第88話 ゲームオーバー?



(――僕が、バカだったっ!!)


 話し合えば、ローズは理解してくれると信じていた。

 完全無欠の大団円が待っていると思っていた。

 でもそれは、大きな間違いだった。


(フィリアを喪いたくない)


 それが一時的なものだったとしても。


(嗚呼、嗚呼、嗚呼、嗚呼、僕がこんなにもフィリアを求めているのに、一緒に居たいのにっ)


 何故、二人の仲を邪魔されなければならないのだ。

 脇部英雄が、這寄フィリアがローズに何をしたというのだ。


(だいたい、義姉さんのは只のエゴじゃないかっ! 何の権利があって僕らを引き裂こうとするんだっ!)


 たかだか血が繋がっているという理由だけで。

 愛する妹という理由だけで。

 英雄とフィリアを引き裂く理由には、絶対にならない。


(指一本ですら、義姉さんに触れさせるもんかっ!!)


 つま先から、髪の先まで。

 這寄フィリアという存在全てが英雄のモノだ。


「嗚呼、お願いだよフィリア。絶対に僕の側を離れないでくれ。――僕は、君を傷つけたくない」


「お、おい英雄っ!? 君は何を言って」


「お願いだよっ!! つべこべ言わず僕の側に居ろっ!!」


「分かったっ、分かったからっ。そんなに強く握るなっ!!」


「――っ、ご、ごめん。嗚呼、痛かっただろうフィリア。ごめん、ごめんね? もっと優しく握るべきだったんだ」


「どうした英雄? 様子がおかしいぞ君?」


 怯えを滲ませて、心配そうに優しく己の手を包み込むフィリアに。

 英雄の胸は、愛おしさで満ちあふれる。

 彼女こそが光、英雄の光。

 その輝きを、絶対に誰にも渡してはいけない。


「ねぇフィリア。僕ね、今やっと君の気持ちが本当の意味で理解できた気がするんだ」


「……」


「もう我慢出来ないんだ、僕と君の仲を義姉さんに邪魔されるの。嗚呼、こんなに愛おしいフィリアと一時でも離れるなんて、――僕は、君だけが居れば良いのに」


「だから、一緒に死のうと」


「うん、ごめんね不器用な男で。義姉さんに降伏してフィリアを渡すぐらいなら。僕と君の愛を、たとえ偽りでも否定するぐらいなら。……死んだ方がマシさ」


「英雄、君は……」


「嗚呼、世界で僕とフィリアしか居なかったら良かったのになぁ」


 どろりと、英雄の内側が染まっていく。

 それを、フィリアは悲しみとも喜びともつかぬ瞳で見つめて。


(どうして、どうしてなんだ)


 どうしてこうなったのだ、何を間違えたのだ。

 彼女が愛した脇部英雄という男は、いつも明るく元気で。

 間違える事も多々あるけど、正しい道を己の意志で選んで突き進める人で。

 ――そんな所に惹かれたのだ、愛したのだ。


(こんなに嬉しいのに)


 フィリアの大きな目から、涙が一筋ながれて。


「どうして泣いてるの? 僕と一緒に死ぬのはイヤ?」


「違う、違うんだ英雄……。ただ、ただ嬉しくて……、嬉しい筈なのに。どうしてこんなに、悲しいんだろう」


「悲しい?」


「君と一緒に運命を共にする覚悟は出来ている、だから一緒に死ぬのに依存はないし。むしろ嬉しいんだ。けど、けどな英雄……」


 フィリアは英雄の胸に顔を埋めて。



「私はな、君を私と同じ。――愛に狂うバケモノにしたくは無かったんだ」



 自分が持っていない光を持った英雄だからこそ、愛したのだ。

 自分の愛という闇に染まらない、確かで正しい愛をくれる英雄だからこそ、幸福だったのだ。


 だからこそ、英雄が己と同じ重さの愛に目覚めたのが嬉しくて。

 だからこそ、悲しくて。

 だからこそ――――。


「本当に、もう、終わりなんだな」


「フィリア……、泣かないでフィリア。僕の大好きなフィリア、そんな悲しそうに泣かないでよ……」


「すまない英雄、ごめんなさい英雄、私は、こんな筈じゃなかったのに」


「僕こそゴメンよ、もっと君を幸せに出来ると思ったのに。……今出来る事は、フィリアと一緒に死ぬコトだけなんだ」


 さも当たり前の様に出された台詞に、フィリアは仄暗い喜びと感じて。

 彼女の愛が、脇部英雄を変えたのだ。

 彼女の愛が、脇部英雄を歪めたのだ。

 ならば、ならばならば――責任を取らなければならない。


(私が愛した英雄の為に、私が汚してしまった英雄の為に)


