く。今は我が夫がウンコを漏らすらしいから世話しなければならない。――理解してくれるな?」


「はいッ! どうぞご自由にでゴザル!!」


「ぬわあああああああああ、ちょっとフィリアっ!? これにはワケがっ!! ワケがあるんだっ!!」


「言い訳はトイレで聞こう」


「誰か、へ、ヘルプミーーーーーーーーーーーっ!!」


 なにはともあれ、英雄は栄一郎と愛衣のストーカー問題を解決へと踏み出したのであった。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る