 フィリアは決断した。


「…………分かった、共に死のう」


「ホントっ!? ありがとうフィリア!! じゃあどうやって死ぬ?」


「その事なんだが、一つお願いがあるんだ」


「何々、何でも言って? 僕、フィリアの為ならなんでもしちゃうよ!!」


「まず、どうにかして刃物を手に入れて」


「ふんふん、それで?」


「君が私を刺し殺す」


「なるほどっ! そして君が僕を刺し殺す訳なんだねっ!」


「いや違う、その前に。英雄は私を息がある内にバラバラにしてだな」


「…………うん? ちょっと待って?」


「ここでのポイントは、バラバラにしても私の意識が続くように手早く。出来るだけ致命傷を避けて……は難しいか」


「フィリア? フィリアさーん?」


「簡単に言えばだ、私の肉を食べてくれ英雄。最後の最後に、君と一つになって私は死にたいんだ」


「え、え? 僕ってば君を食べるの? え? はい?」


「ああそうだっ!! 二人でお互いの体を切り合って、その肉を食べさせあいながら死ねば最高だと思わないかっ! 私達は死にながら一つになり、死んでも一つになるんだっ! さあ、やってくれ英雄っ! ナイフは義母さんに貰ったコレを使おう!!」


「ええーー??」


 恍惚とした表情で、ハアハアとナイフを持つフィリアの姿に。

 その言葉の中身に、英雄は一気に我に返って。


「ああ、うん、ごめん。――僕がバカだった」


「うむ? 何がだ? それより、どうせならロマンチックな場所で死なないか?」


「いや、死ぬのやめよう? 痛いし、そんなの幸せじゃないよね?」


「おい? 君が言い出したんだぞっ!!」


「前言撤回って奴だね、いやー、君を独占して死ぬのも悪くないって思ったけど。ごめんね? ちょっとドン引きした。正直言ってナイよそれ?」


「何を勝手にいつもの英雄に戻っているんだっ!? 私の悲しみと喜びを返せっ!! せっかく英雄が私と同じ愛が重い存在に堕ちてきてくれたと思ったのにっ!!」


 がうがうと怒るフィリアに、英雄は苦笑いを浮かべて。


「いや、君と同じになっても共倒れするだけだよね? 僕ってばほら、人生楽しむだけ楽しんで、寿命で死にたいタイプだから。出来ればお婆ちゃんになったフィリアに看取ってもらいたい的な?」


「ウルサいっ! 今ここで一緒に死ねっ! 愛の証として死ねっ!」


「ノータイムで刺しに来ないでっ!? お袋から貰ったそのナイフが玩具じゃなかったらマジで死んでたよっ!?」


「こうなったら首を締めてでもっ!!」


「ホントに死んじゃうよそれっ!! ――――うん?」


「覚悟しろ英雄っ!」


「はいストップ、ちょっと待ってね。何か閃きそうだから」


「…………おい、おいっ!? 私の感情の行き場はどうなるんだっ!!」


 先程までの英雄はともかく、正気に戻った英雄を殺す事など出来ずにフィリアは地団駄を踏み。

 そして彼は考え込んで。


(そうか……そっかぁ。話し合わなくても良いんだっ!!)


 英雄の頭の中に点在していたローズの情報が、先程までのやり取りがミキサーの様にかき回されて。

 バラバラだったパズルのピースが、次々と雷で繋がっていき。


「ねえフィリア?」


「…………どうした愛しい薄情者」


「どうせ死ぬならさ、ぱーっと派手に一か八かの賭けしない? 負けたらさっぱり死ぬって感じで」


「そっちの方が楽しいと? 勝算はあるのか?」


「うん、まあローズ義姉さんの愛情次第って感じだけどね」


「………………はあ、良いだろう。私に出来る事は何だ?」


 渋々といった声色に喜びを滲ませるフィリアに、英雄はニンマリと笑って。


「じゃあ、取り敢えず。その制服脱いでよ、僕も脱ぐからさ」


「何をするつもりだっ!? この後に及んでセックスするのかっ!? 子作りするのかっ!?」


「あ、良いねそのアイディアもーらいっ!」


「英雄っ!?」


「大丈夫さ、僕にドンと任せて! そうだ、ラブホで休憩するお金ぐらいはあるから、今から行く?」


「英雄っ!!」


「ははっ、冗談だって。さ、ローズ義姉さんや未来さんに悟られないウチに行動開始だよっ!」


 そう言うと英雄は、公園の自販機の裏へとフィリアの手を引いて歩き出した。



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